合同訓練
訓練場はいつにも増して熱気と歓声で溢れかえっていた。今日は普段別々に訓練している第一騎士団と第二騎士団が合同訓練を行う日だった。それだけならばここまで皆の関心を奪わなかったのだが、急遽トーナメント形式の試合を行うことになったのだ。王城の警備や王族の警護に関わっている第一騎士団と、戦場や魔物の討伐など実戦の多い第二騎士団。どちらも負けるわけにはいかない。両者の誇りにかけて真剣勝負が繰り広げられていた。噂を聞きつけた、第三、第四騎士団が見物に来たり、実力を兼ね備えたうえに見目麗しい者が多いという第一騎士団を一目見ようと令嬢達が集まったりとちょっとしたイベントのような様相になっている。
イザベラも第一騎士団長であるヴィクトルを一目見ようと訓練場へとやって来ていた。ヴィクトル団長は当然のように勝ち進んでいる。すでに何戦もしているのだが、疲れた様子も見えず涼しげな顔をしている。長めの髪はサラサラでヴィクトル団長の周りだけ爽やかな風でも吹いてるようだ。イザベラは目で追っていると、ヴィクトル団長とは違ったキラキラとした雰囲気の男性を見つけ、目を見張る。彼はイザベラを見つけると嬉しそうにこちらへとやって来る。
「やあ、イザベラもジノの応援をしに来たの?」
顔を綻ばせ甘い雰囲気を撒き散らしながら、声を掛けて来たマルセルの顔にはジノに殴られた痕がまだ残っている。
「マ、マルセル? どうしてこんなところに?」
「城に用事があってね。そしたらなんだか面白そうなことをしてるって耳にしたから」
「そ、そうなの」
ヴィクトル団長を応援していたイザベラは、マルセルに見られてはいなかったかと冷や汗をたらす。それとは別に一緒に来ていた仲間達からの「いつのまにマルセル様と仲良くなったのよ⁉︎」という視線の圧が怖い。その視線に気がついたのかマルセルは仲間たちのほうへ顔を向けると、にっこりと微笑む。
「イザベラの友達かな? はじめまして」
「は、はじめまして」
いつもは騒がしい彼女達は、しおらしく控えめな挨拶を返す。さっきまでの圧は綺麗に消えてしまっている。
「俺も試合を見学したいんだけど、一緒に見ても良いかな?」
「も、もちろんです」
「ぜ、ぜひ」
「どうぞ、どうぞ」
「ちょっと、勝手に決めな……」
マルセルがいたら、ヴィクトル団長の応援が出来なくなってしまう。慌てて止めようとするも仲間に口を塞がれ、もごもごと言葉にならない音だけが口から漏れる。そんなイザベラの様子には頓着せずにマルセルは完璧な笑みを絶やさないままだ。
「ありがとう。それじゃあ一緒にジノを応援しようか」
「え、ジノ?」
「なんで?」
「ヴィクト……」
「ああああああああああ‼︎」
「ちょっといきなり大きな声出さないでよ!」
仲間達の反応に思わず声を上げる。
「ちょっと話がある!」
イザベラは急いでマルセルから離れたところへ仲間達を連れ出すと小声で話し始める。
「ちょっとなんなの」
「さっきから変だよ」
「てか、なんでジノ?」
「それには訳があって! 今度詳しく話すから今はジノの応援していることにしといて」
「なにそれ、面白いやつ?」
「まあいいけど」
「ヴィクトル団長の応援はしなくて良いの?」
仲間の言葉にイザベラは即答出来ない。ヴィクトル団長を応援したいのはやまやまだが、今イザベラとジノが恋人ではないとマルセルにバレるのは避けたい。
「……うん」
「わかった。ジノを応援すれば良いんだね」
「あとできちんと説明してよね」
苦渋の決断をしたイザベラに、詳しいことを聞かずに協力してくれる仲間達に感謝する。仲間達の協力を得られたことにほっとしてマルセルのところへ戻ると、ちょうど試合が終わったところだった。
「遅かったね。もう終わったよ」
「それは残念。一緒に応援しようと思ってたのに」
心のこもっていない言い方になってしまったが、実際思っていないのだから仕方ない。むしろ早く試合が終わって安心している。
「ジノが勝ったよ」
「え"?」
「決勝戦はジノと第一騎士団長で戦うみたい」
頭を抱えて蹲りたくなる衝動を必死で抑える。
「……そう」
「もちろんジノを応援するよね?」
「そ、そうね」
顔が引きつりそうになるのを、無理矢理に笑みの形にする。