初めてのデート
「ねぇ、なんであの二人何も話さないのかしら?」
マルセルが予約していた店は最近人気のティールームだった。季節の果物をふんだんに使ったケーキは宝石のように輝いていてどれも美味しそうだ。一応、二人に気を遣って席を別にしてもらったが、そう広くない店内なのでお互いの様子はよく見える。
「知らねぇよ。しかもマルセルの奴、さっきからこっちをちらちら見てるな」
「そうね。まさかふりなのがバレたとか?」
「は? 完璧に演じてただろ?」
「どこがよ! 私を紹介する時に恋人だって言えなかったくせに」
「な、あれはだな――」
「そんなことより、なんで二人して黙ったままなのかしら」
「人の話を聞けよ」
もともと物静かなリリがあまり話さないのは分かるが、マルセルまで押し黙っているのは不思議だ。店員には笑顔を向けて話しているというか、注文している。この店に入る前だってイザベラやジノと普通に話をしていた。それなのに、リリに対しては話しかけるどころか笑顔さえ向けていない。こちらの様子を伺ってばかりいるのも気になる。やはりこれは何か裏があるのではないかと疑ってしまう。
「とりあえず、せっかくだし食べようぜ」
「そうね。何にしよう。季節限定かな、この店の一番人気やおすすめも気になる……」
季節限定のいちごやクリームをふんだんに使ったケーキ、ベリー系のタルトにオランジュのケーキ、桃を花びらに見立てたケーキなど、様々な種類がある。
「こっちにある数量限定のケーキが良いんじゃないか?」
ジノはメニュー表とは別の紙をイザベラに渡す。そこにはサクランボを使ったケーキが載っていた。
「本当だ。私これにする」
イザベラは果物なら何でも好きだが、その中でもサクランボは特に大好きな果物だ。可愛らしくて見た目も良く、甘いのに酸味のある爽やかな味わいが堪らない。決まるとすぐに店員を呼び注文する。数量限定だったが、まだあると言うことでほっとする。二人分の注文を終えリリ達の様子を伺うと、二人の前にはすでにケーキと飲み物が届いている。やはり会話はなさそうで二人して黙々とフォークを動かしている。マルセルの噂は嘘だったのかと疑いたくなるが、油断は出来ない。イザベラはケーキを食べつつ二人の様子を見守ることにする。
結局、リリとマルセルはほとんど会話せずにお店を後にするようだ。二人と一緒にイザベラ達も店をでる。この後はどこかに行くのかと尋ねると、リリはこの後は領地で仕事をしなければならないため、もう帰るとのこと。マルセルが馬車でリリを送っていくと言うので、二人とはここで別れることにする。
「また今度一緒に出掛けないか? 次は四人同じ席で話をしたい」
マルセルからの誘いにこれは様子を見るチャンスだとイザベラはにっこり微笑む。
「マルセルとリリが良いならもちろん」
「良かった。じゃあまた連絡する」
なんだか本当に安心したようにマルセルが微笑む。憂いを帯びた眼差しに、思わずドキリとする。
(こういう顔で何人も女性を騙してきたのね)
その手には引っかからないぞという思いを込めて、マルセルを見返す。
「じゃあリリも気をつけてね」
二人に挨拶をすると、リリ達を乗せたバラージュ家の馬車はゆっくりと遠ざかっていく。それを見送ると急いでイザベラも自分達の乗ってきた馬車のところへ走る。
「おい、どこ行くんだよ」
急に走り出したイザベラに驚いたジノが声を掛けてくる。
「どこって馬車よ! 二人を追うわよ!」
「は? 追ってどうするんだよ」
「ちゃんとリリを送り届けるのか見守るの! で、その後マルセルがどこに向かうのかあとをつけるのよ」
馬車に辿り着くと急いで御者に行き先を告げる。
「バラージュ家の馬車を追って! ただし見つからないようにね!」
「あまり無茶するなよ」
ジノの呆れた声がする。
「しないわよ。少しあとを追うだけだから」
「だといいけどな」
イザベラとジノが乗り込むと馬車は静かに動き出す。ジノにお願いして家紋の付いていない馬車を用意してもらっていたので、見た目で相手に気が付かれる心配はない。もしこれでマルセルがリリ以外の女性と会っていたら、それを理由に婚約破棄出来るかもしれない。もし出来なくても他に恋人がいる証拠として、いつか必要になる時が来るかもしれない。リリは愛人がいても良いと言っていたけれど、イザベラは納得いかない。大変な思いをしてきたリリには幸せになって欲しい。出来ることならリリだけを見てくれる人と結婚して欲しいのだ。そのためならイザベラはマルセルを脅して婚約破棄させることぐらいしようと思う。