第一話
寂れたスラム街をフードコートに身を隠し、両手に酒瓶を持って歩く。それだけで今日の飯の種に困らない。ここはそんな街だ。
「よぉ、ちょっといいか?」
ほら、路地裏に入ればすぐに3人組の男が声をかけて来た。今日の財布は彼等にしよう。
「そんな格好して酒瓶を両手に持って市街地の者か? 随分と景気が良さそうじゃねぇか。俺達にもちょっと分けてくれよ」
「分ける?」
「ああ、此処らは貧しいスラム街だ。助け合って生きていかねぇとな。そうだな、7万クレジットよこしな」
7万クレジットとはふっかけたものだ。市街地に住む平民の月収とほぼ同じ額じゃないか。
とても払える額じゃない。
「7って数字は好きだけど、生憎とそんな金はないな」
「そうかい。残念だ。だったら身ぐるみ剥がせてもらうまでよ!」
男の一人が下卑た笑いを浮かべながら強引に私の腕を掴む。
それと同時に男の身体は宙を舞い、受け身もとれないまま背中から地面に強打させた。
痛みのあまり声も出せないのか、口をガクガクと震わせ身体はピクピクと痙攣している。
ちょっと可愛いわ。
「てめぇ! 兄貴に何しやがる!」
「いきなり掴んでくる方が悪いのよ」
「ふざけるな! こいつが目に入らねぇのか!」
2人の男が私に銃口を向けたせいで、私は苛立ちを隠せなくなった。
なに? あれは銃なの?
自動拳銃っぽいけど、ここからでも銃身が曲がっているのがわかるし、照星が欠けている。おまけに所々錆びているじゃないの。
こんなのをあの人が見たら顔の形が変わるまで殴られるわよ。
「……何のつもり?」
「ど、どうやって兄貴をぶん投げたか知らねぇが! てめぇがいくら強くてもこいつには敵うまい!」
「そ、そうだ! い、命が惜しかったら金目の物を全部置いていけ!」
何もわかっていない。
こいつらは何もわかっていない愚者だ。足元に転がる男の腹を苛立ち紛れにブーツの底で踏みつけてから、男達に向かって歩み始めた。
「ひぃ! く、来るな……来るなぁああ!」
恐怖に駆られた男が引き金を引く。
派手な発砲音だけが私の耳に届いて、弾丸は届いてこなかった。
私は歩み続ける。
「来るな! 来るな来るなぁ!」
「うわぁああああああ!!」
2人の男が奇声を上げながら銃を撃ちまくる。それでも騒ぎにならないのがこの街の悪いところであり、良いところでもあるわ。あら?
「あ、当たった!」
左肩に軽い衝撃を受けて身体が少し揺れる。
すごいわ。あの粗悪な銃で当てるなんて、−と−の組み合わせで+になったってところかしら。
算数以外では初めての経験だ。
「どうだ!? これ以上痛い目に遭いたくなかったら、大人しくっ……えっ?」
「な、なんだありゃ!?」
弾丸によって破れたローブの隙間から肌が見えて、2人の男の眼が釘付けになっている。
そんなに見つめられたら照れちゃうじゃない。
「どうしたの? 坊や達。女性の肌は初めて?」
「なんだ、あの肌は……?」
「き、金属だ……やべぇ! こいつ人間じゃねぇぞ!」
「さっきの甲高い衝撃音で気づかないなんておマヌケさん! そうよ、私は人間じゃない!」
派手にコートを脱ぎ捨てて、男達の前に顔を晒す。
マリンキャップを模したかっこいい頭部に羽のような聴覚センサー! デュアルアイを覆う橙色のオシャレなバイザーがキマッているでしょ! 顔の下半分を隠すフェイスガードは淑女の嗜みと男のロマン!
どうだ! このかっこ良さに言葉も出ないだろ!
「ば、化け物……」
「なっ!? し、失礼だな! おい! どこが化け物だよ! こんな美少女を前にして! 見ろ! この古の海兵の服にリボンを足した青と白の可愛いアーマーにフリッフリのミニスカートだぞ! この魅惑の太ももが男には堪らないだろうが! ほれほれ!」
「ヒィいいいい! た、助けて!」
「い、命だけは……」
腰を抜かして、挙げ句の果てには排泄物まで垂れ流す二人。マジで最低だわ!
もういい! こんな奴らがあいつな訳ないし、詰所まで連行して保安官に引渡してやる!
「ほら! いつまでも寝てんじゃないの!」
転がっていた男の首根っこを掴んで、腰を抜かした2人の足を一本ずつ脇に抱えて引きずりながら保安官詰所まで連行する。
懸賞金がかかっていれば良し。かかっていなければ犯罪者奴隷として奴隷商人に売り飛ばす。
私はアーマロイド・マリン。
この街で宿敵であるアイツを探す賞金稼ぎだ。