薔薇の咲く庭で
マルセルに招待されたイザベラはリリと一緒にバラージュ家のお茶会に参加していた。ちょうど屋敷に咲く薔薇が見頃ということもあり、庭に椅子やテーブルを出し立食形式になっている。お茶会には普段からバラージュ家と交流のある人を呼んでいるらしく和やかな雰囲気だ。イザベラとリリはせっかくなので庭の薔薇を見てまわっている。
「イザベラ。ありがとうございます」
「なんのこと?」
「マルセルから領地再建に向けて物資や資金など援助の申し出がありました」
「そう」
「イザベラが提案してくれたのでしょう?」
「提案だけね。実際にやったのはマルセルだから私に礼を言う必要はないわ」
「それとジノさんにも」
意外な名前に面食らい、口に含んだ飲み物を吹き出しそうになる。
「なんでジノ⁉︎」
「何もない土地だからこそ訓練に向いていると提案して頂いたようで、次の遠征先に決まったんです」
「そ、そうなの」
いつの間にかリリの助けになるように動いていたようだ。
「なんか私だけ何も出来てないのね」
あれだけマルセルに偉そうに助言しておいて、結局口だけだ。大切な友達のためとかなんとか言って動きもしないなんて情けない。
「そんなことないです。イザベラがいなかったら二人の協力は得られなかったと思います」
「そうかな」
「はい」
「もし困ったことがあったら言ってね! 必ず駆けつけるから」
「ありがとうございます」
「それよりマルセルとは上手くいってるの? 二人でいる時、あまり話してないみたいだったけど」
「それならこの間少しお話ししました」
少しは進展しているらしい。
「悪い奴ではなさそうだから、これからは二人を応援するわ」
「イザベラ」
「でももし、なんかあったら私が叩きのめしてあげる」
リリの表情が少しだけ柔らかくなる。
「ありがとうございます」
幸せそうなリリを見てイザベラまで幸せな気持ちになってくる。
「そういえば今日はジノさんは一緒ではないんですか?」
「なんであいつの名前が出てくるのよ」
「最近はよく一緒にいらしたので」
「それは恋人のふりをしてたからよ。もうやめたから一緒にいなくて良いの」
「それは別れたということですか?」
ふりだったのだから別れたとは違うのだけれど、はたから見ればそういうことになるのだろうか。
「まあ、似たようなものかしら」
「ジノさんはそれで納得したんですか?」
「納得も何も、ジノからやめようって言ってきたのよ」
「え? それでやめたんですか? その後のこととか何も言われてないんですか?」
たしかにジノは何か言いたそうにしていたが、何も聞かずに帰ってしまった。
「何もないわ」
「そうですか……」
「そんなことより、せっかくのお茶会なんだから楽しみましょ」
「……そうですね」
二人して話していると、前からマルセルが歩いてくる。リリを見つけると嬉しそうに破顔する。
「二人ともここにいたのか」
「庭の薔薇を堪能していました」
「じゃあ私は戻るね」
「せっかくだしイザベラも一緒に話さない?」
「二人の邪魔をしたら悪いから、またあとでね」
「それならお言葉に甘えさせてもらうよ」
「ありがとうございます」
なんとなく二人から甘い空気が流れている気がして、いたたまれない。イザベラは二人を残し庭をあとにする。お茶会には主に伯爵家の令嬢や令息が来ていて、仲良く話している。途中から話に入るのは難しそうだし、少しお腹が空いたのでケーキや軽食の並んだテーブルへと近づく。
「イザベラ嬢も招待されてたんだ」
その声に振り向くと、切長の目をした涼しげな雰囲気のヴィクトル団長と目が合う。
「ぴゃっ‼︎ だだだ団長⁉︎」
驚きのあまり声が裏返る。しかも変な声がでてしまい恥ずかしい。
「そんなに畏まらなくて良いよ。ここは騎士団じゃないんだ」
「な、なななんで、ここにいらっしゃるのですか?」
「マルセルに招待されたんだよ。婚約者を紹介したいってね」
「……マルセルに?」
「昔からの友人なんだ」
ヴィクトル団長は少し照れたように笑う。はにかむような笑顔が可愛くてイザベラは心のなかで悲鳴をあげる。
「そういえば、第二騎士団のジノも来ていたけど、一緒じゃないんだね」
「え? 来てるんですか? ジノが?」
「さっき他の人達と話しているのを見かけたよ」
「どこですか⁉︎」
「たしか庭園のほうに……」
「ありがとうございます‼︎」
ヴィクトル団長が指差すほうへと一目散に走りだす。庭園の入り口に辿り着くと、令嬢達に囲まれたジノを見つけ思わず庭木の影に隠れる。ここからだと会話までは聞こえてこないが、何やら楽しそうに話しているのは分かる。ジノと話している令嬢の内の一人は腕を組みやたらと密着していて明らかにジノを狙っている。しかしジノは嫌がる様子もなく令嬢と親しく話をしていた。
楽しげなジノの姿を見ていると、なんだか体が重くなったように動けず二人から目を離すことが出来ない。イザベラといる時のジノは言い合いばかりで、こんなに楽しそうな顔をしているのを見たことがない。ジノといると気楽だと思っていたのはイザベラだけだったのだと突きつけられた感じだ。そのままジノ達が庭園へと入っていくのを物影からじっと見守る。
「あれ? こんなところで何してるの?」
「わぁぁぁぁぁ‼︎」
背後からかけられた声に驚き大きな声が出る。ジノ達が戻って来やしないかと庭園の方を見るが、人の気配はなかった。
「ごめん、そんなに驚くと思わなかったよ」
「イザベラ? どうかしましたか?」
マルセルとリリが心配そうにしている。
「なんでもないの! 少し驚いただけ」
「それにしては顔色が悪いみたいだ」
「大丈夫よ。 でも今日は早めに帰ることにするわ」
「本当に大丈夫ですか?」
「馬車で送っていこうか?」
「平気。一人で帰れるから」
「なら門まで送るよ」
「本当に平気だから! 今日は招待してくれてありがとう」
「また招待するよ」
「気をつけて帰ってくださいね」
二人に挨拶するとイザベラは庭園の方は見ずに門へと急ぎ、馬車に乗り込む。馬車が動きだすと盛大にため息を吐く。ジノと令嬢が楽しく話しをする姿を見たくなくて思わず逃げてしまった。イザベラに気が付いたジノが追いかけて来ないかと窓から外を見るが、それらしき人は見当たらない。
「なにを期待しているんだろ」
矛盾した気持ちに頭を抱え、馬車に揺られて予定よりも早くバラージュ邸をあとにするのだった。