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かもめの支援員さん  作者: 乃土雨
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ケース10  意志

ケース10


  意志


 花火大会は終わり、神社から見物客が次々と下の街に向かって降り始めていた。

 かもめは6年前の花火大会で起こったことを全て話した。

 「かもめちゃん、そんなことがあったんだね。そりゃ花火見たくないのも分かるよ」

 泉は途中涙を流しながらかもめの話を聞いていた。

 「社長さんから話を聞いてから、知的障がいのことを勉強して、入所施設があることを知って。住環境を追求するならここだと思ってね。どうしても支援員になりたかったんだ」

 かもめが話すと、風花も続けて

 「私とかもめはあの日の帰り道に誓ったんだよ。

 悲劇を二度と繰り返させないって。そのために尽力できるところに身を置くってね。

 私は高校卒業して福祉系の専門学校に進んで、福祉を学んだ。

 でも、かもめは・・・」

 「私は十七歳の夏からとにかく走り始めた。もう二度とへたり込まないように」

 かもめは泉と葉の方を見てそう言った。

 「ああ、それで毎日走ってるんだね」

 葉が納得したように話した。

 「でも、なんで8キロ?」

 泉にしては鋭い質問だ。

 「簡単だよ。家から高校まで走って登校してたんだよ。

 片道4キロだから往復8キロ。それが習慣になっちゃって」

 「なるほどぉ」

 泉も納得した。

 「体力をつけて、週末は福祉施設に連絡とってボランティアに入らせてもらった。

 必死にボランティアに通ったよ。

 その甲斐あって、高校卒業してすぐに障がい者の通所施設に就職した。

 通所施設できちんと経験を積んで、今年の春、晴れて入所施設の支援員になれた」

 かもめは目線を上げて、過去を思い出しながら話した。

 「ここまで行動派になると私も思ってなかったよ。

 かもめはどうもあの社長と話した時から性格変わっちゃったんだよね。

 物怖じしなくなったって言うか・・・」

 風花がそこまで言うと、すかさずかもめは、 

 「笑わなくなった、だろ?」

 「まあ簡単に言えばね」

 「私はどうしても、1日でも早く障がい者支援施設の支援員になりたかった。

 みなとの努力に比べたら、笑顔忘れるくらいなんでもなかった。

 それに、笑っていい身分じゃないとも思ってた。

 あの日、私が花火大会に誘わなければ、もしかしてあんなことにはならなかったんじゃないかって、未だに思うんだ」

 かもめは少し俯きながら話した。


 「それは違うわ」

 石神英子が漸く口を開いた。

 「係長」

 かもめは英子を見た。

 英子は珍しく厳しい表情でかもめを見ていた。

 「あの事件は私たち福祉従事者に大きな衝撃を与えたわ」

 英子のその言葉を聞いて葉も続いた。

 「ああ、少なくともあの事件より前から福祉に従事している者で知らない人はいないくらいの大事件だったよ。

 あの事件にはヤングケアラー、不登校、障害児虐待、貧困、不衛生な生活環境等様々な社会の歪みが重なっていた。

 当事者だけでなく、父親も相応の問題を抱えていたことから、家族への支援の必要性も問われたんだ。当時の職員会議でも何度も議題に上がって再発防止の検討を行ってきたんだよ。

 まさか、江田さんがあの少年の知り合いだったとは」

 「もちろん、私たちには実名での報告ではなく、すべての名称はイニシャル表記でのものだったわ。

 でも話を聞いていて、あの事件だとすぐにわかった。

 あの事件で私たちの意識が変わったのも事実よ。

 江田さんの言う通り、障がい者の生活に住環境はとても大きく影響するものよ。

 安心、安全に過ごせる環境を提供するのが私たちの使命、でもそこにあぐらを掻いていたのではないかと疑問を抱いたの。ハード面の環境整備はもちろん必須。

 でもソフト面、心のケアも十分でないと真の安心、安全な環境とは言えないんじゃないかしらって。

 あの事件は、決して。

 決して江田さん一人の問題ではないのよ」

 英子は少し表情を和らげて、さらに続けた。

 「それにあの日、あなたがみなと君に声を掛けなかったら。

 花火大会に誘わなかったら。

 私はあなたに会っていないと思うの。

 ここにいる全員がそう。

 私は江田さんの話を聞いて思ったの。

 今日ここに、このメンバーが集まって花火を見たことは、みなと君の意志なんじゃないかって」

 英子は確信を持って堂々とかもめに言った。

 「みなとの・・・意志?」

 かもめは目頭が熱くなる。

 こういう感覚は6年ぶりだった。

 「うん、僕もそう思う」

 葉が英子に賛同する。

 「私もさ。あの日かもめがみなと君と別れてなかったら、結果私たち会ってないと思うし」

 風花が続く。

 「ごめんね、かもめちゃん。私、みなと君の事件は知らなかったんだけど、正直かもめちゃんがいなかったら、この仕事すぐ辞めちゃったと思う」

 泉も続いた。

 しかしかもめは、今日、ここにいるみんながみなとの意志で、とはにわかに信じがたかった。みなとはみんなのことは知らないし、かもめ自信が選んだ人生において出会った人たちだと思っていたからだ。


 「かもめちゃーん!」

 後ろからかもめを呼ぶ声が聞こえた。女性の声だ。かもめを始め、そこにいた全員が振り返る。

 現れたのは、塩路機械工業で事務をしているあの女の人だった。

 「良かったー。かもめちゃんの職場に電話したら、多分ここだろうって言われて。急いで来たのよ」

 事務の女の人は息を切らして駆け寄ってきた。

 「あの、お久しぶりです」

 かもめと風花はベンチから立ち上がり、一緒に挨拶した。

 「うん、お久しぶりね。この方々は?」

 「あ、私の職場の上司と同僚です。この方はみなとの努めていた工場の事務員の方です」

 かもめが双方の仲介をした。

 「初めまして」

 葉、英子、泉は各々挨拶をした。

 「あの、どうかしましたか?」

 かもめが聞く。

 「そうそう、実はこれがね、工場の倉庫から見つかったのよ。偶然よ、本当に。

 事務所の書類棚を明日買い替えるんで、仕事が終わって書類の整理をしたのよ。

 そしたら、私仕舞い込んでたのね。忘れてしまっていたわ」

 そう言うと、4〜5枚のコピー用紙をかもめに差し出した。

 「ほら、あの日。みなと君が家に帰る前にうちの工場に寄ったでしょ。

 あの時、社長から明日かもめちゃんの家に行って謝るようにって話をして。

 社長はそのまま工場に降りたんだけど、みなと君暫く事務所にいたの。で、私にコピー用紙を数枚くださいって言うもんで、コピー機から紙を引っ張り出したのよ。

 そしてあの子、かもめちゃんに謝るために台本を作ったの。

 練習しなきゃうまく言えそうにないって言って。

 これを社長に見せたら、かもめちゃんに見せなきゃいかんって慌て出して。かもめちゃん個人の連絡先は知らなかったから、かもめちゃんの職場に電話したの。そしたら吉村さんって方がここだと教えてくれて。

 そしたら社長が急いで行って渡して来いって言ってね」

 かもめはその話を聞いて、すぐにコピー用紙を確認した。

 そこには、紛れもなくみなとの字で、


 かもめ、きのうは

 おいていって たりしてごめん

 

 かもめ、きのうは

 ひとりにしてごめん


 きのうはどなっていて  どなったりしてごめん


 もう ひとりにしないから


 かもめを ひとりにしないから



 5枚に渡ってコピー用紙にはそう書かれていた。

 いずれも鉛筆で、殴り書きのような書き方で。

 すべてのメッセージをかもめは音読し、

 「みなと・・・字、下手・・・」

 と言って俯いた。

 頬に涙が流れているのを感じたが、もはや涙を隠すことはしなかった。



 「江田さん、みなと君と別れた十七歳のあなたは一人だったかもしれない。

 でも、見て。あなたは今、一人じゃないのよ。たくさんの仲間に支えられているわ」

 英子は感情を込めてかもめに言った。

 「そうだよ、利用者支援はチームが鉄則だろ」

 風花がかもめの左肩に手を置いた。

 「みなと君が巡り合わせてくれたんだね」

 泉が右の肩に手を置く

 「これは、紛れもなくみなと君の意志を感じるしかないね」

 葉は笑顔でかもめの背中を見た。

 

 「みなと・・・ごめんね、あの日、私・・・もっとみなとのことを知らなきゃいけなかったのに。ごめんね・・・」

 かもめは涙声でそう言った。そして、

 「ありがとう、みなと」

 と続けた。


 夜空には、満天の星が瞬いていた。

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