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第二話

「もう本当に最低! あっ……」


 カウンターにちょっと強く置いただけでグラスは脆くも砕け散ってしまった。

 また、やっちゃった。


「マリン! お前、またやりやがったな!」


「あうっ……マ、店主(マスター)


 人間の店主(マスター)が強い語気で怒鳴り声を上げながら近づいてきた。鍛えられたでかい図体にゴツゴツとした険しい顔と無数の傷痕。それにこの怒声だ。普通の人なら怖がって逃げちゃうんだけど私は違う。怒られているのはわかるんだけど、この声を聞くと落ち着くんだよなぁ!


「何を惚けていやがる! お前は一体いくつこの店のグラスを割れば気が済むんだ? 気をつけろといつも言っているだろうが! 主記憶装置(メモリ)はスカスカのくせに記憶もまともにできんのか!」


「だって! だって! 今日ムカつく事があったんだもん!」


「ええい! グチグチといらん舌を回しおって! 言いたい事があればさっさと言え!」


「うん! 聞いてよ! 店主(マスター)! 今日ね、いつもみたいにカモを3人引っかけて捕まえて詰所に連れてったの!」


「懸賞金が無かったか?」


「かかってたよ! でも、リーダーの男だけ! それもたったの5000クレジットだよ? 有り得なくない!?」


「そんな役立たずは奴隷商に売り飛ばせ!」


「それも駄目だったの! リーダーは怪我してるし、他の2人も汚物を、撒き散らして汚いから買い取り拒否だって! マジでムカつくんだけど!」


「ふん! タダ働きか。お前にはお似合いだな」


「ち、違うもん! リーダーの男が1万クレジットで見逃してくれって言うから示談にしたの!」


 それもムカつくんだけどね! 私には7万クレジットも請求しといて、自分の時は1万クレジットしか出さないなんて! 無い袖は振れないけど、それでもムカつく! 弱っちい癖に銃を持ったら強くなった気になって馬鹿じゃないの? あんな根性無しが一番嫌い!

 やっぱり男の人は強くて頼りがないとね! 


「そんな端金で手打ちとは情けない奴だ!」


 そう言いながら店主(マスター)は新しいグラスを私の前に差し出した。これって高純度オイル? めっちゃ高いやつじゃん!


店主(マスター)? 私、こんな高いの頼んでないよ?」


貧乏人(おまえ)からの施しなどいらん! 黙ってそいつで顔でも洗っておけ!」


 そう言って店主(マスター)は別の客の所に行ってしまった。

 かっこいい……かっこ良すぎるでしょ! もう最高! 店主(マスター)って何もかも最高過ぎるわ! 

 あの厳しい言葉の中にある優しさがもう堪らない!

 惚れるでしょ! 惚れちゃうでしょ! もう惚れてるけど! 恋狂っちゃってるけど! ああ、もう胸の奥の心臓がバクバクしちゃって堪らな……あっ。


「……心臓、無いんだよねぇ」


 自分の胸に手を当ててみる。

 そこにあったのは冷たく硬い金属の感触、その奥には鼓動しないコアユニットがあるだけだ。

 この身体になって5年。恋に憧れていた15歳の少女も成人しちゃったか。

 結婚できる歳になったけど、こんな身体じゃねぇ。あんな店主(マスター)だけど、きっと同じ人間の方が良いだろうし。

 それに私にはやらなきゃいけない事があるんだから、結婚なんて夢を見てる場合じゃない。

 あいつを見つけて両親の仇をとる。

 そのために私はこの身体になったんだから。

 このアーマロイドの身体に。

 フェイスガードをオープンさせてグラスの高純度オイルを一気に流し込んだ。味覚センサーは正常の筈なのに、ちょっぴりしょっぱい味がしたのは私の人間だった頃の思い出かな? いや、あの頃は未成年だから酒なんか飲んでないっての! ああ、もう! モヤモヤする!


店主(マスター)、おかわり!」


「やかましいわ! その締まりの悪い口のネジを締め直せ! 目的を見失うな、馬鹿者!」


「あっ……そうだった」


 カウンターにドンと置かれた銃を見て、私の心は平静を取り戻した。

 今日は貴方をお迎えに来たんだった。

 

「おかえり、私の相棒」


「お前の懇願した調整(カスタマイズ)整備(メンテナンス)はしてある。しかし、いつまでも回転式拳銃(リボルバー)とはな。そろそろ自動拳銃(オートマチック)に替えたらどうだ?」


「うん、でも、私は相棒(これ)以外は使いたくないんだ。変な癖がついちゃうと困るから」


「……好きにしろ。だが、二度とこんなふざけた調整(カスタマイズ)を頼むんじゃないぞ!」


「ごめんね。無理言って」


「ふん! まあいい。忘れっぽいお前にもう一度言っておくがとっておきは最後まで大切に残しておけ。いいな! 忘れない内にそのスカスカの主記憶装置(メモリ)にしっかり叩き込んでおけよ!」


 出た。店主(マスター)の口癖。

 私がこのスラム街に来たばかりで右も左もわからなくて困っていた時に助けてくれてから、いつも最後にコレを言うんだ。

 もうとっくの昔に私の主記憶装置(メモリー)に刻み込まれちゃってるよ。


「わかったらさっさと動け! 時間を浪費するな!」


「はいはい。じゃあまたね。店主(マスター)。いつも心配してくれてありがとう」


 私はそう言って足早に店を後にした。

 店主(マスター)の呟いた『頃合か』って言葉を私の聴覚センサーが取りこぼした事に気づかないまま。

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