友だちのことを思うなら
劇場にはすでに多くの人が集まっていた。劇場内は歓談する人々で賑わっている。今回の演目は恋愛ものということで男女で来ている人が多い。イザベラは先を行くリリ達のあとをついて行こうとすると腕を取られる。
「俺たちはこっちだ」
「え? リリ達と一緒じゃないの?」
てっきり一緒に見ると思っていたイザベラは、リリ達のほうを見る。すでに人混みに紛れ、ほとんどマルセルの頭しか見えなくなっている。
「リリからお願いされたんだよ。別が良いって」
「なんで?」
「席の値段払えないからだと」
「そんなの……」
「リリは気にするだろ」
「私は、一緒に見られたらそれで良かったのに」
「それで相手の負担になったら意味ないだろ」
貴族として過ごしたことのあるリリは、きっと劇場の座席の値段を分かっているのだろう。それに領地を立て直すために出稼ぎに来ている身としてはあまり贅沢なことは出来ないのかもしれない。
「そうね」
なんとなく面白くなくてそっぽを向く。
「俺たちの席はこっちだ」
無言でジノのあとをついて行くと、ボックス席へと案内される。
「こんな良い席取ったの? それじゃあリリ達は遠慮するわよ」
「リリに断られたあとに変えたんだよ」
「なんでわざわざ」
「話がある」
椅子に座るとジノの声のトーンが下がる。急に真剣な目つきで見られ、どぎまぎする。
「なによ」
「イザベラはどう思ってるんだ?」
「へ?」
間の抜けた声が出る。「どう思っている」とはどういう意味だろう。ジノのことなら幼馴染みとしか思っていない。
「急にどうって言われても分かんないわよ」
「はぁ」
めちゃくちゃ大きなため息を吐かれる。
「急じゃねぇだろ」
「そんなこと言われても……」
「マルセルからのプレゼント。本当にリリが喜ぶと思ってるのか?」
「え」
「え、じゃねぇよ。婚約破棄のために適当なこと言ってるんなら効果的かもしれないが、二人を応援するつもりならもっと良く考えたほうがいいぞ」
「私は考えたわよ」
「そうか? それでドレスとか観劇とかなら逆効果だと思うぞ」
「……」
図星を突かれてしまい何も言えなくなる。リリからも困っていると相談されている。
「ならジノには良い考えがあるわけ?」
思いのほか強い口調になってしまう。
「ねぇよ」
「はぁ? ないのに偉そうに言ったの?」
「俺はリリのこと良く知らないからな。マルセルだってそうだろう。だからリリと仲の良いイザベラに相談したんだろ」
「そりゃあそうだけど」
「だったら、もっと良く考えろ。リリにとって何が一番良いのか」
反論しようと口を開きかけるとブザーが鳴り照明が消える。先程まで観客の声でざわめいていた劇場に静寂が訪れる。イザベラは釈然としないままジノを見る。ジノは舞台に顔を向け、これ以上イザベラと話す気はなさそうだった。仕方がないのでイザベラも舞台に意識を向ける。