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かもめの支援員さん  作者: 乃土雨
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ケース11  キーワード

ケース11


   キーワード


 「いやー、盛り上がってきました!皆さん、盛り上がってますかー!」

 職場指定のジャージに紺色のポロシャツ、その上から青地に黒い縁取りがされたお馴染みのお祭り法被を羽織った風花と相方の吉村新はともにステージの上で会場を盛り上げていた。

 今夜は施設の夏祭りだ。

 施設の中庭に設置された簡易ステージを取り囲むように飲食物、手作りのゲームなどを楽しめる模擬店が軒を連ねていた。

 「吉村さん!次の演目まで私待ちきれませんよ。次の出し物、一体なんなのか教えてもらえますか?」

 「はい、次の演目は地元で音楽活動をされているバンドの皆さんが来てくださってますよ。ラモーンズのコピーバンド、レモーンズの登場です!酸味の効いた演奏をお聴きください」

 風花のテンションに負けじと、新も先輩の意地を見せていた。

 同じく法被を羽織ったかもめは施設名物のカレーの模擬店担当で、ブースの奥でひたすら火にかけた鍋に入ったカレーをおたまでかき回していた。

 「かもめさーん、カレー4つください」

 泉は担当の利用者を連れて模擬店を回っていた。羽織っている法被は赤い色だ。

 「Aさん、カレーは350円ですよ。100円が3枚、10円が5枚です」

 障がい者支援施設の支援員は利用者の生活全般の動作を支援するのも仕事の一つだ。

 夏祭りは現金で飲食物を購入するため、支援員にとってはこれ以上にない支援日和。

 泉も例に漏れず、女性利用者Aさんの買い物及び金銭管理の支援中だ。

 かもめは大きな炊飯器から器状の紙皿にご飯を盛り、先ほどまでかき回していた鍋からカレーを掬って紙皿のご飯の上にかけた。

 「はい、Aさん。カレーです」

 かもめは笑顔でカレーをAさんに手渡し、代金350円を受け取った。

 「利用者はAさんだけなのに、カレー4杯っておかしくないか?松宮さん」

 その答えをある程度予想はしていたが、かもめはあえて聞いてみた。

 「残り3杯は私の分だよ!」

 泉は得意のえっへん顔で答えた。かもめの予想は見事に的中した。

 「まあ、食材が残らないから模擬店担当としてはありがたい。でも食べ過ぎには注意しなよ」

 「はーい」

 今夜は地域の方々も来園しての祭りで、会場は大盛況であった。

 「かもめちゃん!」

 威勢よく声を掛けられ、カレーをかき回しに戻ろうとしていたかもめは驚いて振り返った。

 「塩路弥平社長!」

 塩路機械工業の社長である塩路弥平が甚兵衛姿で立っていた。

 「久しぶり・・・でもないか。毎年、みなとの命日に墓参りに来てくれて。4日前に会ったばかりだしね」

 「毎年、お世話になっています。

 この間もお伝えしましたが、みなとの手記を届けてくださってありがとうございました」

 「いやいや、むしろ6年も経ってしまったことに申し訳なさを感じているよ」

 「あのタイミングで良かったです、少し早かったら、また泣き崩れてたと思いますし。あ、 カレー、いかがですか?」

 「ああ、頂くよ。

 ステージで張り切ってるあの子、かもめちゃんと一緒にいた子だろ?」

 「ええ、風花です。あの子こういうの得意みたいで。羨ましいです」

 かもめは塩路社長と一緒にステージで笑っている風花を眺めた。

 「社長、すみません、遅れました。駐車場が混んでいて。あら、かもめちゃん」

  社長の背中に話しかけたのは塩路機械工業の事務の女の人だった。

 「えっと・・・」

 「ああ、ごめんね。私、波島梅子。

 ずっと前から知ってるのに、名乗るの初めてだったわね」

 「すみません、私こそお聞きせずに。

 波島さん、いらっしゃいませ。カレーいかがですか?」

 「ええ、頂くわ」

 かもめは2人分のカレーを準備した。

 「江田さん、カレーの売れ行き、どうですか?」

 祭りのタイムキーパー担当の石神英子が各模擬店の売れ行きをリサーチしに来た。

 「はい、順調です」

 かもめが答えると、塩路社長が、

 「おお、石神さん。今回はお招きいただきありがとうございます」

 と英子に向かって一礼した。

 「いいえ、お楽しみ頂けてますか?何かありましたらスタッフにお申し付けくださいね」

 と英子は挨拶を返し、次の模擬店へと優雅に姿を消した。

 「盛り上がってるね、夏祭り」

 塩路社長がかもめに話しかける。

 「ええ、私も就職して初めての夏祭りで、こんなに地域の方に馴染んでいる施設だと思いませんでした」

 「いい施設だね」

 塩路社長はそう言うとカレーを一口食べた。うまいうまいと言うと、波島梅子から椅子に座って食べるように指摘され、そそくさと会場内の空いている椅子を探しに行ってしまった。

 「いい施設・・・か」

 みなとの話を聞きに風花と塩路機械工業に行き、住環境の大切さを切に訴えていた社長と出会い、入所施設の職員となった今、かもめにとって素直に嬉しい言葉であった。

 「江田さん、カレーの追加分できたそうだから調理室に取りに行ってもらえるかな」

 模擬店全体の担当の山崎葉がかもめに指示した。

 「はい、山崎主任。行ってきます」

 と言いかもめは模擬店の裏を通り調理室に向かった。

 調理室は会場に隣接しているが、ステージの裏手にあるため、部外者は入ってこないような位置にある。調理室のドアノブに手をかけようとした時に

 「待って、江田さん」

 と英子の声に呼び止められた。振り返ると英子とその横にベビーカーを押す女性が立っていた。

 「お疲れ様です、係長。あの、その方は?」

 「はじめまして。私、上ノ原ほたるです」

 笑顔でほたるはかもめに挨拶した。

 「あ、はじめまして」

 かもめはほたるにお辞儀をした。

 「実はね、江田さん。今日、上ノ原さんをあなたに会わせるために随分と準備に奔走したのよ。と言っても奔走したのは山崎君だけど」

 この後に及んで、葉と英子二人の関係性は謎のままだ。

 「あなたが、かもめちゃんね。やっと会えた。

 私、元々この施設の職員だったの。

 石神さんは私の2年先輩で。

 私、法人内の部署異動で相談支援事業所にいたのよ。

 出産育児を機に今は休職中なんだけど」

 「はあ・・・」

 かもめはまだほたるとの接点を見つけ出せずにいたが、明らかにほたるはかもめに出会えて感激している。

 「上ノ原さんはね、みなと君の相談支援専門員として、彼の生活をコーディネートしていたのよ」

 と英子がかもめとほたるの接点を伝えた。

 「みなとの・・・そうだったんですか」

 確かにそうだ、言われてみればみなとも何かしら福祉サービスを利用していたに違いないし、民生員からの斡旋で仕事についたのであれば、かなりの確率で定着支援も受けていたはずだ。だったらどこかにみなとの生活をコーディネートしていた相談支援専門員がいるはずた、とかもめは今更ながら思った。そして、その相談支援専門員が目の前にいることがいかに奇跡的か、英子が先ほどかもめに伝えた随分と準備に奔走したと言った理由を理解した。

 「じゃあ、私は戻るわね。江田さん、追加分のカレーは私が運んでおくわ」

 そう言うと英子は祭り会場に姿を消した。言うまでもなく、追加分のカレーを運んだのは他の男性職員だ。

 「私も当時、相談支援専門員としてまだまだ駆け出しで、民生員の方とも連携しながら浜山君への救済をどう組み立てていくか、色々問題に直面していたの。

 その・・・あんなことになってしまったこと、私にも責任がある。本当にごめんなさい」

 ほたるは深々と頭を下げた。

 「いえいえ、顔を上げてください。

 上ノ原さんは色々ご尽力されていたんだと思います。

 みなとはいい職場や同僚に恵まれていました。

 地域で暮らす知的障がいの方は地元の民生員さんに斡旋してもらったり、集団面接に行ったり、色々な経緯で職に就くことができても、職場定着が難しいと聞きます。みなとがきちんと働けていたのは、相談員の上ノ原さんがしっかりサポートしていたからなんだと思います。

 良くやったと思いこそしても、責任なんて感じないでください」

 かもめはいつまでも顔を上げないほたるに向かって話した。

 ほたるは漸く顔を上げ

 「ありがとう、今日あなたに会えて本当に良かった。

 ずっと胸につかえてた物が取れた気分。

 浜山君はいつもあなたのことを私に話していたわ。だから、どんな素敵な人なんだろうって思っていたのよ。

 そしたら、こんなに・・・こんなに・・・本当に素敵な女性だったから・・・」

 ほたるは途中で涙を堪えきれなくなっていた。

 「いえいえ、よしてください。私なんて石神係長の足元にも及びません」

 かもめは謙遜ではなく、本心をほたるに伝えた。

 「あはは、石神さんはね、半分人間じゃないからね」

 ほたるは涙を指で拭いながら笑ってそう言った。

 「そうそう、この子」

 ほたるはベビーカーに乗せている女の子をかもめに見せた。

 目の大きな女の子で、手にお気に入りの小さなぬいぐるみを持っていた。祭りの雰囲気が珍しいらしく、辺りをキョロキョロと見ていた。

 「一歳半になるんだけど、かもめって名前なの」

 「え?」

 かもめは面食らった。

 「浜山君は私が初めて担当した相談者だったから、彼を忘れたくなくて。

 いつも私に話していたかもめちゃんにあやかって。

 それに、かもめって響き可愛くない?」

 ん?このセリフは確か・・・

 「あ、いたいた。かもめちゃん、もうカレーないの?3つじゃ足りなかったよぉ」

 そうそうこいつ、泉のセリフだ。

 「おい、かもめ。腹減った。カレー作ってくれ。あ、上ノ原さん、お久しぶりです」

 「私はあんたらの母親じゃないんだよ、泉、風花」

 ステージ転換の合間に風花は泉を誘ってかもめを探していたらしい。

 風花は職場歴2年先輩なだけあり、ほたるとは顔見知りのようだ。

 「わあ、可愛い。おいくつなんですか?」

 泉は挨拶もせずにほたるの娘、かもめに近寄った。

 「もうすぐ一歳半。

 かもめちゃん、お姉ちゃん達にご挨拶しよっか」

 とほたるはベビーカーから娘、かもめを抱き上げた。

 「あれ?」

 泉は何か心に違和感があった。

 「え?この子かもめって名前なんですか?」

 泉に続いて風花もほたるの娘、かもめに近づいた。

 「かもめって響き、可愛いですよねぇ」

 泉は心の違和感を無視した。

 「私も今、こちらのかもめちゃんにそう伝えたところなの」

 「いいんですか、上ノ原さん。将来無愛想になりますよ?そんで、毎日走り込むような子になりますよ?」

 風花が心配そうにほたるに話した。

 「あはは、風花ちゃん流石に面白いわね。

 かもめちゃん、楽しい仲間と一緒にお仕事できているのね。

 うちのかもめもそうなるといいわ。あ、それからね。

 うちの旦那に話したら、かもめちゃんの了承が得られたら是非って言ってくれてるんだけど。実は私、今妊娠してるの。6ヶ月なんだけど。

 お腹の子の名前

 みなと

 にしようと思ってるんだけど、どうかな」

  かもめは満面の笑みを浮かべ

 「素敵ですね」

 と答えた。

 「ああああ!」

  泉が目を見開いてほたるを見た。

 「思い出した!ほたるさんだ」

  心の違和感は既視感に変わった。

 「知り合いなの?泉」

  かもめが驚いて泉に聞いた。

 「えっと・・・どこかでお会いしたかしら?」

 ほたるもかもめ同様、泉の声に驚いていた。 

 「私、駅近くのコンビニで働いていたんです」

 目を輝かせて泉が言う。

 「駅近くの?・・・ああ、まさか私に職業を聞いてきた子?」

 「はい!松宮泉といいます!あの日、ほたるさんの応対を見て、この仕事を志しました」

 「ああ、あの泉が見惚れた人」

 かもめは思い出した。泉が支援員を志すきっかけとなった人物がいたことを。

 「えぇ!全然分からなかったわ。もっと髪の色明るかったわよね?」

 「はい!金髪でした」

 「泉、金髪だったの?」

 「えへへー、超金髪だったんだぁ」

 泉の意外な過去を知り、かもめは

 「人のことって知ってるようで知らないんだな」

 と思わず口に出していた。

 「そういえば、ほたるさん。あの日、パニックになったあの方に何を囁いたんですか?」

 泉はずっと疑問だったことをほたるに聞いた。

 「あぁ。Kさんね。

 私、あの日はたまたまあのコンビニに寄って雑誌を買おうとしていたんだけど、なんだか聞き覚えのある声が聞こえてきて。これKさんの声じゃないかと思って近づいたのよ。

 Kさんは以前この施設で生活していたことがあってね、私その時Kさんの担当だったの。

 でも割とすぐに別の通所施設を利用することになって、ここは退所したんだけどね。

 で、担当だった頃、Kさんのお母さんとすごく仲良くなって、Kさんが落ち着く言葉を伝授してもらったのよ。K君大丈夫だよって繰り返すと大体落ち着いてたのを思い出して。そしたらKさんも私を覚えててくれてね、一緒にお菓子を買って、店の外に出たの。

 外にはKさんのお母さんがいて、せっかく一人で買い物する練習をと思っていたのになんであなたがいるのって怒られちゃったよ。

 でも本当に久しぶりに会ったからって言って、その後3人でおしゃれなカフェに行ってケーキご馳走になったのよ。いい思い出」

 かもめはほたるの話すコンビニでの事の顛末を聞いて、ほたると泉はなんだかベースの部分が一緒なのではと感じていた。

 「そんなキーワードが存在していたんですね。てっきり魔法か何かを使ったのかと思ってました」

 泉は妙に納得してそう言った。

 「残念ながら、この仕事に魔法も近道もないのよね。

 1日1日の積み重ねでしか利用者の方とは信頼関係を築けないものなの。

 泉ちゃんもこれから、色んな人に会って、色んな支援の仕方を学ぶといいわ」

 「さすが上ノ原さん、良いこと言います。サボってたんじゃ利用者との関係構築なんて夢のまた夢ですもんね」

 「上ノ原さんの前でそれを言える風花の根性よ」

 「おーい、かもめ。忘れてって言ってるじゃん」

 「村角さん、何サボってるんですか!次の演目始まりますよ!」

 ステージに上がろうとしている吉村新が風花を呼ぶ。

 「へーい、どうせ私はサボりキャラですよ。じゃあ最後の演目だ。いっちょやってくるか!」

 風花は笑顔でステージに上がっていった。

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