第三話
「それ、本当なの?」
「う、うん……だから、力緩めて……」
言われて私はいつの間にか掴んでいたネモの胸ぐらから手を離した。いつ胸ぐらを掴んだのか記憶になくて申し訳ないけど、そんな事を気にしている場合じゃない。
「ネモ。本当にアイツなの?」
「ご。ごめん。まだ確証はないんだ。だけど、昨日あの事件に似た事が起きたのは間違いないし、確かな筋からの情報が入ってきたんだ」
あの事件。それは私がこの身体になった事件。人間を殺し、その身体を解体して生体パーツとして売る悪魔の所業。
その犯人であり、両親の仇でもある男の名はバラシヤ。あの事件を思い出すだけでも腹が立つのに、このふざけた名前が更に怒りをかき立てる。
絶対に許さない!
「それで場所は?」
「スラム街B地区。産業廃棄工場辺りだよ」
B地区? あの一帯は無人の工業用機械が稼働している地区で、人通りなんて殆どない筈だけど。でも、犯行に適した場所とも言えるか。
「ありがとう。ネモ」
「待って! 今から行くつもり? いくら何でも危ないよ!」
「待っていても誰も助けれくれないよ。知っているでしょ? この街は人の死に興味なんか持ってくれない。みんな自分が生きるために必死なんだから。だから、私も自分の事は自分でするの」
「マリンちゃん……」
「心配してくれて、ありがとうね。ネモ」
小さくて丸っこい頭を撫でると、ネモは屈託のない笑顔を見せてくれる。私の妹のような存在のネモはまだ15歳。
アイツを放っておけば、この笑顔だって見れなくなるかもしれない。もう誰にもあんな思いなんてさせない。
ネモに別れを告げて、私はB地区へと走った。
工場前にたどり着くと、そこは奇妙な程に静まり返っていた。
「おかしい。ここは産業廃棄物の処理のため工場はずっと稼働しているはずなのに、この静けさは……はっ!?」
慌てて後方に飛び退くと、私がさっきいた場所にドシンと錆びた鉄骨が降ってきて、地面に突き刺さった。
いくらアーマロイドの私でも、あんなの喰らった痛いじゃすまないよ!
「偶然……じゃないよね。誰がこんな物を。とにかく注意した方がいいな」
慎重に工場に入ると、中は真っ暗だった。まあ、私の眼はナイトビジョン対応だから問題ないんだけど……って、あら? 電気が点いた?
「なんで急に電気が……げっ!?」
工場の奥からワラワラと人型の工業用ロボット達が出てきた。手にはパイプや大型の工具なんかの粗末な武器を持っていて、真っ直ぐ私に向かってくる。
「穏やかじゃないわね。工業用ロボに恨みを買った覚えはないんだけど!」
ロボット達が一斉に襲いかかってくる。工業用ロボットだけあって、力はそこそこある。
おまけに数は30体はいる。流石に私一人じゃ厳しい! 節約したいけど仕方ない!
「行くよ、相棒!」
腰のホルスターから抜いた愛銃が火を噴き、弾丸を撃ち出す。どこかの粗悪品と違って弾丸は真っ直ぐにロボットの頭部パーツを一発でぶっ飛ばした。
「どうだ! この50口径の破壊力! 店主の整備も完璧だし絶好調だ! ほらほら、頭無しになりたい奴からかかって来なさい!」
当然ロボットは脅しなんかには屈せずに襲いかかってくる。ロボット達の攻撃を掻い潜り、6体仕留めてはシリンダーを振り出して排莢、特製のスピードローダーでリロードしては撃ちまくる。
5分後、工場内は頭のないロボット達で埋め尽くされていた。
「ふぅ。単調な動きで助かった。それにしても工業用ロボットはプログラムされた動きしかできないはず。つまり、誰かがプログラムを書き換えて私を襲わせたってこと? でも、一体誰が……まさか、アイツが?」
「ほぅ。ヒヨッコめ。少しは自分で餌がとれるようになったようだな」
工場の奥から声が響いてきた。
何? どういう事? 何でこんな声がするのよ?
私の高性能CPUが情報を処理しきれていないのがわかる。パニクってる。だって、だってこの声はあの人のものだから!
ゆっくりと工場の奥から現れた人間に視線を合わせる。
男は全身が真っ赤に血に染まり、手に持った大きなノコギリからは赤い液体を滴らせていた。
見覚えのある顔。忘れられない人。
「店主……?」