最終話の次の日
「えぇええええええええええええええっ!?」
復讐を果たした次の日、開店前の店主の店で私はあまりの事に動揺を隠し切れず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「じゃ、じゃあ……店主は最初から操られてなかったんですか?」
「当たり前だ! 私をその辺の役立たず共と一緒にするな!」
「う、嘘……じゃ、じゃあ! あれは何だったの!? 血だらけで出てきて『私が仇だ』とか言っていたやつっ!?」
「あれはあいつが考えたシナリオ通りに喋ったに過ぎん。お前はあんな素人の三文芝居も見抜けんのか? 詐欺師のカモにでもなりたいのか! ネギを背負い始める前に、その役立たずの視覚センサーを洗い直しておけ!」
くっ……た、確かに今考えたらおかしいと思う。
退役したくせに全然軍人気質が抜けないし、酔っ払って暴れた客を半殺しにした事も数知れず。
私を鍛えている時だって人間だったら死んでる訓練が何度あった事か。
何で気づかなかったのよ、私のおばかっ!
「だいたいナノマシン技術は元々軍が開発していた技術だぞ。あんな役立たずの掃き溜め野郎がどうこう出来るもんじゃないわ! お前は科学者の娘のくせにそんな事も知らないのか!」
「し、知らないよ! で、でも、だったら何であんな事をしたのよ! わ、私……私、店主が仇だって聞いてショックだったんだからね!」
「……ふん! 戦場ではいつでも冷静さを保つ事を忘れるな。ピクニックに来た子どもみたいにピーピー叫ぶお前の姿は見れたもんじゃなかったぞ!」
「だ、だから……それはっ!?」
店主は叫ぶ私の前に無言で冷却水のボトルを置いた。
そういえば昨日、冷却水をめっちゃ使ったんだ。
冷却水不足で熱暴走しかけてたみたい。
私が気づかなかったのに、店主、よくわかったなぁ。
「頭を冷やせ。何故、俺がわざわざあんな面倒な事をしたのか教えてやる」
「う、うん……ありがと」
冷却水を飲むと、徐々に機体温度が低下して同時に気分も落ち着いてきた。
「あいつは私にナノマシンを取り付けて3つの命令をした事は聞いていたな?」
「うん。超合金を貫く銃を造ることと、身代わりになること、それと私にあいつの事を話さないことだったよね?」
「少しは記憶出来るようになったようだな。そうだ。だが、おかしいとは思わないか? 仮にナノマシン技術が完璧で私に命令出来たとしよう。だが、さっきの命令だけでは、私があいつを殺せばそれで終わっていた事ではないか?」
あっ……そ、そうだ! あいつ、命令以外は自由に出来たって言ってたもん! 自分に手出しをしないって命令がない以上、店主があいつを倒す事は出来る!
えっ……じゃあ、何で? あいつ、もしかして店主より強かったとか?
「私があいつを殺す事は造作もない事だった。奴自身の戦闘スキルは新兵以下の鼻垂れ程度しかなかったからな」
「じゃあ、何で言いなりに?」
「馬鹿め。あいつはお前の仇だ。私が仇を討って何の意味がある?」
「えっ……じゃあ私のために? 私にパパとママの仇を討たせてくれるために、あんな奴の言いなりになってくれてたの?」
「勘違いするな。私は……」
「あの頑固で自尊心が高くて無愛想で、いつまで経っても軍人気質が抜けなくて、人の気持ちなんかμ単位でも考えられないSadisticな一面もある店主が?」
「……ほぅ、無駄によく回る舌が付いているようだな? どこまで回るか試してやろうか?」
店主が何処からかアサルトライフルを取り出して来たので、慌ててフェイスガードを閉じて手で覆った。
やばい。あの眼は……マジだ。
「私はお前の訓練の成果を見るいい機会だと思っただけだ!」
「はい……ありがとうございます。あっ、でも私は確かに心臓を撃ち抜いた筈だよ! それなのにどうして?」
「愚か者が。お前に射撃を叩き込んだのは私だぞ? 尻に殻を付けたままの半人前のヒヨッコの青二才の弾など、眼を瞑っていても避けられる!」
うっ……さっきのちょっと根に持ってるな。何もそこまで言わなくても良いのに。
でも、店主が死ななくて本当によかった。もうあんな気持ちを味わうのは嫌だよ。
何にしてもこれで私の復讐は終わったんだ。
これからどうしようかな?
賞金稼ぎだって仇討ちのためにやっていたようなもんだし、これからも続けようとは思えないしなぁ。
かと言って、何かアテがあるわけじゃないし。
パパ。ママ。わたしはどうしたらいい?
「この先、どうやって生きて行こうか……」
「おい、何を寝惚けた事を言っている」
「えっ?」
「お前はこれから私と共にこの店をやっていくんだ。今日中に2階の奥の部屋に荷物を運びこんでおけ」
「えっ? えっ? ど、どういうこと?」
「なんだ? こんな私と一緒は不満か?」
全然良いですけど!
むしろお願いしたいくらいですけど!
でも、私は機械の身体だから……
「お前が何者でも関係ないわ。それに、お前は私の心臓を撃ち抜いたのだ。責任はとってもらうぞ」
サッと向けられた店主の背中は何だかいつもより可愛く見えた。
心を撃ち抜いた……責任って……
えっ? ええっ!? えぇえええっ!?
「そ、それってっ!? マ、マ、マ、店主っ!?」
「ボヤボヤするな! もうすぐ客が来るぞ! 妻ならさっさと支度をせんか!」
「…………は、はいっ!」
こうして私は店主と共に、この店をやって行く事になった。妻として。
店主は相変わらず堅っ苦しい軍人気質が抜けないけど、二人っきりの時はちょっぴり可愛いところも見えて来た。
仇討ちを果たして何も無くなった私だったけど、今の私ならきっとパパもママも喜んでくれるよね?
パパ、ママ! マリンは幸せです!