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かもめの支援員さん  作者: 乃土雨
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ケース7  たこ焼き

ケース7

  

  たこ焼き


 内心、かもめは不安で仕方なかった。

 花火大会に来たはいいが、ちゃんと花火を見れるのか。

 ちゃんと向き合えるのか。

 もし、途中で無理だったとして、泉はどういう反応をするのか。

 考えれば考えるほど気持ちが沈んでいくのが分かった。

 「いかんいかん」

 かもめは目を瞑って首を左右に振った。

 せっかくの花火大会なんだし、泉も一緒なら大丈夫、楽しもうと決めた。

 「ごめん、かもめちゃん!遅くなっちゃったよぉ」

 二人は花火大会会場の最寄りのコンビニを待ち合わせ場所にしていた。

 ジーンズにTシャツ姿のかもめは言うまでもなく待ち合わせ時間の10分前には到着しており、泉を待っていた。

 待ち合わせ時間をすぎること20分、浴衣を来た泉は小走りで待ち合わせ場所のコンビニに現れた。浴衣の着付けに時間をとってしまったうえに、動き辛いその恰好での移動で思った以上に時間がかかってしまったのだろうとかもめは推理した。

 いや、正しくはかもめ自身の実体験から思い出していた。

 同じコンビニを待ち合わせ場所にしている人も多いようで、泉を待っている間にも幾人もの人が待ち人と会う光景を見た。

 街は賑わっていた。

 所々、”あの日”の再現を見ているようだなとかもめは思った。

 「仕事なら顛末書ものだな」

 いけないと分かっていても、無表情に泉をあしらってしまう。

 「許してください!りんご飴買ってあげるから」

 「綿菓子を引き合いに出さないあたり、なかなかの手練れとみた」

 「てだれってなんか美味しそうだよねぇ。焼き鳥食べたい!」

 さっきまでの不安が少し和らいでいるのをかもめは感じた。

 泉は本当に不思議だな。一緒にいるとすぐ泉のペースに引っ張られる。

 かもめはそう思いながら泉と花火会場の出店を見ながら歩いた。

 打ち上げ花火開始の20時まで、あと2時間を切った。



 「ひゃー、食った食った。かもめちゃん、花火、もうすぐだね」

 泉は出店のメニューを殆ど制覇したのではないかというほどよく食べた。

 「泉、花火よりも出店が楽しみだったんだろ」

 「そんなことないよ!花火見ながら食べるたこ焼きは美味しいんだよぉ」

 「え?またたこ焼き食べるの?」

 既にたこ焼きは序盤で食べたメニューだ。かたやかもめは小振のりんご飴と焼きそばを半分食べた。残りの半分は泉に食べられたのだ。

 「さて、じゃあ場所移動しますか」

 唐突に泉が言った。

 「ここで花火みないのか?」

 「うん、ここより高台の神社の方がよく見えるんだよ」

 そう言って泉は神社の建っている方向を指差した。

 「高台の神社で花火か。風花の考えそうなことだな」

 かもめは泉の指差した方を見て呟いた。

 「ん?何か言った?」

 泉は焼きイカを頬張りながらかもめに聞いた。

 「いや、なんでもない。行こうか、神社に」

 ここまで来たら、とことん風花、泉の作戦に乗ってみるかとかもめは決心して神社の方に歩き始めた。

 打ち上げ花火開始の20時まで、残り30分になろうとしていた。


 「かもめちゃーん、疲れたよぉ」

 神社に続く階段の中腹で泉が根を上げた。

 「神社で花火見るって言ったのは泉だろ?ほら、頑張れ」

 泉より十数段上にいるかもめは泉を見下ろしながらエールを送った。

 「だって風花ちゃんが・・・いや、その・・・ふ、ふ」

 「え?ふう何だって?」

 「ふ・・・ふうふうして食べなきゃ、熱いもんね、たこ焼き!」

 泉はいよいよ苦しくなってきた言い訳を披露した。

 「もっと上手くごまかせよ」

 泉に聞こえないようにかもめは呟いた。そして、

 「あ、私今笑ってるな」

 思わず声に出た。

 

 かもめさ、最近よく笑うようになったよね


 数日前の夜勤の時、風花から言われた言葉を思い出した。

 あの日は深く考えなかったけど、もしかして風花は私が笑うようになったのは泉の影響だと言いたかったのかな。

 だから泉に私をここに連れて来させたのか?

 

 「やっと追いついたよぉ」

 息が上がっている泉がようやくかもめとの十数段の差を縮めた。

 「さあ、神社はもうすぐそこだ、急ごう」

 かもめは容赦無く泉に背を向けて、再び階段を上がり始めた。

 「えぇ・・・かもめちゃん・・・ちょっと休憩を・・・」

 泉はかもめの背に向かってやっと声を発した。

 「あれ?かもめちゃん、今笑ってなかったっけ?」

 

 打ち上げ花火開始の20時まで、残り10分を切った。


 かもめと泉は神社の参道前にある広場に着いた。

 花火が見える方角の木々が少し開けた場所に設置してあるベンチに腰掛けて、花火の打ち上げ開始を待った。

 この神社は以前から花火大会の時の隠れた眺望ポイントとして地元の人には有名で、今夜もそれなりに花火見物客が神社を訪れていた。

 「このベンチ座れたのラッキーだったね」

 泉がかもめに話しかけた。

 「ここは結構空いてること多くてさ。今日も空いてて良かったよ」

 「私、この場所から花火見るの初めてだよ」


 「やあ、お二人さん」

 後ろからかもめと泉に声をかけた人物がいた。驚いて二人とも声の方を振り返ると、デニムのショートパンツにオーバーサイズの黒いTシャツを着た村角風花が立っていた。これにコンバースのオールスターを合わせるのが夏の風花の定番コーデだ。

 「風花。やっぱりお前の仕業か」

 かもめが少し呆れたような表情で風花を見た。

 「まあまあ。さ、詰めた詰めた」

 風花がかもめの隣に座り、かもめの左手に泉、右手に風花の構図となった。

 「両手に花ですな。かもめの姉貴」

 風花はニタニタ笑いながらかもめの顔を見た。

 「ふ・・・風花ちゃん、奇遇だねぇ。花火見に来たの?」

 風花の登場に泉は大いに焦った。今日は風花は姿を見せないと勝手に思っていたし、今までひた隠しにしてきた計画がここで終わると思うと、あれだけ食べたフライドポテトとチーズバーガーに報いることができないと思ったのだ。そして

 「え?かもめちゃん、さっき風花ちゃんの仕業って言った?」

 かもめの言葉をふと思い出した。

 「ああ、言ったよ」

 「じゃあ気づいてたの?」

 「気づいてたよ」

 「どこから?は!あの時でしょ!焼きそば半分食べちゃった時!」

 「いや、最初からだよ」

 「えぇぇぇぇ!」

 泉の反応にかもめと風花は一緒に笑った。

 「風花ちゃんまで。もう二人とも笑いすぎたよ!」

 「あはは、ごめんごめん。泉ちゃんのリアクションが面白くてさ。しかし、泉ちゃん。よくやってくれたよ。かもめをここまで連れてきてくれて。はい、お礼のたこ焼き」

 風花は右手に持っていたたこ焼きが入った取手付きのビニール袋を手渡した。

 「いいの?ありがとう」

 たこ焼きを受け取ると、泉の機嫌はすぐに直った。

 「で?風花。何を考えてるんだ?ここまで泉に連れて来させて」

 「普通に花火見たかったんだよ。私が誘ったんじゃ絶対断るでしょ?

  それにさ、

  そろそろなんじゃないかと思って。

  みなと君のこと、泉ちゃんにも知ってもらわなきゃ」

 風花はかもめの顔を見ずに、花火が上がる方向に広がる夜景を見ながら言った。

 「みなと君?」

 泉は聞いたことのないその名前をかもめに向かって聞いてみた。

 「お、花火。打ち上げまであと1分だな」

 風花がポケットからスマートフォンを取り出し時間を確認した。

 泉はこの時漸く気付いたが、かもめの膝に置いた手はぎゅっと握り締められていた。

 肩にも力が入っていて全身が少し震えていた。その小さな震えは隣に座っている風花、泉にも肩や太ももを伝って感じ取れた。

 「か・・・かもめちゃん。何か悩んでるんなら聞くよ?でも、今じゃないって思うんなら無理しないでね」

 見かねて泉がかもめに声を掛けた。



 「あれ?江田さん、松宮さん、村角さん?」

 3人に後ろから声を掛ける人物がいた。3人が驚いて振り返ると、そこには山崎葉が立っていた。

 「主任、お疲れ様です」

 泉が挨拶した。

 「山崎主任、タイミングわるっ」

 風花が悪態をついた。

 「ははは、タイミング悪かったか。ごめんごめん。見慣れた後ろ姿だったもので、つい声をかけてしまったんだよ」

 かもめは葉に挨拶をしないまま背中を向けてしまった。

 「あ、かもめ。山崎主任は仕込んでないからね」

 風花はかもめにそもそも負担の掛かることを強いているのは承知していた。流石にこれ以上の状況の変化はかもめにも過剰なストレスになると思った。

 「江田さん、さっき神社の下で石神係長に会ったんだよ」

 葉はかもめの異常な事態を瞬時に察した。そして風花の言ったタイミングの悪かったところは、かもめに関係しているのも明確であった。かもめが憧れている英子の名を出せば少しは汚名返上できるかと思ったのだ。

 風花からしてみれば、事態は悪い方に転んでいた。葉がかもめに気を遣って、本当はいない英子の名前を出して元気付けようと思っているならまだいいが

 「山崎君、どうして急にいなくなるのですか?探しましたわよ、あれ?江田さん、松宮さん、村角さん?」

石神英子はエレガントな私服姿で現れた。

 「あちゃぁ」

 風花は困った表情で夜空を見上げた。

 ここまでは想定していなかった。これは、早々に切り上げてかもめをできるだけ花火から遠ざけなければいけない。

 「あ、僕たち向こうで花火見るから、君たちはここでゆっくり見るといいよ」

 葉は声を掛けたことを後悔していた。3人の後ろ姿だけではかもめの普段の雰囲気との違いを感じ取れなかった。

 正確には、かもめの普段の雰囲気との違いが”ここまで”とは感じ取れなかった。

 「かもめ、無理するな。今日は帰ろう。送るよ、ねえ」

 風花は立ち上がり、かもめの右肩に手を置いた。

 「そうだよ、無理しないで。かもめちゃん」

 泉も立ちあがろうとしたその時、かもめは泉の腕を掴んだ。

 「私、無理してないから。

  大丈夫だから。

  皆、ここにいて」

 震える声でかもめが言った。

 「話すよ、あの日のこと。

  みなとのこと」


 夜空には大輪の花火が花開き、花火大会の始まりを告げた。

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