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かもめの支援員さん  作者: 乃土雨
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ケース6  条件

ケース6


   条件


 「じゃあ、お疲れ様でした」

 「お疲れ、かもめ。ゆっくり休んでね」

 8時40分、かもめ、風花、新の3人は非番となった。

 「じゃあ村角さん、僕も帰りますね」

 新は風花に挨拶し、福祉課室を出ようとした。

 「吉村さん、ちょっと付き合いません?」

 「な、なんですか、一体」

 風花のイレギュラーな言動に、新は一気に挙動不審になった。

 「まあまあ、そこのローソンで待ってます」

 風花は施設を出て最寄りのコンビニを待ち合わせ場所に指定した。



 「いやー、吉村さん。お話できて良かったです」

 風花はコンビニの駐車場に停めていた新の車の中で、新にそう言った。

 「いえ、特別なことは何も話してませんが。じゃあ、そろそろ車から降りてもらえませんか?」

 「はぁ、吉村さん。二十三歳の女の子が助手席に乗るって、多分一生無いですよ?普通引き止めません?そんなに急かして良いんですか?」

 風花は無駄に新をからかう。

 「ど・・・ど・・・どう言う・・・それは一体どう言う」

 「じゃあ、お疲れ様でした。気をつけて帰ってくださいね」

 からかい甲斐がある人だなーと風花は心の中で思い、慌てふためいた新を横目に助手席からサッと降りた。

 走り去る新の車に小さく手を振って見送ると、風花は素早くスマートフォンをポケットから取り出し、電話をかけた。スマートフォンを左の耳に持っていき、

 「もしもし、泉ちゃん?私、風花。ごめんね、公休のところ。あのさー、急で申し訳ないんだけど、今日お昼一緒に食べない?私奢るからさ」

 電話の相手は本日公休の松宮泉だった。



 11時30分、風花の指定したファストフード店に風花と泉はいた。昼前でお客さんが少ない時間帯を狙ってのことだ。

 泉の前にはフライドポテトが2袋とチーズバーガーが2つ置いてある。対する風花はペプシコーラMサイズのカップが一つ置いてある。

 「私、ロッテリアのポテト大好きなんだよねぇ。ありがとう風花ちゃん」

 「なに、いいってことよ。たらふく食ってくれ」

 「それで、話って何?」

 泉はポテトを食べながら風花に聞いた。

 「今週末、街で花火大会があるじゃん」

 「うん、私勤務で行けないんだよぉ。残念」

 「その勤務さ、私が調整するから、花火大会行ってくれない?」

 「うん、いいよ。ん?ちょっと待って。その話、おいしすぎない?」

 泉は1袋目のポテトを平らげ、2袋目に手を伸ばそうとして、風花の話に疑問を抱いた。

 「もちろん条件がある。まずかもめを花火大会に誘ってほしい」

 「え?かもめちゃん花火苦手って聞いてるよ?」

 「条件その2、かもめを誘う理由は聞かない」

 「むぅ・・・」

 「条件その3、花火は高台の神社から見ること」

 「・・・条件はそれで全部?」

 泉は思いっきり怪訝な顔をして風花に聞いた。

 「うん、3つ。どう?やってくれる?」

 「もちろんやるよ。でもかもめちゃんに嫌われないかな?」

 「泉ちゃんなら大丈夫だよ。引き受けてくれてありがとう」

 風花はペプシコーラを飲み切り、氷をザラザラ鳴らしながら泉の顔を見てそう言った。

 不安に思いながら、泉は2個目のチーズバーガーを平らげた。


 非番の夜、かもめは必ず湯船に浸かるようにしている。

 真夏の夜なのでシャワーで済ませたいところだが、非番の日は少し体を労りたい気分なのだ。

 湯船に浸かり、かもめは勤務中に言い出せなかった風花への言葉の続きを考えていた。

 OさんとKさんが揉めたあの夜勤の日、この仕事を目指したきっかけについても、風花が話していたとおりかもめは自然に話し出そうとしていた。

 風花に伝えようとしていた言葉はおそらくお礼なのだろうが

 「なんであんなこと言おうとしたんだ?もう6年も経つのに」

 心の中でそう思うが、かもめも自身の心境の変化を掴めずにいた。



 笑顔、花火、風花。笑顔、花火、風花。笑顔、花火・・・



 頭の中で過去の記憶が蘇ってくる。

 「いかん」

 かもめは我に帰ったかのようにそういうと、バシャバシャと顔にお湯を掛けた。



 風呂上がりに濡れた髪をタオルで拭いている時に、洗面台に置いたスマートフォンが着信を知らせた。

 「ん?泉?」

 かもめはスマートフォンを手に取って着信に応答した。

 「もしもし、泉?どうした?」

 洗面台の鏡に自分が写っている。顔が無表情であることに気づき、鏡の自分に向かって笑顔を作ってみた。

 「あ、かもめちゃん?ごめんね、ゆっくりしてるところ。あのさぁ、かもめちゃん。そのぉ、なんていうか・・・」

 「なんだよ、じれったいぞ」

 「えへへ、じれったいよねぇ。ほんと、困っちゃうよ」

 「要件は何だ?」

 気づくと鏡に映った自分の顔がしかめ面になっていて、かもめは慌てて笑顔を作り直した。

 「あのさ、かもめちゃん。今度の週末、花火大会じゃない?それで、い・・・一緒に行かない?」

 「いやだ」

 意識的に即答した。

 「ふぇーん。即答・・・」

 「だいたい、泉はその日勤務だろ?そもそもいけないじゃないか」

 「そこはね、変更する予定だよ!」

 泉の話し方に、かもめは何となくピンとくるものがあった。

 「泉、もしかして風花になんか言われた?」

 「ふ、風花ちゃんなんて知らないよぉ。なんのことだか」

 泉は焦っていた。

 昼、泉がチーズバーガーを食べ終わった後、風花は4つ目の条件を提示してきた。

 「それから、かもめには私からの提案だってことを絶対に言わないでほしいんだ」

 「ずるい、条件4つじゃん」

 泉は頬を膨らませてわかりやすく怒った。そして、条件を飲む代わりに、チーズバーガーをもう一つ風花に要求した。

 ゆえに、泉は焦っていた。

 だが、泉の慌てようからかもめは風花の提案したことに間違いないと確信した。

 まったく、泉にしろ風花にしろ、お節介な友達をもったもんだ、とかもめは思い

 「分かったよ。それじゃあ行こう。花火大会」

 と泉に言った。


 洗面台の鏡に映ったかもめの顔は、穏やかに微笑んでいた。

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