第四話
状況を必死に理解しようとCPUが高速演算を繰り返す。情報屋のネモに宿敵がいる可能性がある場所を聞いて、そこで工業用ロボット達に襲われたと思ったら、奥から血に染まった店主が出てきた。
え? どういう状況? 何? ネモが情報を間違えた? そうだ! そうに違いない! こ、困った子だ。情報屋なんだからちゃんとした情報をくれないと! そうだ。きっとネモの勘違い……
「間抜け面を晒しおって。勘違いとでも思っているのか? だとしたらお前のCPUはポンコツだ! 状況は迅速に正確に把握しろ! 死ぬぞ!」
いつもの厳しい言葉の中に優しさを隠した店主の声が聴こえる。なに? どういう事? 聴覚センサーが故障した? 何を言っているのかわからないよ!
「狼狽えるな! お前は情報屋のネモに聞いて此処に来たんだろ? だったら何も間違ってなどない! 仲間を疑うな! 馬鹿者!」
「だって、店主がこんな所にいるわけないもん! 此処には私の仇がいるはずなんだよ! だから……」
「思考回路がショートしたのか? この状況だぞ? 私がその仇に決まっているだろうがっ!」
っ!? なんで……何でそんな事を言うの? やめてよ、おかしくなる! CPUが壊れちゃう! 私が壊れちゃうよ! 店主!
「どうして……どうしてなの?」
「少しは現状把握が出来るようになったか。では、昔話をしてやろう。私はかつて軍人としていくつもの戦場を渡り歩いてきた。数々の戦いを潜り抜け、仲間と敵の命を犠牲にして生き延び、やがて英雄と呼ばれるようになった」
いつもの店主の声だ。
でも、どうしていつもみたいに落ち着かないの?
「私は絶え間なく続く戦いの日々に疲れていた。日を追うごとに私の心は摩耗し、何が善で悪かわからなくなっていった。狂気に呑み込まれていくのを感じたよ。そして終戦末期、遂に私の心は狂気に呑み込まれた」
「戦争の狂気……」
「機械のお前には理解できんだろう。人間の心とは弱いものだ。私は毎夜うなされた。敵味方関係なく、志半ばで倒れた兵士達が毎夜と私の元へやって来るのだ。失った己の身体を探しにな。だから、私は彼らの失った身体の代わりを差し出す事にした。許しを乞うためにな」
「そんなっ! そんな事のために……そんな事のために私のパパとママをっ!」
「お前の怒りは尤もだが、差し出すのなら質の良い物の方がいいと思わないか? お前の両親は、お前と違って優秀な頭脳を持っていたからな」
全身がカッと熱くなった。
熱くなった機体を冷やすために冷却水が全身を駆け巡り、沸騰した冷却水が蒸気となって排熱孔から噴き出す。こんなに怒りを感じた事はない。
よくも、よくも裏切ったな!
「店主……店主ァアアアアア!!」
愛銃が火を噴いた。
1発、2発、3発、4発、5発。
ロボットの頭を一発で吹き飛ばす威力だ。当たれば人間なんかひとたまりもない。
でも、弾丸は一発も店主に届いていなかった。
「マリン。お前は無能か? この距離を外すとは、お前は賞金稼ぎ失格だ! 甘ったれるんじゃない!」
店主の眼が私を見つめている。その顔を見て過去の記憶が主記憶装置内で再生された。
困っていた私を助けくれた店主。
戦い方を叩き込んでくれた店主。
落ち込んだ時に側にいてくれた店主。
生きる楽しみを思い出させてくれた店主。
人間らしい感情を忘れさせないでいてくれた店主。
そして、大好きな店主。
「マリン。そろそろ自分の脚で歩いてみろ」
「うわぁああああああああああ!!!!」
愛銃が火を噴いた。
ゆっくりと流れる時の中で弾丸は真っ直ぐに店主の心臓に命中した。
店主の顔はとても穏やかで、最後に少し笑ったように見えた。
やがて店主は静かに仰向けに倒れる。
確実に心臓に命中した。
私の視覚センサーには照準機能もある。見間違える事はない。6発目は確実に心臓に当たった。
だから、だから店主はもう…………
「あ……ぁああああああああああああああああっ!! 店主ァアアアアアアアアアア!!!!」
私は叫んだ。
音声ユニットが軋んでも私は叫びを止めなかった。
頭部の排熱孔から出た蒸気が液化して、頬を伝って流れていく。まるで涙のように。
「おいおい。本気かよ? ロボットが泣いていやがるぜ」
私の聴覚センサーが下卑た声を拾い上げた。
また聴き覚えのある声だった。ただ、それは酷く不快だった。
ゆっくり顔を上げると、そこには下卑た笑いを浮かべる男が立っていた。
「お前は……」