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ジノの好きな人

「ちょっとどこ行くのよ」


 宿舎に戻ろうとしているジノを追いかけ、声を掛ける。


「リリ達のことはいいのか?」

「良くないけど、お礼くらい言わせてよ」

「べつに礼なんかいらねぇよ」

「私が言いたいの!」

「ならさっさと言って戻れ」

「ありがとう」

「じゃあな」


 お礼を聞くとさっさと行こうとするジノに、イザベラはついて行く。


「なんでついてくんだよ?」

「私もこっちに用があるのよ」

「なんだよ用って」


 疑わしそうな目を向けられるが、笑ってごまかす。もちろん用事などない。ただ、ジノの好きな相手が誰なのか気になっているだけなのだが、聞く勇気を持てない。そもそも好きな相手がいるとは限らないが、この間バラージュ邸のお茶会で令嬢達と楽しそうに話していたジノの顔が浮かぶ。もしかしたらあの中に好きな相手がいたのだろうか。マルセルとの決闘では告白すると言っていたが、負けたら本当にするつもりだったのだろうか。


「じゃあ俺はこっちだから」


 考えごとをしていたら結構歩いて来ていたらしい。イザベラの歩いてる方と別の方角を指し、歩きだそうとするジノの腕を掴む。


「おわっ」

「きゃっ」


 勢いよく掴んだせいでバランスを崩す。


「急に掴むな! 驚くだろ」

「ごめんなさい」

「まったく、なんなんだよ」


 文句を言いつつも倒れるときにジノは下敷きになり、イザベラがぶつからないように守ってくれていた。


「なに笑ってんだよ」

「え? ごめん笑ってた?」

「人を押し倒しておいて笑うなよな」

「ちょっと、人聞きの悪いこと言わないでよ」

「だったら早くどいてくれ」

「分かってるわ、よ……」


 イザベラは立ち上がろうとして足に力をいれるが、足首に鋭い痛みが走り固まる。


「どうした?」

「足……挫いたかも」

「は?」


 今もじわじわと痛みが増していく気がして背中から冷や汗が出る。


「じっとしてろ」


 動けなくなったイザベラの下からジノは器用に抜け出すと立ち上がって制服の誇りを払う。すぐ横に片膝をつくとイザベラの太ももの下と腰あたりに手を添え持ち上げる。


「え、ちょっ」

「動くと落ちるぞ」

「そんなこと言ったって」

「動けないんだから仕方ないだろ。医務室連れてくから、少し我慢してろ」


 驚きと恥ずかしさで言葉を出せない。


「口閉じてろ、舌噛むぞ」


 イザベラは奥歯を噛み締め、落ちないようにジノの首に手をまわす。

 医務室に着くと、そっとベッドへおろされる。もう少し乱暴におろされるかと思っていたイザベラは、思いのほか丁寧なジノに驚く。


「包帯探すから待ってろ」

「うん」


 ジノは医務室にある戸棚を確認している。その背中は先ほど転んだ時についたのか土埃で汚れている。


「ねぇ」

「なんだ?」

「ジノって好きな人いるの?」

「なっななな、なんだよ急に」


 背中ごしに尋ねると分かりやすく反応し、動揺した声が返される。


「さっき、マルセルと賭けてたから」

「……」

「いるの?」

「いたら悪いかよ」


 包帯とテーピングを持ったジノが振り返る。夕日に照らされたジノの顔は夕日よりも真っ赤に染まっている。その顔を見て少なからずショックを受ける。


「そっか」


 包帯とテーピングをベッド横のテーブルに置くとイザベラの視界からいなくなる。あとは自分でやれと言うことかと思ったが、すぐに水の音がしてくる。たらいにはった水とタオルを持ってくるとジノはおもむろに口を開く。


「手当するから足見せろ」

「もう少し言い方があるでしょ」


 それでも素直に挫いた方の足を台に乗せる。ジノはイザベラの靴紐をほどき靴を脱がせ、靴下もするりと取り去る。素足についた汚れを濡れタオルで拭き取ると、テーピングをしていく。その手際のよさにイザベラは感心して見つめる。


「手元が狂うからあんまり見るな」

「意外と上手なのね」

「後輩の手当てで慣れてんだよ」

「そうなんだ」


 ジノが丁寧に包帯を巻き始める。


「ところでさっきの話だけど」

「なんだよ」

「ジノの好きな人って誰?」

「聞いてどうすんだよ」

「……応援しようかなって」

「は?」

「ほら、今回色々助けてもらったし、恋人のふりして誤解されてたら悪いからさ! なにか私に手伝えることがあれば言ってくれたら――」

「必要ない」


 そう、必要ない。それなら出来る――ってそうじゃない。

 

「なんでよ⁉︎」

「言ったって無駄だろ。だから余計なことはしなくて良い」

「無駄かどうかは言ってみないと分からないじゃない」

「分かってんだよ無駄だって」

「そんなことないわよ」

「ほら、応急処置はした。しばらくは安静にしてろ」

「ありがとうってどこいくのよ!」

「戻るんだよ」

「その前に好きな人教えてくれたっていいでしょ」

「いやだ」

「なんでよ」

「なら、イザベラはいんのかよ?」

「なにが?」

「好きなやつだよ」

「いるに決まってるでしょ!」


 イザベラが自信満々で答えるとジノは傷ついたような顔をする。なぜ、そんな泣きそうな顔をするのか。


「誰だよ?」


 いつもより低い声で問われる。


「それは……」


 答えようとして詰まる。いつものようにヴィクトル団長の名前を出そうとしたが、なんとなく違和感を覚える。なんか違う気がする。もちろん好きではあるが、リリとマルセルのような恋愛感情とは似て非なるものに思えてくる。


「自分も答えられないなら、俺に聞こうとするな」


 ジノが出ていくと、医務室内の重たかった空気が和らぐ。しかしイザベラの気持ちはぐちゃぐちゃに乱され、混乱していた。

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