少女とNPCは結ばれない
「実は僕、人間じゃないんだ」
私、大辻舞が一世一代の覚悟を決めて臨んだ告白は、全くもって予想外の告白によって断られた。
「え? でも彩人、貴方、どこからどう見ても人間じゃない?」
夕日の差し込む教室で、私は彼、佐藤彩人の姿をまじまじと見る。丸みのある顔、ぱっちりと開いた目、小さな鼻、潤った唇……、いわゆる童顔だ。身体つきも小柄で華奢で、彼はそのことにコンプレックスを抱いているのだが、そのことが私が彩人に興味を持ったきっかけになったのだ。ともあれ、彼の外見的特徴はそれくらいで、その他は他の男性と変わらないのだ。
「僕はNPCなんだ」
彩人は続けるが、私には意味がわからない。NPCということは、つまりは私たちプレイヤーが操作しないキャラクターということだ。だが……、
「NPCのあなたを好きになって、何が悪いというの?」
当然の疑問だと思う。世の中では二次元のキャラクターにガチ恋する人も少なくない。むしろそうしたキャラクターたちは愛されるために生まれているのだ。だが、目の前の彩人は悲痛な眼差しを向ける。
「このゲームは、人間の男女が出会うためのゲームなんだ。NPCに恋をするなんて、許されない」
「でもそれはあくまでこのゲームのルールでしょ? 彩人の気持ちはどうなの?」
私が問うと、彩人は目を伏せてしまった。何か逡巡しているようだった。私は待つことにした。彼の本音を聞きたかったからだ。
やがて彩人は絞り出すように言葉を紡いだ。
「舞さん、やっぱり貴方の気持ちは受け取れない。もし僕の思いを伝えてしまったら、僕たちは二度と会えなくなるから」
「それってどういうこと?」
「NPCと結ばれてしまえば、そのNPCは消去されて、プレイヤーも強制ログアウトされて二度とこのゲームをプレイできなくなる」
「つまり、彩人の気持ちは!?」
言葉にも眼差しにも期待がこもってしまう。彩人は呆れたように笑った。
「ここまで聞いてもなお、それを僕に言わせるのかい?」
「女の子はね、好きな人にははっきりと好きって言ってほしいもんなんだよ」
私がそういう答えるや否や、彩人は私を抱きしめてくれた。私もそっと彼の背に手を回す。
「舞、好きだ」
「うん!」
「愛してる」
「うん! うん!」
「ずっと一緒にいたい」
「うん、ありがとう! 嬉しい!」
私たちはようやく結ばれたのだ。
だが、運命というのは残酷だ。山際に落ちる夕日の最後の残光が彩人を貫いた。その部分から、0と1の羅列が零れ落ちていく。彩人は諦めたように呟いた。
「もう、終わりみたいだね」
「そんな……!」
「ルールは絶対なんだ。でも、僕の気持ちに偽りはない。もしまた違った形で出会えたとしたら、その時は、結ばれたらいいな」
「彩人! 彩人!!」
私の叫びも虚しく、彩人は崩れ去り、後には何も残らなかった。夕陽は全ての光を奪って没した。もう、何も見えない……。
気づけばデスクトップには「GAME OVER」の赤い文字が表示されていた。もう、彩人に会うことはできないのだ。その事実がまざまざと突きつけられ、私は膝から崩れ落ちた。
「あ、ああああ! ああああああああ!」
どうすればよかったのか。あの恋を諦めればよかったのか。それともそもそも私が彩人のことを好きにならなければ、彼は消えずに済んだのではないか。正解は今となっては分からない。部屋にはただ少女の慟哭が響いていた。