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かもめの支援員さん  作者: 乃土雨
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ケース9  住む環境

ケース9

  

  住む環境

 

 「私と風花はバスに乗って移動した。

 窓側が私、通路側に風花、風花は前のシートに左足のつま先を掛けて、膝を立てて座っていた。

 風花の通っていた中学校にいた面白い先生の話、ちょっとからかうとムキになって仕返ししてきて、結果墓穴を掘る男子の話、風花の友達のバイト先にいる嫌なバイトリーダーの話。風花は色々な話を私にしてくれた。一方的に話してくれるから、気を遣わなくてありがたかった。

 ねえ風花。どこに向かってるの?

 行き先を聞かずに付いてきたから、どこか目的地があるのか聞いてみたくなった」

 「あはは、海だよ。海。青島!青春って感じじゃん!」

 「なんとなく海方面に向かっているのは分かっていたけど、まさかベタベタの青春ごっこに付き合わなければいけないのかと思うとちょっと気が重くなった。

 バスを降り、最寄りのコンビニでサンドイッチを買って食べた。

 海までは10分ほど歩いて着いたけど、夏の日差しと栄養失調気味の体では1時間くらいの体感だった。浜辺に着いて、ちょうど良い木陰に風花と座った」

 「はい、かもめ」

 「風花はさっきコンビニで買ったレモンスカッシュを手渡してくれた。

 本来はサーファーでごった返しているのだろうけど、時間帯が影響しているのかサーファーは殆どいない状態で浜辺はほぼ貸切状態だった」

 「私はこれ。スコール」

 「ふふ。風花それ昔から好きだよね」

 「好きだなぁ。変わらない美味しさ。

 でもかもめのレモスカも似たようなもんじゃん。

 乾杯しようよ、青春に」

 「いいよ。

 私たちはペットボトルを軽くぶつけた。


 それからしばらく波の音、鳥の囀り、風の音を聞いた。風花もしばらく何も話さなかった」


 

 「しかし、みなととかもめって名前からしてお似合いだったよね。港の鴎みたいでさ」

 「風花が徐に話し始めた。

 え?お似合い?」

 「昔からさ、いつも二人でいたじゃん。お似合いだったよ」

 「そうかな・・・みなとは・・・どう思ってたんだろうね」

 「・・・あのさ、かもめ。聞きたくないかもしれないけど、かもめは知っとくべきだと思うから話すね」

 「・・・うん」


 

 「あれから、私みなと君の家の近隣の人に話を聞いて回ったんだ。

 あの日、何があったのか知りたくてさ。

 かもめと待ち合わせてた花火大会当日、みなと君の家から大きな物音がしたって。

 お父さんがみなと君に怒鳴ってるみたいだったけど、近隣の人が言うには、多分初めてみなと君がお父さんに言い返したそうなんだよ。

 大事な人なんだって。ずっと会いに行きたかったんだ、だから行かせてくれって。

 その後も押し問答があったそうで、みなと君が家を飛び出してきたんだけど、顔から血を流してたって。お父さんは勝手にしろ、帰ってくるなって叫んでたそうだよ。近隣の方はてっきりみなと君に彼女ができて、花火大会に行く行かないで揉めたもんだと思ってたって。

 みなと君が飛び出して、1時間くらい経って家から煙が出てることに気づいた近隣の人が119番通報したらしいんだけど、みなと君花火大会始まる10分前くらいに帰ってきたんだって。

 花火大会の混雑が影響して消防車の到着が遅れてること、初期消火でどうにかできる火の勢いじゃなかったことをみなと君に伝えたそうだよ。

 そしたら、みなと君。近隣の人の制止を振り切って家の中のお父さんを助けに行ったんだっ

て。まだ、火の勢いからしてなんとか助け出せると思ったんだろうね。でも、そのままお父さん

もみなと君も出てこなかったって」

 「大事な人って?

 みなとが?

 私をそんなふうに・・・」

「ああ、かもめのこと大事な人だってさ。良かったね、かもめ」

「泣かずに聞くって決めていたけどやっぱり涙が溢れてきた。 

 みなと、最後までお父さんを助けようとしたんだね・・・みなとらしいよ。

 でも花火大会が始まる10分前に帰ってきたって言ったよね。私たちが河原で別れたのは18時10分だったよ。ちょっと時間かかり過ぎてる気がする。みなと、真っ直ぐ家に帰ってないんじゃないかな?」

 「そこだよ。私も気になってさ。

 みなと君どこかに寄ったとか話してなかったかって聞いて回ってたら、あの地区の民生員さんって人にあってさ。多分ここだろうって名刺もらったんだ」

 「風花はその名刺を財布から取り出し、私に渡した。

 塩路機械工業 代表取締役 塩路弥平・・・誰なの?」

 「その塩路機械工業っていうのが、みなと君が働いていた工場だよ」

 「ここなんだ。みなとが勤めていた工場」

 「民生員さんと塩路弥平さんが同級生みたいで、民生員さんの勧めでみなと君は就職したそうなんだ。そこ、今から行ってみない?」

 「行ってみる、と私は答えた。断る余地はなかった。


 再びバスに乗り込み、来た道を戻り、みなとが最後に立ち寄った工場、塩路機械工業に向かった。


 その工場は市街地から少し離れたところににあった。

 みなとの家からは程近く通勤には便利な立地だった。

 時間は15時を過ぎていた。

 工場はずっと機械音を立てながら稼働している。開けっぱなしのシャッターから中の様子を覗き見ることができて数名の工員が巨大な機械の周りで作業に取り組んでいた」

 「すみませーん」

 風花が大きな声で、中にいる工員の方々に声をかけた。

 すると一人の工員の方がこちらに気づき、作業の手を止めて風花に近づいてきた。風花はその工員の方と話をして私のところに小走りで戻ってきて」

 「向こうに事務所があるって。そこに行けってさ」

 「と伝えた。私と風花は事務所がある方に歩いた。事務所は別棟の建物だと思っていたけど、工場の2階のロフトになっているところが事務所で、登る階段を見つけるのに苦労した。

 事務所を訪ねると、事務の女の人が」

 「ああ、浜山くんのお知り合い?この度は、本当に残念だったわね。社長、すぐ呼んで

くるから、奥で座って待ってて」

 「と言って、応接スペースに通された。

 と言っても事務机の奥に少し高そうな古いソファが対面で置いていあるだけの、衝立も何もないスペースだった。

 私と風花がソファに座って待っていると2分と掛からないうちに、社長 塩路弥平さんが現れた。小太りで作業着のよく似合うおじいさんだった。

 私たちはソファから立ってお辞儀をした」

 「ああ、君たち。浜山みなと君のお知り合い?どうぞ、掛けて」

 と着座を進められた。

 社長も対面のソファに座り、首にかけていたタオルで汗を拭いた。

 「あの、社長。お忙しいのにすみません」

 「突然の訪問に対応してくれた社長に風花が挨拶をした」

 「いやいや、セールスなんてのはすぐに追い返すよ。忙しい時期に来られちゃ迷惑だからね。

 でも、君たちは別。みなとの友達なら私らにゃ親戚みたいなもんだから」

 「社長の口ぶりから、みなとは本当によくしてもらっていたことが伝わってきた。

 あの、社長さん。私、みなとの・・・浜山君があの日、ここにきた理由を知りたくて。教えていただけませんか」

 「君、かもめちゃんだね?」

 「え?あ、はい。江田かもめです

 社長はお茶を持ってきた事務の女の人と目を合わせてニコニコして再び私を見た」

 「いやぁ、あいつの、みなとの言う通り。可愛らしい子だね」

 「ええ、私あなたを見てすぐにかもめちゃんだって分かったわよ」

 「あいつは中学卒業してすぐうちに就職したんだけど、折に触れちゃあかもめはどうだ、かもめはこうだって、君のことをよく話してたんだよ。

 そりゃあもう話し方から容姿に至るまで。

 だから、なんだか君は初めて会う人と思えなくてね。

 あいつの親父さん、あいつが15の時に足を悪くしちまってね。一時期介助無しじゃ歩けなかったんだよ。それで中学3年の時は殆ど学校行けなくて、君には心配かけたって言ってたよ」

 「そんな・・・そんなの、言ってくれれば良かったのに・・・

 私はやっと涙を堪えていた」

 「自立して、立派になってかもめに会いに行くってのがあいつの口癖だったんだよ」

 「限界だった。

 気づくと涙は止められないほど溢れ出ていた。

 ハンカチで涙を拭っていると隣に座っていた風花が私の肩を抱いてくれた」

 「ああ、すまない。やっぱりよそうか。もう少し落ち着いてからでもいいんだよ」

 「私の姿を見て社長は話すのをためらった」

 「いいえ、話してください。この子なら大丈夫ですので。な、かもめ」

 「私はなんとか頷いてみせた」

 「そうかい?じゃあ話すとしようか。

 あの日、花火大会の当日。

 あいつ、本当は休みじゃなかったんだよ。

 元々は休みだったんだが、急に納期の早まった仕事があってね。その日も一日中仕事になってしまった。

 休んでいいと言ったんだが、責任感の強いあいつは仕事を休めなかったんだな。

 かもめちゃん、花火大会の1週間前にみなとにあったんだろ?

 元々よく働くやつだったんだよ。でもかもめちゃんに会ってからのあいつは、普段よりもっと仕事をするようになった。

 嬉しかったんだろうね。

 あんなに会いたがってたかもめちゃんに会えて。

 長くそんなあいつを見てきたから、花火大会の日も帰ろうとせずに働き続ける姿を見て、もう胸が詰まりそうになってね。

 たまらず、あの日は午後から休みにしたんだよ、社長命令だって言ってね。

 それで、この事務所に呼んで。

 せっかくのデートなんだから楽しんでくるように話をして、少ないけど小遣いを包んだ。

 あいつの親父さん、賭け事にのめり込んでたから、あいつも現金を全く持ってなかった。

 この金だけは親父さんに渡すなよって言って持たせたんだ。喜んでたなぁ。

 それで日も傾いてきて、街が賑わいだしたのを見て、あいつも今頃楽しんでるのかなって思うと、なんだかこっちまで嬉しくなってな。

 その矢先、夜7時になるかならないかってところで、あいつ、顔を腫らしてここに帰ってきた。

 どうしたんだって聞くと、親父さんとかもめちゃん、どっちとも喧嘩したって言って。

 金はどうしたんだって聞いたら、やっぱり親父さんに見つかって取られたって。

 あいつ嘘がつけないから、親父さんに花火大会行く金あんのかって聞かれて、社長に貰ったって言っちまったんだろうな。文無しになってもかもめちゃんに会いに行くって言ったらぶん殴られたそうだ。

 それでかもめちゃんはって聞くと、心配してくれたのに悪いことしたってそれしか言わなくて。

 とにかく、明日は工場休みなんだから、かもめちゃん家に行って謝れって言ったんだよ。

 それで工場の名前出していいからすぐ病院行ってこいって。

 それでもあいつは大丈夫だからって言って聞かないんだ。

 それより家に帰らないとって言うから心配でな。

 今日はうちに泊まるようにも言ったんだけどダメだった」

 「社長はそこまで話すと、首にかけたタオルでひたいの汗を拭いた」

 「そうだったんですね。

 そんな状況で工場に顔を出すなんて。みなと君、社長さんを慕ってたんですね」

 「慕ってくれてたかはわからんが、少なくとも私はあいつを息子みたいに思っていたな」

 「そう話す社長はちょっと涙声だった」

 「話してくださってありがとうございました」

 風花がお礼を言った。

 「いやいや、かもめちゃん、大丈夫かい?」

 「私は不思議と工場でのみなとの最後のやりとりを聞いているうちに泣き止み、社長の話をきちんと聞くことができた。私も社長に

 ありがとうございます

 とお礼を言った。


 外はすっかり夕暮れの時間帯だった。

 事務所から出て階段を降り、私と風花は社長と事務の女の人にお礼を言った。

 すると社長から」

 「いいかい、かもめちゃん。

 みなとは誰よりも真面目に働いていた。

 誰より真剣に生きていた。

 あいつは何にも悪くない。ただ一つ悪かった点を挙げるなら、

 住む環境が悪かった。

 もう少し住む環境が良かったらこんな悲劇は起こらんかったと思う」

 「と話をされた。


 帰りは夕暮れの街を風花と二人で歩いた。

 住む環境・・・

 私が呟くと」

 「かもめはあの日、もうへたり込んでたし、それどころじゃなかったから周りの声は聞こえなかったでしょ?

 消防士の人とか近隣の人も話してたんだけど、みなと君家の中、足の踏み場がないくらいのゴミで埋め尽くされてたそうだよ。

 おそらくタバコの火の不始末からの発火だったんだろうけど、無数のゴミに引火していって消火活動もなかなか進まなかったんだよ。

 社長さんが言いたかったのは物理的な住環境はもちろんなんだけど、家庭内の人間関係とか経済状況とか、そういう意味も含めて”住む環境”って言ったんじゃないかな」

 「と風花が教えてくれた。


 もう少し住む環境が良かったらこんな悲劇は起こらんかったと思う


 私に何かできることがあるんじゃないか。

 塞ぎ込んでる場合じゃないんじゃないか。

 あの時も、へたり込んでなかったら、まだ何かできたんじゃないか。

 第二第三の悲劇を生まないために、なにかできること。

 この時、私の人生の方向性が定まった気がした」

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