第五話
この下卑た笑いには覚えている。
こいつは路地裏で絡んできた3人組のリーダー。
私が金で見逃した男だ。
「ハハハッ! まさかこうも上手くいくとはな! あのおっさんに目を付けた俺様はやっぱり天才だぜ! ハハハハハハッ!」
「な……んだ……と?」
「おっ? ロボットのくせにいい顔するねぇ。いいねいいね! えっと~、初めましてぇ~! 俺様がバラシヤでーす!」
戯けた表情のふざけた口調で笑えない言葉を口にした男が近づいて来た。
「バラシヤ…………お前が?」
「そうさ! そして、君の事もちゃんと知っているよ! 愛しのマリン・メーヴェちゃん」
っ!? マリン・メーヴェ。
それは私が人間だった時の名前だ。
この身体になってから私は人間の私の生きている痕跡を消した。生きていると知れば事件の発覚を恐れて両親の仇が身を隠すかも知れないと思ったからだ。そのために自分だった肉体も焼いた。
「いたいけな女の子を一人残して悪かったな。いや、俺様はちゃんとお前もバラして家族揃って回収するつもりだったんぜ? でも、お前のクソ親共が抵抗しやがってよ。やっと動かなくなったと思ったら、今度は外で人の気配がしてさ。そのせいでお前だけ回収できなかったんだ。だから、悪いのは俺様じゃないんだよ? わかってくれるよね? あっ、そうそう。お前の親の生体パーツは高く売れたぜ! ごちそうさまで〜す!」
パパ……ママ……このクソ野郎がっ!
「それでさ、後になってお前が焼死体で発見されたって聞いてよ。ピンと来たんだ。最後に見たお前は芯の強いの眼をしていた。あんな眼をした奴に自殺なんかしない。きっと復讐にやってくるってな。あの親父は人体から機体への移植技術についての研究をしていた。だから、お前はロボットになって俺様に復讐しに来るんじゃないかと思ったのさ!」
「くそ、貴様っ! ……うっ!?」
「動くなよ? お前の銃は弾切れだが、こいつにはちゃあんと弾丸が入ってる。それにこいつはあの使えないゴミ共が持っていた粗悪品とは違うぜ? なんせ元軍人に造らせた最高級品だからな!」
バラシヤは銃身とシリンダーに鮮やかな装飾が施されたリボルバーの銃口を私に向けた。
歪みはなく、細部にまでこだわった造り。鏡のように磨き上げられたそれはかなりの逸品だとわかる。
だけど、そんな事はどうでもいい!
「元軍人に造らせただと! それは誰だっ!?」
「わかっているんでしょ? あのおっさんだよ」
下卑た視線が倒れた店主に向けられた。信じられなかった。あの店主がこんな銃を造るなんて。
「嘘だ! 店主がこんな銃を造るわけがない! デタラメを言うな!」
「まあまあ、落ち着けって。順を追って教えてやるからよ。俺様はお前が復讐に来る事をわかったが、お前がどんな外見のロボットになったまではわからなかった。研究室はお前が爆破しちまったろ? だから、この5年間俺様はお前を探し続けた。そしてついに辿り着いたんだ! アーマロイド・マリンって賞金稼ぎに! それから俺様はお前を徹底的に調べあげた」
「私を……調べあげた?」
「そうだよ? 今のお前がどんな機能を持っているのか。どんな武器を使うのか。どんな生活をしているのか? 誰と付き合っているか。ああ、そういや、お前の知り合いのネモって情報屋? あの子良いよな!? ああいう可愛い系の子の生体パーツは高く売れるんだよ。今度回収しに行っておくわ」
「き、貴様ぁああああああっ! あうぅっ!」
左太ももを銃弾が貫通した。私の超合金の身体を貫くなんて、なんて威力の弾丸なの!
「動くなって言ったろ。お前は生体じゃねえが、機体でも買ってくれるところはある。なるべく傷はつけたくねぇんだ」
「げ、外道がっ!」
「何とでもどうぞ。それで話の続きだが、あのネモって情報屋はなんとこの俺様に目を付け始めていた。見かけによらず優秀な奴だ。先に俺様の正体がバレちまったら興醒めだ。そこで俺様は敢えて君に絡む事にした。俺様みたいな大物がチンピラのような行動をとるわけがないからな! 案の定、お前に捕まった後、ネモの目は俺様から離れた。いやぁ、事前にわざと自分に安い懸賞金をかけたり、奴隷商人に金を握らせたりと大変だったけど、効果は抜群だったぜ。ありがとよ。俺から疑いの目を逸らしてくれて。マリンちゃん」
「くっ……!」
確かに計算外だ。
自分の宿敵がチンピラなわけがないと思い込んでいた。
私自身、完全にこいつを標的から外していた。
ネモ、貴方の失態じゃない。
これは私の油断だ。