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第31話 現代文明の血液

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません

 日本が輸入できなくなって困る物。


 その第一が食料であることには誰もがすぐに思い至るだろう。


 『腹が減っては戦はできぬ』どころか生きてすらいけず、文字通り食料は血液の源である。


 その食料については、先のアメリカとの交渉で一応の安堵を得た。


 だが、今はとりあえず明日の食べ物だけあれば満足できるような原始社会ではない。


 高度な文明社会を動かすには、食糧では作れない別の血液が必要だ。


 中東へと向かう機上。


 その貴賓室――という名の実質、夫婦の部屋。


 光二はルインと衣装合わせをしていた。


「個々人の魔法の才能に依存しない画一された技術体系と聞いて、なんと便利なものかと驚嘆していたが、やはり科学文明とやらも万能ではないか」


 ルインはヒジャブとアバヤの試着をしながら呟く。


 光二としては新鮮というよりは、少し懐かしい気分になる格好だ。


 というのも、ルインが国家元首となった今は凛々しい軍服姿に見慣れてはいるが、戦時中の彼女はこの手の顔とボディラインを隠した格好をしている方が普通だったからだ。


 その時のルインは闇魔法も使える忍者のような戦闘スタイルを取っており、夜討ち、攪乱、工作を得意としていた。そのくせ、直接戦闘も普通に強いというチートなので、光二が彼女と敵対していた時は随分手を焼いたものだ。


「地球も色々なエネルギー源を確保しようと頑張ってはいるけど、どうしても、な」


 光二は魔法で生やした髭の形を、小さな美容ハサミで整えながら答える。


 中東では髭を生やしていない人間は子ども扱いされてしまうので、向こうの文化に合わせるための準備である。


(本当、ろくな資源がねえな。日本(わーくに)は)


 現代文明の血液。それはすなわち、石油と液化天然ガスである。


 一般家庭だけを例にとっても炊事に風呂に車にと、色んな用途が思いつくが、それ以上にあらゆる工業は石油資源がなければお話にならない。


 そんな大事な資源である石油様だが、自力で採掘できない以上、ある所から買わせて頂くしかないというのは自明の理だ。


 なお、石炭も重要なエネルギー資源であるが、こちらはすでにオーストラリアの船舶の警護コストを日本が支払うことで輸入量の維持が決着している。


「地球の電気エネルギーはその生産材料が偏在している。しかも、保管効率も悪い。機械のパルソミアへの導入も慎重にいかなければならないか」


 ルインが目を細める。


「ああ。たしかにそこらへんは、科学文明は魔法文明に負けているよなー」


 魔力は生産手段も保存手段も多様で柔軟である。


 例えば、太陽光や月光の魔力を精霊石に溜めておく魔力灯はどんな田舎町にでも常備されている。


 風や大地の精霊と契約すれば、天巡や龍脈の余剰エネルギー――地球でいうところの雷や地震のエネルギーを分けて貰える。


 保存手段も、例えば、光二も愛用している魔力ポーションは軽く十年くらいなら効能を維持できる。もしくは、純度の高い宝石に然るべき術師が濃縮の儀式をすれば、都市の一ヶ月分の魔力を込めることも容易くできる。


 これだけ多様な魔力の生産手段と保存手段があるので、魔法文明は地球のように電力ピークがどうの、蓄電池がこうのなどの諸問題に悩まされることはない。非常にロスの少ないエネルギー利用技術が確立しているのだ。


 要するにパルソミアは自然エネルギーの利用技術が発展しており、地球と比較すれば圧倒的にSDGsでエコロジー世界であるといえた。


「いっそのこと、この世界も征服して統治機構を効率化できれば資源の偏在も問題にならないのだがな……」


 ルインが本気とも冗談ともつかない口調で言う。


「おいおい、今回はあくまでまともで正攻法な外交だからな?」


「わかっている。宗教国家の手ごわさはフルーリャから嫌というほど教えられたからな」


 ルインが肩をすくめる。


 今回の外交では洗脳魔法は使わない。


 それが光二とルインが話し合って出した結論であった。


 なぜかといえば、まず、中東の多くを占める信仰心が厚い人間には洗脳魔法が効きにくいからだ。


 それでも、アメリカの時みたいに影人形による乗っ取りは使える。しかし、あれは乗っ取ればそれで終わりということではなく、工作の効果を最大化するためには、サポート人員をつけなければならないのだ。


 パルソミアの諜報活動ができる人員も無限という訳ではないので、工作の対象は絞らねばならない。そうなると、日本に敵対的な国からの防衛やアメリカへの対応を優先することになり、どうしても中東への工作は後回しとなる。


 無論、日本の政治家にやったみたいに強引に洗脳して権力者を暗殺することくらいならできるが、現状、下手に介入して中東が荒れ、石油の流通を滞らせるようなリスクを冒す必要がある状況ではなかった。


 光二も曲がりなりにも総理を務めて長い。中東事情は複雑怪奇であり、アメリカですらコントロールに失敗するほど厄介であることは知っていた。中東に迂闊に手を出しては大やけどを負うことは歴史が証明している。


 そういった諸々の事情もあり、結論として、絡め手は使わずに真っ当に外交することになったという訳だ。


 身支度を終えた光二とルインは、貴賓室を出て一般客室に戻る。


「お二人とも、お似合いです」


 パソコンから顔を上げた本郷が機械的な誉め言葉を口にした。


「じゃあ、写真撮るっすねー」


 園田が気怠そうにスマホを取り出した。


「……僕が言うのもなんですが、園田、いつもよりなんだかテンションが低くありませんか?」


 本郷がキーボードを打つ手を止めて尋ねる。


「あー。ジブン的に中東って、いまいち興味をそそられないんっすよね。まず、厚着が嫌だし」


 園田が鬱陶しそうにアバヤの裾をバタつかせる。


 彼女は薄着好きで、私生活では男の目があっても、平然とキャミソールとホットパンツで練り歩く某錬金術師系(アトリエ)女である。


「確かに中東では女性の露出は好まれませんが、そうは言っても、自衛隊の標準装備よりは軽いでしょう?」


「そう言われればそうなんっすけど、そもそもジャンクフードとかなさそうじゃないっすか。ケバブくらいっすか?」


「ケバブもありますし、トルコ料理の系譜なのでおいしくないということはないかと思いますが」


「でも、酒はダメっすよね?」


「アルコールはそもそも売ってませんし、あったとしても控えた方がいいでしょう。コーヒーはおいしそうです」


「はー、じゃあいいっす。大人しくしてるっす。文化的にも女が出しゃばらない方が良さそうっすしね」


 園田がスマホを下げ、座席に身体を弛緩させる。


「僕としては中東のドローン技術には大いに興味があるんですけどね……」


 本郷がぽつりと呟いて、自身のつけ髭を撫ぜた。

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