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第4話:旅の始まり

アルバの足は確実にヴェール王国へと向かっていた。厳しい修行を経て、少しずつ強くなっていることを実感しながらも、まだ心の中には不安が残っていた。


 レギウスから与えられた義手は、すっかり自分の一部となり、魔躯の技術を使いこなせるようになってきていたが、実戦でどう活かすべきか、試したことがない自分の力に対して、時折不安を感じることがあった。


  そんな時、森を抜け、再び広がる風景に身を委ね、ひたすら歩き続けていた。その日の午後、前方に何かが見えた。


 「なんだ...?」


 近づいてみると、それは横転した馬車だった。馬車には代償の大小の傷が刻まれ、周囲には、ヴェール王国の兵士と思われる亡骸がそこら中に転がっていた。


 馬車の近くには2頭の馬の死体があり、恐る恐る馬をしゃがみ込んで観察すると、鋭利な物で切り裂かれたかのような傷、そして至る所に捕食痕が見られた。


 「これは一体...?」


 アルバは立ちあがろうとした時、その動きを止めた。───近くに誰かがいる。


 馬車の残骸、その裏に何かの気配、僅かな魔力を感じた。


 (この馬車を襲った奴かもしれない...)


 アルバは戦いに備え、構えながら気配の方へと近づいていく。

 

 そして馬車の裏には佇む一人の男。青白い月の光の下で立つ、何か異様な雰囲気を持った人物だった。


 彼は馬車の扉を開き、その中を確認しながら呟く。


 「随分と派手にやられてるな...こりゃ本当に人間の仕業か?」


 「そこでコソコソしてるお前も、この辺には気をつけた方がいい。」


 アルバは驚きを隠せなかった。気配も魔力も出来るだけ抑えていた。それにも関わらず、男は隠れているこちらの存在を看破していた。


 「あるいは....お前がやったのか?」


  男の声は、静かだが冷徹で、どこか張り詰めた空気を放っていた。男の指が腰の剣にかかる。アルバはその圧力に声を出す事は叶わなかった。


 男はアルバの様子を見ると、剣にかけた指を外し、声色を少し和らげた。


 「いや....お前じゃなさそうだ。脅して悪かったな。」


 彼は腰に一振りの剣を吊るし、古びた鎧を身に纏っていた。だがその目つき、何か目に見えぬ力を感じさせる雰囲気があった。


 「それで、お前はここで何をしてる?」


 アルバはその問いに少し戸惑いながらも、答える。


 「俺はただの旅人だ。今はヴェール王国を目指している。」


 男はアルバを暫くじっと見つめると、鋭い眼差しのまま口を開いた。


 「俺もヴェール王国に向かう途中だ。ただし、目的は少し違うがな。」


 アルバは男の目に、どこか懐かしいような、痛みを伴うものを感じ取った。けれどもその目は、まるで過去を切り捨てたように冷たく、そして厳しく輝いていた。


 「俺はリューゼス。しがない騎士崩れってヤツさ。」


 彼は淡々と自己紹介をしたが、その言葉にはどこか重みがあった。


 「俺はアルバ....」


 アルバが自分の名前を告げると同時に大きな違和感を感じた。突然、周囲の空気が変わった。


 辺りの木々がざわつき、先ほどまでの小鳥の囀る声も止み、風が不自然に冷たくなる。何か異様なものがこちらに迫ってきていることに気づいた。リューゼスはその冷徹な目で気配の方角に目を向けたまま、ゆっくりと口を開く。


 「来るぞ。」


 その一言が、まるで予言のように、アルバの全身に警鐘を鳴らした。


 その瞬間、辺りの風が急激に強まり、遠くからものすごい速さで何かが接近してくるのが分かった。

 

 「リューゼス、あれは───」

 

 その言葉を聞いた瞬間、視界に現れたのは、まさしく巨大な狼の姿だった。しかし、その狼はただの生物ではない。


 毛皮は灰色がかった白、目は深紅に輝き、背中には荒れ狂う風のエネルギーをまとっている。その風が渦巻くように狼の周りを囲み、まるで獲物を狩るように周囲を圧倒していた。

 

 「ストームウルフ....!?」


 リューゼスの驚きの混じった低い声がアルバの耳に届く。彼はその名を知っていた。しかし、それがここに現れることは考えもしなかった。

 

 その瞬間、ストームウルフが強烈な風を巻き起こし、二人に向かって突進してきた。風の渦巻きがすさまじく、音すらも圧倒的な力で押しつぶされるようだった。目の前に迫るその魔物から放たれる風の圧力に、アルバは一瞬動きが止まる。


 「アレはいったい何者なんだ!?」


 アルバが体勢を整えながら尋ねる。

 

 「ヤツは風を操る力を持つ凶暴な猛獣だ。しかし、ここの地域で生息しているというのは見たことも聞いた事もない。……それに、あれは原種より遥かに大きい。」


 リューゼスは鋭い目でその巨体を見据えながら、間髪入れずに続けた。

 

 「話は後だ!こいつを片付けるぞ、死にたくなかったらお前も手伝え!」


 リューゼスの言葉は冷徹そのもので、少しも迷いを感じさせない。そのまま彼は自らの剣を抜き放ち、恐ろしい獣に立ち向かう姿勢を取った。


 アルバは心の中で、一瞬の迷いを振り払い、魔躯を使って義手を強化する。修行で身につけた力が、いままさに試される時が来た。だが、リューゼスのような戦士と共に戦うのは初めてのことだった。培った自分の力は本当に通用するのか――その不安を感じながらも、アルバは駆け出した。


 アルバとリューゼスはストームウルフの両脇にそれぞれ飛び出し、標的の撹乱を狙う。だが、大狼は背中に纏う風を収束させ、まるで大鎌の様な形をとったかと思えば、その獲物を高速で振り回した。


 「くそっ!!」


 その風の斬撃によって周辺の大地はえぐれ、岩石が飛び散る。それを見た2人はたまらず後退する。


 「馬車をやったのはこいつだった訳か...」


 アルバは言葉を発すると共に次の一手を考える。


 (鉄甲を纏って突撃するにしても、鉄甲は全身に纏う事ができない。ならこっちも...!)


 アルバは腰を落とし、右腕の魔力を集中、集まった魔力が熱を帯びていく。やがて集まった魔力は輝く炎へと姿を変える。


 「魔躯・魔力武装」


 その拳を突き出し、勢いよく炎を放つ。穿つ炎は大狼を焼き尽くす───はずだった。


 「....くそッ!」


 アルバの炎はストームウルフの風刃によって切り裂かれ、微塵のダメージを与える事も叶わなかった。


 次はこちらの番だと言わんばかりに唸り、攻撃を仕掛けたアルバへと急激に間合いを詰め、風刃を纏った突進をする。


 (避けきれな.....!)


 「プラクト」


 刹那、アルバの眼前に躍り出たリューゼスが左手を掲げ、突進が直撃する瞬間、青い膜の様な物が構築され、その巨体を弾き返し、大狼を大きくのけぞらせた。リューゼスはこちらを向き、声を荒げる。


 「何ボヤボヤしてる!さっさと動け!」


 アルバはその声にはっとすると共に構え直す。相対する獣も今の現象には理解が追いついていない様で、間合いを取りながらもこちらの出方を伺っている。


 「いいか、ストームウルフの弱点は、背面に纏った風が届かない死角となる部分である、顎と腹部だ。あの規模の風だと正面からの攻撃はほぼ通じない。」


 「俺が奴の気を引く。お前は奴の腹部になんとか潜り混んで、さっきのアレをお見舞いしてやれ。」


 リューゼスの提案にアルバが言葉を紡ぐ。


 「それだとお前への負担が余りにも大きいだろ....!」


 「俺はストームウルフと戦った経験はそれなりにある。少なくともお前よりも防御には自信があるんでね。」


 2人はお互いに頷き、アルバは側面へと駆け、リューゼスは大狼へ正面から立ち向かう。


 「遊ぼうぜ、ワンちゃん」


 リューゼスは不敵な笑みと共に、刀身を鉄甲で強化する。間合いに入った人間を容赦なく風刃が襲いかかる。


 しかし、リューゼスは剣一つで刃を的確に弾き返していく。大狼の背面から風の勢いが増し、更に何本も伸びる風刃が現れた。手数の増えた風刃に対して、リューゼスは卓越した剣技でその全てを弾き返していく。


 (....!)


 身体の至る所からじわじわと痛みが走る。風刃を弾いた余波で、身体が切り刻まれていることに彼は気がついた。このまま打ち合っていたら確実に倒れるのはこちらだ。更に大狼の牙が風を纏い、ガリガリと音を立てながら収束していく。


 (まずい、プラクトはさっき使っちまった...!)


 風刃と共にその牙がリューゼスに襲いかかろうとしたその時、アルバの火球が襲いかかる。ストームウルフは再び炎を切り裂いた。大狼は再びその牙をリューゼスに向ける。しかし、眼前に居たはずの男が...いない。


 刹那、大狼の顎に剣が深々と突き刺さる。リューゼスは更に力と魔力を込め叫ぶ。


 「くたばりやがれ」


 剣から強烈な電撃が走り、大狼の顎から全身を駆け巡っていく。その強烈な雷撃にたまらず風刃を振り回す。


 アルバはその好奇を見逃さなかった。縮地でストームウルフの懐に潜り込み、リューゼスが剣を引き抜くと同時に、炎と鉄甲を纏った全力の一撃を放つ───!


 「爆槌」


 アルバの鉄腕から豪炎が放たれ、爆発する。爆発を間髪入れずに何十発と、まるで杭を打つ槌の様に一点に叩き込む。ストームウルフの巨体を大きく吹き飛ばした。


 大狼は宙を舞い、どすんという音と土煙を立てながら、一度だけうめき声を上げた後、ぴくりとも動く事は無かった。


 戦闘が終わった後、アルバは深く息をつきながらも、この経験が自分にとって重要な一歩となることを実感していた。リューゼスもそのまま無言でかちりと剣を納め、目を閉じた。彼の表情には、何かを覚悟したような気配が漂っていた。


 「お前、なかなかやるな。」


 リューゼスが近づいてアルバの胸を叩く。その言葉には、出会った時の冷徹さは感じなかった。


 「そっちこそ、あんたが居なかったら俺は死んでた。」


 アルバは答えるが、リューゼスはすぐにその先を口にした。


 「だが、俺とお前の運命は、ただの偶然だ。今後、どうなるかはわからん。」


 リューゼスはその後ろを振り返り、静かに言った。


 「なあ!あんたはヴェール王国を目指しているんだろ?だったら王国まで一緒に行かないか?」


 リューゼスはぴたりと歩みを止め、暫く考える素振りを見せると、踵を返した。


 「まあ、味方は多いに越した事は無いな。それにお前の強さも気になる所が多い。」


 アルバは左手を差し出し、リューゼスがその手を握り返す。


 「改めて、リューゼスだ。亡国レーヴの騎士。よろしくな。」


 「俺はアルバ。後で色々聞かせて貰うからな。」


 アルバは握手に力が入り、先ほどの交戦でできた傷を握ってしまっていた。これにリューゼスが途端に顔を顰める。


 「いっ....」


 月明かりが照らす元で、アルバの必死に謝る声が木霊していた。

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