ケース12 かもめの支援員さん
ケース12
かもめの支援員さん
奇跡的な再会を果たし、人の縁を感じながらかもめは完売したカレーのブースを片付けていた。
会場ではステージでの最後の演目も終わり、残すは夏祭りの締めくくり、打ち上げ花火の準備が進められていた。
「江田さん、お疲れ様。カレー完売だってね」
山崎葉が一仕事終えた感じを全面に出し、カレーブース内のかもめに話しかけた。
「山崎主任、他のブースも売れ行き良かったみたいで。本当にお疲れ様でした」
「いやいや、皆さんが頑張ってくれたおかげだよ。江田さん、そろそろ花火だし、ブースの裏においでよ」
葉はかもめをブースの裏に誘った。
飲食ブースの裏は普段マイクロバスが駐車されているスペースがあり、今夜はステージでの小道具置き場になっていた。
スタッフのみが出入りできる場所で、花火の打ち上げポイントから最も近く、何も遮るものがない状態で花火を見ることができる隠れた絶景スポットでもあった。
ブースを抜け、かもめが小道具置き場に着くと、英子、葉、風花、ほたる(ほたるの娘のかもめはほたるに抱かれて眠っていた)、泉、新、塩路社長、梅子さんと勢揃いしていた。
「遅いぞ、かもめ」
風花がかもめを見ながら自分の横に来るように指差した。ちょうどかもめが入るスペースが開けられていた。かもめがそのスペースに入り、全員が横一列に並び、花火の打ち上がる夜空を見上げた。
「かもめちゃん、今日はこいつも一緒に見るからよ」
笑って話しかけた塩路社長は、胸の辺りに額縁に入った写真を持っていた。
それはみなとが笑顔で写っている写真だった。
「みなと・・・やっと一緒に見れるね」
かもめは微笑んで写真のみなとに話しかけた。そして再び夜空を見上げた。
「風花」
夜空を見上げたままかもめが風花に話しかける。
「ん?」
風花も夜空を見上げたまま応える。
「これ、風花が仕組んだの?」
「私じゃないよ、石神係長。本当はここ部外者は入れないんだけどさ。係長が施設長に直談判して、このスペース確保したんだよ、どうしてもかもめに見せたかったんだって。ここからの花火を、皆で見る花火をさ」
「また泣いちゃうじゃん」
「泣くんなら花火見た後ね。そん時はまた胸貸すよ」
「あ、そう言えばさ。花火大会の日、なんで泉に誘わせたの?」
「それ、今じゃなきゃダメか?」
「今聞きたい」
「んー。しゃーない。種明かしの時間だな。
ほらMさんの記憶が重なってるって話をした夜勤があったじゃん。それで非番の日にさ、私吉村さん捕まえて、色々話を聞いたんだよ。みなと君の事件のこと。
私もここに就職して、相談支援専門員がみなと君に関わっていたことはなんとなく知ってたんだけど。そしたらそれが上ノ原さんだったことが分かって、上ノ原さんは石神係長と山崎主任の専門学校の後輩でさ。特に石神係長とはかなり仲良かったみたいだったって吉村さんが教えてくれたんだ。
で、その日のうちに泉ちゃんにとんでもない量のフライドポテトとチーズバーガーを奢って、かもめを花火大会に誘い出すエージェントに仕立て上げた。
泉ちゃんにお願いした理由は、泉ちゃんと話してたり、泉ちゃんのこと話すとかもめはちょっと表情柔らかくなってたんだよ。
支援員ってかもめみたいに論理的でクールな一面も大事だけど、泉ちゃんみたいにむやみに明るい一面も必要なんだよね。
二人を見てるとそう言うとこお互いに補っているように見えてさ。良いパートナーだなって見てたんだ。だから、泉ちゃんにお願いした。正解だったよ」
風花は泉の方を見た。泉はほたるの横に立っていて、ほたるに抱かれた幼いかもめをデレデレとあやしていた。
「私は風花が誘ってくれても、ちゃんと行ったよ。花火大会」
「本当かぁ?」
「ふふふ、やっぱ分かんないや」
かもめと風花は顔を見合わせて笑った。そして夜空に顔を戻した。
「ははは、なんだそれ。私がやったのはそこまで。今日上ノ原さんを呼んだのは、石神係長だよ。私は上ノ原さんのことをかもめに伝えるのは例の花火大会をかもめがどう過ごすか見届けてからって決めてたから。花火大会が終わった後に係長から上ノ原さんを呼ぶって聞いたよ。あの日、かもめは本当に頑張ったよ」
風花の話を聞いて、かもめは何から何まで周りの人に支え、助けられていると思い知った。
「ありがとう、風花。
その、今回のことも、6年前のことも。
あの日から風花がずっと一緒にいてくれたから、今の私があるんだと思うよ」
「かもめはそばにいてやんなきゃ危なっかしいからな」
風花はかもめを見て、ニコッと笑い右手をかもめの頭に乗せてポンポンと軽く撫でた。
その絶妙な撫で方が心地よく
「えへへ。
私、これからもぉっと頑張るよぉ」
照れ隠しに泉のモノマネで返事をした。
「おー、泉ちゃんの真似うまいな」
「だろ。今度コツ教えてやるよ」
ドンと大きな音がなり、ヒューっと花火玉が打ち上がった。
夜空に大輪の花火が咲いた。
「こんなに綺麗な花火、見たことない」
かもめは次々に夜空に咲く花火に感動した。
感動しているかもめを横目に、風花は新の横に移動した。
「吉村さん、花火大会の日。勤務交代してくれてありがとうございました」
風花は新を見て話したが、新は花火から目を離さずに、
「いえ、江田さんの・・・いや、”村角さんのお友達”の一大事だったんでしょ?
そういう時は、そばにいてあげないと。
それに、村角さんでは手に負えなかった時の事を考えて、石神係長、山﨑主任にもフォローをお願いしておいたんです」
「あ、あれやっぱ偶然じゃなかったんだ」
「迷惑でしたか?」
「いえ、正直助かりました。吉村さんに相談して、前もって段取りも伝えておいて本当に良かったです」
「い・・・いえ・・・大したことは」
「ううん、吉村さんのお願いだから、係長も主任も動いてくださったんですよ。
凄いです、尊敬しちゃいます」
「村角さん・・・あの、ほ・・・褒めすぎですよ・・・」
新は意を決して風花を見た。
「いえ、そんなことないです。私吉村さんのこと、前から」
風花は上目遣いで新を見つめた。完全に好意の眼差しだと新は確信した。
「ま・・・前から・・・」
「打ち上げ代奢ってくれる優しい先輩だと思ってました」
風花はすっと真顔に戻った。
「ぐっ・・・やっぱりね!」
新は花火に顔を向けなおした。
「はー、やっぱ吉村さんのリアクション面白いですね」
風花は悔しがっている新に向かって
「すみません、素直じゃなくて」
と意味深な言葉を呟いた。
「え?何か言いましたか?花火見たらどうですか?」
新は冷たく風花をあしらった。
「全く。そういうところなんですよ、吉村さん」
風花はがっかりしてそう言ったが、その後も新の横で花火を見続けた。
かもめの横の空いたスペースには泉が入り込んだ。
「かもめちゃん、花火綺麗だね」
「ああ、すごく綺麗。今まで見てきた花火の中で一番綺麗だよ」
「ふふふ、小さいかもめちゃんめちゃくちゃ可愛いんだよ」
「終始デレデレだな、泉」
「まあね。子供大好きだから。この花火、かもめちゃんと見れて良かったよ」
「今年だけじゃないよ。来年も、その次の年もずっと一緒に見るんだよ」
「私プロポーズは男性からされるんだと思ってたよ」
「そういうとこ意外と考え方古いんだな、まあ泉と結婚はしないけど」
「早速フられました。来年は非番で見られないかもよ」
「非番でも来るよ、花火見にさ。私、この施設の支援員さんだからね」
「かもめの支援員さん、だもんね」
「あの、すみません。さっきFさんが僕の足を踏んだんですけど。謝らないでいっちゃったんですよ」
ブース裏で花火を見ていた支援員達を見つけ男性利用者Nさんが訪ねてきた。足を踏まれて立腹している様子だ。
「はい、Nさん。お話伺いますね」
かもめは笑顔でNさんのもとへ駆け寄った。
ん?こんな行動するのはいつもあいつの役割じゃなかったか?
フットワークが軽くて、人懐っこくて、誰の間合いにでもすっと入り込める・・・
そこまで思うと、かもめはなんだか面白くなってNさんに悟られないようにクスッと笑った。
そしてNさんとともに利用者の待つ園庭へと向かった。その途中
「すみません、花火見ている時に」
Nさんが気を遣ってかもめに話しかけた。
かもめは誇りと自信をもって応えた。
「いいえ、気にしないでください。
私、支援員ですから」