マルセル・バラージュ伯爵と会う
空はどこまでも青く雲ひとつない。色とりどりの花が咲き乱れ、目を楽しませてくれるこの季節はどことなく空気も甘い気がする。そんなデート日和の空の下、イザベラとリリ、そしてジノの三人はある男性を待っていた。
「いい? 今日の私とジノは恋人同士だからね」
イザベラはこの間お願いした恋人のふりについて確認する。リリには恋人のふりをすることを事前に説明してあるので、ここで話をしても問題はない。
「分かってるよ。お前こそ言葉遣いとか気を付けろよ」
「ジノと違って私は大丈夫よ。それより、お前じゃなくてイザベラ呼びするってさっき決めたでしょ」
「なんで今から名前で呼ばなきゃなんねーんだよ」
「今のうちに直しておかないと本番で間違えるわよ」
「お前と違って俺は優秀だからそんなヘマしねーよ」
「何よそれ!」
「何だよやるか?」
「二人ともバラージュ伯爵が来ますよ」
リリの冷静な言葉にイザベラははっとする。遠目からでもキラキラしたオーラが漂っている人が待ち合わせ場所の広場に入って来るのが見える。
「私たちは恋人同士なの忘れないでね」
「ふりだろ。分かってるよ」
ジノに念を押しておく。だいぶ不安だがバラージュ伯爵はすぐそこまで来ている。上手くいくかは分からないが、リリのためにもやり通すしかない。
「ごめん。待たせたかな」
「みんな今さっき来たばかりです」
バラージュ伯爵に話しかけられたリリが普段通りの態度で答えている。リリは誰に対しても敬語で話すのだが、それは婚約者であるバラージュ伯爵に対しても変わらないらしい。
「はじめましてバラージュ伯爵。俺はジノだ。今日は急に一緒することになって申し訳ない。邪魔じゃなければいいんだが」
「はじめまして。俺のことは気軽にマルセルと呼んでくれ。リリの友達なら一緒に出掛けられて嬉しいよ」
「それなら良かった。それと、こちらは、こっ、こ、こい……」
意外ときちんとした態度がとれるのだと関心していたのに、イザベラを紹介しようとしたとたんに上手くいかない。優秀だから大丈夫だとか言っていたのに、恋人と呼ぶことも出来ないらしい。
「彼女はイザベラだ」
恋人と言わず、無難な紹介をしたジノを思わず半眼で見てしまう。が、今はジノに文句を言う時ではない。
「はじめまして。リリの友人のイザベラ・バルナです。バラージュ伯爵とは一度話してみたかったので、会えて嬉しいです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、リリのことを色々教えてくれたら嬉しい。それにリリの友達なのだから、マルセルと気軽に呼んでほしい」
マルセルは誰もが思わず見惚れそうな整った顔で微笑む。あまりに綺麗すぎて絵画や彫刻なのかと疑いたくなる。少し長めの黒髪は綺麗に背中に束ねており、瞳はとろけるような蜂蜜色をしている。
「ありがとうございます。では私のことはイザベラとお呼びください」
「よろしく、イザベラ」
「ひととおり挨拶もすんだし場所を移動しよう。店予約してあるんだろ?」
ジノが聞くとマルセルはもちろんだ、というように頷く。
「そうですね。あまり長居すると人が集まってしまうので、早く移動したほうが良いと思います」
「そうなの⁉︎ じゃあ急ぎましょう」
リリの言葉に驚き、イザベラ達は店へと移動することにする。