神鳥が願うこと
こちらは、武 頼庵様の企画『イラストで物語書いちゃおう!! 企画』参加作品です。テーマ用(3)のイラストを使用しています。文中にイラストの挿入があります。
……素敵なイラストなのに、思いついた話がこんな話で、すいません。
また、コロン様の「酒祭り」にも参加しました。
儂はフクロウのフクノカミである。
この度無事に神鳥へと昇格し、守護する樹を授かった。それが、今儂が止まっている桜の木である。
……ん? 誰か来たな。儂は桜の木の枝に止まり、大きく羽根を広げる。胸には、儂が守護者である証明として桜模様がついておるから、一目瞭然である。
初の対面だ、儂の偉大さを見せつけねば……うん?
「ニャーン」
何だ、猫か。
――と思ったのだが。
「だれー?」
「ね、ねこが、しゃべるのかっ!?」
「そうだよー、当たり前じゃーん。で、だれー?」
あ、当たり前、なのか?
そうか、そうなのか。いや落ち着こう。儂は神鳥。神なのだ。
「儂はフクロウのフクノカミである。この度神鳥に昇格し、この桜の木を守護する役目を仰せつかったのだ」
「しんちょーってなにー?」
「語尾を伸ばすでない。しんちょうだ」
全く、近頃の猫ときたら。神鳥も知らぬとは。
神鳥は、普通の鳥が徳を重ねて格が上がると、その死を迎えたときに神に魂が拾われ、望めば神鳥として生まれ変わることができる。望まなければ、そのまま死を迎え、新たな生のための準備に入るらしい。
鳥はいつまでも飛び続けられない。どこかで休むための木々の存在が必要不可欠。よって、鳥と木々は深い繋がりがあることから、神となった鳥は自らの止まり木としての役目も兼ねた、守護するべき樹を神から授かる。
「樹がなくなれば、止まり木もなくなる。だから、儂も精一杯守るつもりだ」
「へー」
せっかく儂が説明してやったというのに、この猫はつまんなそうに一言言っただけだ。
「あのねー、桜の花を見に来たの。綺麗に咲いたらね、いっつもお供えしてたんだー。だからまた来るねー」
自分で質問しておきながら、儂の説明は欠片も興味がないようで、自分のことを話し出した。興味がないのなら聞くな、と言わねばならぬところだが、猫の漏らした一言に眉がピクリと動いたのが分かった。
儂が桜の木を守護すると決まった時、皆に羨ましがられたことを思い出すが、ここで表情を崩すわけにはいかぬ。
「お、おう、そうか。待っておるぞ、茶猫よ」
「ちがうー、僕はトラ猫」
「……すまぬが、猫の違いは分からん」
「ええー? それじゃあ、これから大変だよー?」
何が、と聞きたかったが、さっさとトラ猫とやらは去っていった。だがまあそれはいいだろう。何せ儂は神なのだから。
それよりも「お供え」だ。ようやく儂は顔に力を入れるのを止めた。このニンマリした表情を他の者に見られては、威厳がなくなるからな。
『いいなあ、桜かあ』
『ニンゲンって地を歩く動物が、エンカイなるものするんだろ?』
『酔っ払うと、細かいこと気にしなくなるらしいからな。その隙にお酒をくすねるんだって、楽しそうに言ってるもんな』
『くすねるとは言い方が悪い! あれは桜の木、ひいては守護する我へのお供えものだ!』
同じ神鳥仲間の言葉を思い出して、「ホーホー」とつい本来の鳴き声が出てしまった。
そのニンゲンのお供えである酒が、美味らしいのだ。"びいる"が最高という者もいれば、いやいや"ちゅうはい"だろうという者もいる。どれがどれかは分からぬが、儂としては楽しみでしょうがない、というわけだ。
「……だが、先ほど来たのは猫だったな。……いやいや、問題なかろう」
猫だけでお供えを用意できるはずもない。きっと、今晩はニンゲンによるエンカイとやらが行われるはずだ。
「ホーホッホッホッホー」
儂は上機嫌に鳴いた。
そうだ、供えてもらうだけでは悪いからな。そのお礼もするべきであろう。ニンゲン、そして猫よ、慈悲深い儂に感謝するが良いぞ!
※ ※ ※
準備はバッチリである!
儂の手……ではなく、羽根にあるのは何かの草! とは言うても、ただの草と思うでない!
儂が神の力を注いだ、言わば神草と呼ぶにふさわしい草である! これを大事に育てれば、その家に降りかかる災いを、防ぐことができる! 供え物に対しての返礼としては十分であろう!
さてさて、そろそろ来るであろうか……っと、来たか?
「ニャーン」
「ニャアニャア」
猫どもか。二匹いる。枝に止まり、眼下を見下ろす。何せ儂は神鳥だからな。見下ろすのが当たり前である。
どれどれ。一匹は昼間に来た茶猫……ではなく、トラ猫と言ってたか。もう一匹は白猫か。なんだ、猫だけか。
「……うん?」
儂は目をこらす。猫たちの、何かがおかしい。背中に、花のついた枝が刺さっている。それはまだ良い。変ではあるが、まだ良い。
おかしいのは尻尾だ。尻尾のあるはずの場所に尻尾はなく、代わりに花が生えておる。見たことある気はするが、何の花だ?
……いやいや、そうではない。なぜ尻尾ではなく、花が生えているのだ!?
「しんちょうさま、来たよー。これからお供えの儀式を……フニャー!?」
「こらトラ! お相手は新しいとはいえ、神鳥様よ! 言葉には気をつけなさい!」
トラ猫が話をしている最中に、白い猫の前足がトラ猫の顔面を直撃した。イタァッ!? と儂まで叫びそうになってしまった。……こ、これが、噂に聞く猫パンチというものか?
「分かったけどーシロママー、いたいー」
「言葉だけじゃ直らないでしょう、あなたは」
わ、儂は、一体どうしたらいいのであろうか。怖いのだが。とんでもなく怖いのだが。
と思ったら、白猫は見事な笑みを浮かべて、儂を見上げた。
「お見苦しいところをお見せ致しました。神鳥様、私は白猫のシロと申します」
先ほどの怒りがなければ、丁寧に話をされて有頂天になっている所だが、目に焼き付いている今は、この落差が怖い。
「わ、儂は、フクロウのフクノカミである。この度神鳥へ昇格し、この桜の木の守護する役目を仰せつかった」
「フクちゃんだね……ブニャーッ!」
「フクノカミ様でございますね。これからどうぞ、よろしゅうお願い致します」
「う、うむ……」
白猫の後ろで、トラ猫が転がってピクピクしている……。い、いや、これはきっと、見てはいけないものだ。うむ、きっとそうに違いない。
よし、儂は何も見てない! ……ええい、見てないったら見てないのだ! 視線をそっちに持ってってはいかん!
「それではフクノカミ様、お供えの儀式を始めさせて頂きます」
「う、うむ、それは構わんが、お前たちだけなのか?」
何事もないかのように話をする白猫が見事だ。
だが、後から来るものは何もおらず、相変わらず猫が二匹いるだけ。お供えの儀式とは、おそらくエンカイのことであろうが、ニンゲンがおらぬのにできるのだろうか。
「はい。順番に参らせて頂きますが、まずは私どもで奉納させて頂きます。――トラ、いつまで寝ているの。さっさと起きなさい」
「……フニャー。シロママーいたいー」
「さっさとなさい」
「……ニャー」
トラ猫が起きた。耳が垂れ下がっていて、大丈夫かと心配に……いやいや、儂はあれは何も見ておらんのだ!
「それでは始めさせて頂きます」
白猫が言うと、後ろに下がる。トラ猫が前に出る。垂れ下がっていた耳は、今はピンと立っている。
「ニャオーン」
一声鳴いたと思うと、背中に刺さっている花の枝……桜の枝が動いた。
……動いた? あれは、刺さっているだけではないのか……と思ったら、さらに驚く事態になった。
「と、とんだ!?」
桜の枝が大きく上下に動いたと思ったら、トラ猫の体が浮いたのだ。まるで儂の羽根のように大きく動き、目の前にまで飛んでくる。そして、縦に体を一回転させた。と思ったら、桜の枝からたくさんの花びらが散って、桜の吹雪が起こる。
「ニャー、ニャオーン」
再びの鳴き声。だがこれは目の前のトラ猫ではない。白猫だ。白猫に刺さっている枝は、桜ではない。赤と黄色の花の……ええい、何の花か分からん!
だが、トラ猫と同じように宙に浮いて飛んだ。そして同じように縦に一回転、さらには横にも一回転して、赤と黄色の花びらが、吹雪く。
「ホー……」
桜のピンクの花吹雪に、赤と黄色が混じった。そのコントラストが素晴らしく、儂は何とも言えぬ感動を覚えて、ただただその光景を見た。
「ニャーン」
「ニャオーン」
二匹の声が重なった。尻尾の黄色い花が、花吹雪の中央を切り裂き、同時に花吹雪は消える。そして、下の地面には猫たちが何事もなかったかのように、そこにいた。
「以上でございます。いかがでしたでしょうか」
「う、うむ。見事であった」
白猫の言葉に、儂は半分呆然としながら言葉を返す。見事、と言うしかない。だが、本当の衝撃は、この後だった。
「ありがとうございます。では、こちらがお供えの品にございます」
白猫が言うと、背中に刺さっていた花の枝がポロッと落ちた。ついでに、尻尾の花も落ちて、普通の尻尾に生え替わった。トラ猫も同様だ。
「……ホ?」
一体、何が起こったのだ? やはり背中の花は刺さっていただけか? だが、儂の羽根のように動いたよな? それに尻尾もだ。なぜ尻尾に花があって、花が尻尾になったのだ?
「では、これにて失礼させて頂きます」
混乱する儂の耳に白猫の声がして、ハッとした。用意していた神草を、止まっている枝から下に落とす。いかんいかん、儂は神鳥なのだ。しっかりせねば。
「儂からの返礼だ。受け取るが良い」
「ありがとうございます。神の力がここまで宿った品を頂けるとは、感無量にございます」
そして、二匹の猫は儂の渡した神草を持って去っていった。結局、何が起こったのかは分からぬままである。
――が、ハッと気付く。
「待て、酒はっ!?」
そう言ったところで、そこにあるのは花の枝と花だけであった。
※ ※ ※
「ホーホー……」
儂は眠い目をショボショボさせる。神とて一晩寝ずに起きていれば、眠くもなるのだ。
昨夜は、言われたようにたくさんの猫が儂の元を訪れた。そして、色々見世物をする猫もおれば、昨今取れた最高の品だと言って置いていく猫もおった。
そう。すべて猫だ。
ニンゲンはまったく来なかった。
備えられたものを見る。確かに、そこにあるのは最高の品だ。儂とてかつては自然の中で暮らしていた身。これらが、その中で採れる最高のものだと分かる。
だが、そうではない。これらが駄目なのではないが、儂の求めているものは、これではないのだ。
「ええい、今宵こそは……!」
絶対にニンゲンのお供えである酒を飲むのだと、気合いを入れたのだった。
※ ※ ※
※ ※ ※
そこは地球であって地球ではない場所。人間の暮らす世界とは、ほんの少しずれた空間にできた世界。
そこにたくさんの猫が迷い込んだ。いつしかその世界は、猫たちの世界になった。そんな猫にくっついて入り込んだ桜が根付いて、花を咲かせた。春になると咲く桜を猫たちは愛でていたが、年月と共に、だんだん花が咲かなくなってきた。
その理由など、猫たちには分からない。だが神に願った。守護者の宿った樹は、その力によって元気を取り戻す。そして、長く長くその花を咲かせることができる。だからどうか、守護の力をこの桜に、と。
そして、願いは叶えられた。守護の神鳥が現れたのだ。猫たちは喜んだ。そして神鳥と桜を敬い崇め続けた。
だが。
「びいるとはどんなものなのだ……」
「ちゅうはいとやらを、飲んでみたいのだ……」
神鳥がそうつぶやいているのを、聞いたという猫がいるが、それが一体どういうものなのか、知っている猫はいなかったのであった。