第3話:魔躯
「アルバ、お前にまず教えるのは魔力の扱い方だ。」
レギウスは静かに言った。彼の目は真剣そのものだった。
「これは魔躯。自身の体を、魔力で強化する技術だ。身体能力を超えて、戦闘の幅を広げるためには欠かせない。」
「魔躯……?」
アルバは少し首をかしげながら、レギウスを見た。
「簡単に言えば、お前の体に魔力を組み込んで、肉体の限界を超える力を引き出す技術だ。」
レギウスはゆっくりと歩み寄り、アルバの肩に手を置いた。
「魔術のように複雑な術式の構築や呪文を使う必要はない。お前の中にある魔力を、ただ体の一部に集中させ、そこに力を注ぎ込むだけだ。」
アルバは左手を見つめながら、言葉を噛みしめた。
「でも、それってどうやってやるんだ? 魔力をどう使えばいいのか、まだよく分かってなくて。」
レギウスは微笑み、腕を組んで考えた後、ゆっくりと説明を始めた。
「まず、お前は魔力を感じることから始めなければならない。今まで、魔力を操ることがなかったお前には難しいかもしれないが、慣れれば体のどこに魔力を集めるべきかがわかるようになる。」
「感じるって……どういうことだ?」
アルバは首をかしげた。
「お前の体の中に流れている魔力の流れを感じ取るんだ。無理に力を入れたり、魔力を爆発的に放ったりしないように。」
レギウスは指をアルバの胸元に近づけ、軽く触れた。
「例えば、ここだ。心臓の近く、胸のあたりだ。この辺りに魔力を集めると、最初はその力が内側からじわじわと広がっていく感覚が分かるはずだ。」
アルバは目を閉じて、レギウスの指先を感じながら、魔力を集めようとした。最初は何も感じなかったが、しばらく集中していると、ほんの少しだけ温かさを感じるようになった。
「あ、なんとなく……わかる気がする。」
「その感覚が魔力だ。お前の体に流れる力だ。今度はその力を、特定の部位に集中させる。」
レギウスは続けた。
「魔躯は、君の体の一部に魔力を纏うからな。例えば腕に魔力を集中させれば、打撃力が増すし、咄嗟に相手の武器を受け止める事だって可能だ。」
アルバはその言葉を反芻しながら、自分の左手に魔力を集中させようとした。初めはうまくいかないように感じたが、しばらくすると、左手からわずかな熱と振動が伝わってくるのを感じた。
「そう、その感覚だ。今、その腕が魔力によって強化されつつある。」
レギウスは静かに言った。
「次は、強化した力をどう使うかだ。魔躯の技には、身体の一部を硬化させる『鉄甲』や、素早く動くための『縮地』、そして自身の魔力を属性にして放ったり、纏う『魔力武装』などがある。これらを組み合わせることで、戦略や戦闘スタイルを多様に変化させることができる。」
「鉄甲……縮地……。」
アルバはその言葉を覚えようとした。
「それを使えば、どんな戦いでも有利に進められるんだな。」
「その通りだ。俺の見た所によると、お前の魔力の質は炎。ゆえに炎の力を使った強力な魔力武装を行使できる。だが、そのためにはまだ修行が必要だ。」
レギウスはアルバに微笑みかけた。
「まずは、魔力を操る感覚を体に覚えさせること。次に、それを使って攻防一体の動きを身につけるんだ。」
***
「これが、お前の新しい右腕だ。」
アルバの傷も塞がり、修行を始めて数日、レギウスから簡素な鉄製の義手を手渡された。その義手は、魔力を使った技術で作られており、見た目は粗末であるが、手に取るとそれなりの重さと共に僅かな魔力を感じ取ることができた。
レギウスは静かに言った。
「知り合いの魔工技師に義手の試作品を作って貰った。最初は不自由だろうが、これを使いながら修行を続けろ。」
アルバは義手をじっと見つめた。まだ右腕を失ったことの実感が消えない中で、新しい義手を受け入れることに少し戸惑いがあった。
しかし、これを使いこなさなければならない。それが強さに繋がるのだ。
「ありがとうございます。」
アルバは感謝の意を伝え、慎重にその義手を右腕に装着した。魔力機関が義手に組み込まれているため、装着した瞬間から少しずつ自分の身体と一体化するような感覚が広がる。
「これで少しは生活も快適になるだろう。だが、修行の方は基礎をしっかり固めないといけない。」
レギウスは言葉を続ける。
「まずは、義手を使った基礎的な動きの練習だ。魔躯を使って、義手も含めた身体全体を強化し、魔力を巧みに使えるようにしろ。」
その日から、アルバの本格的な修行は始まった。義手を使いこなすこと、身体を強化すること、そして魔力を自在に操る技術を磨くこと。それは、想像以上に厳しいものだった。
毎日、レギウスはアルバに厳しい訓練を課した。義手を使った素早い打撃や防御の練習、魔躯の技術を使って身体の強化を行いながら、何度もその強度を高めていった。
アルバは、身体の筋肉や骨が魔力によって強化されていく感覚を覚え、だんだんと力強さが増していくのを感じることができた。
最初は、義手の動きがぎこちなく、思うように扱えなかった。しかし、毎日の訓練を通じて、アルバは徐々にその義手の使い方を習得していった。魔躯を使って身体を強化し、義手の動きをスムーズにするために、何度も繰り返しその動作を練習した。
そのうち、義手を使った攻撃や防御が自然にできるようになり、アルバは自分の体力と魔力のバランスを取る感覚も身に付けていった。最初は魔力の分配量を誤り、魔力切れによって倒れることもあったが、次第に体力や魔力切れの課題を乗り越えることができるようになり、さらに自身が強くなっていることを実感した。
修行の日々が続く中で、アルバは魔躯の技術だけでなく、自分の内面にも向き合うようになった。自分の過去、失った右腕、そして大切な人たちを守るためにどう戦うべきか、その答えを見つけるために、アルバは一歩一歩確実に前進していった。
修行を始めて6ヶ月が経過したころ、アルバはかつての自分とは比べ物にならないほど強くなった。義手はすっかり自分の一部となり、魔力を使って義手を強化することもできるようになった。
さらに、身体全体が魔躯の技術によって強化され、以前よりも素早く、そして強力に動けるようになっていた。
ある日の夜、レギウスはアルバに言った。
「お前はよくやった。義手も体も、魔躯の技術も十分に扱えるようになった。だが、まだ足りない。」
アルバはレギウスの言葉に耳を傾けながら、喜びを噛み締めつつも改めて聞いた。
「足りないって…?」
「実戦だな。」
アルバは納得する。今まで修行を積んできてはいたが、生身の相手と戦った経験が全く無い。無論、レギウスとも何度か実戦形式の戦いを行ったことはあるが、それは彼が手加減をしてくれているから成立するのだ。
「実戦経験を積み、更に魔躯への理解を深めればお前はもっと強くなれる。」
「強くなればあの傭兵達... 『黒鉄の牙』にも、近づく事のできる足掛かりになる筈だ。」
「黒鉄の牙...」
黒い炎の男が所属する傭兵団。その名を燃え上がる怒りとともにしっかりと噛み締める。
「それで、実戦を積むにあたって、まずは俺の仲間である2人、うん....?1人と1匹....?を尋ねて貰う。」
真剣な表情だったレギウスが、何故か急に見せた態度に、その時ばかりは噛み締めた怒りも忘れるほどの困惑をアルバは隠せなかった。こほんと咳払いしてから、レギウスは何事も無かったかのように言葉を続ける。
「まずは極東出身の剣士、カイ。こいつは今はヴェール王国に住んでいるが、放蕩者でふざけた男だが実力は折り紙付き。必ず力になってくれる筈だ。」
「続いてもう1人が、『人狼』キルバス。亡国レーヴの国境を越えた森に住んでいる。そいつは弓術と体術に長けているエキスパートだ。だが、こいつも実力はあるんだが厄介でな。自分の認めた奴としか関わらない奴なんだ。恐らく森に入った瞬間に“襲われる”可能性がある。」
突然の発言にアルバは自分の耳を疑う。襲われる。これが野生動物などなら対処出来る分遥かにマシだ。だが相手は恐らくレギウスと同格レベルの怪物。半年修行をした程度の自分が一矢報いる事のできる相手とは到底思えない。
「いやいやいや!無理に決まってますよ先生!殺されます!」
「流石のあいつも、いきなり全力を出して潰しに来る事は無いと願いたいが。だが、その為にもまずはカイに会い、同行を頼め。」
「2人への連絡は既に済んでいる。キルバスはともかく、カイなら了承してくれるだろう。それと、旅に俺は同行しない。ここでやる事があるからな。」
「は、はい」
アルバは身の危険を感じながらも、夢にまで見た異国を巡る旅への期待に心を躍らせていた。