観劇にいく馬車の中で
日は落ち、うっすらと明るさを残しつつ徐々に夜の闇へと移りかわる頃。イザベラとジノ、リリとマルセルの四人は大きめの馬車に揺られ、市街にある劇場へと向かっている。
「あの、本当に私も一緒に来て良かったんでしょうか?」
「もちろんよ! みんなで観た方が楽しいでしょ」
「そうですけど……」
まだなにか言いたそうな様子のリリを遮り、イザベラは斜め前に座るマルセルへと話し掛ける。
「それより、リリのドレス素敵ね。マルセルの贈り物?」
「……」
「ええ、先日贈られて来たのですが、私には派手すぎないですか?」
リリの着ているドレスにはレースや刺繍がふんだんに施されており華やかに仕上がっている。華奢なリリに良く似合っている。
「とても似合ってるわ。ねぇマルセル」
「あ、ああ」
そこで綺麗だとか美しいとか言えば良いのに、マルセルはリリに対して「ああ」としか言わない。先ほどからイザベラがなにかとマルセルに話題を振っているのだが、ずっとこんな調子で会話が続かない。
「ありがとうございます。イザベラも素敵なドレスですね」
「ああ、これね」
イザベラは自分の着ているドレスを見下ろす。目の覚めるような赤いドレスは馬車の中の暗がりでは落ち着いた色合いに見える。
「贈り物なんだけど、誰からか分からないのよね」
「そうなんですか」
「誰からか分からないのによく着られるね」
「だってマルセルからだと思ってたんだもの」
「俺がイザベラに贈る理由はないでしょ」
本当にその通りだと思う。しかしマルセルからだと思っていたから普通に着てしまった。というか、イザベラには普通に話かけられるならリリとも話せば良いのにと思ってしまう。
「贈り主はイザベラのことを良く知っている方では?」
「どうして?」
「サイズも合っていますし、赤はイザベラの好きな色です」
「ええ」
「身内か誰かが用意したのを伝え忘れているのかも知れないですよ」
「そうね! きっとそうよ」
「ジノはどう思いますか?」
「は?」
リリから話を振られたジノは目を見開いて驚いた顔をしている。
「どうってなにがだ?」
「イザベラのドレス。素敵ですよね」
「ああ、ドレスな。鮮やかで、血の気の多いイザベラらしいんじゃね」
「ちょっと何よ、その言い方」
「そのままだろ」
「二人とも馬車であばれないでよ」
「二人は仲が良いですね」
「どこがっ⁉︎」
イザベラとジノの言葉が重なる。
「仲良しじゃん」
呆れたようにマルセルに言われ、二人は大人しくなる。イザベラは顔が熱くなるのが分かり戸惑う。いつもの言い合いなのに、なんとなく恥ずかしい。薄暗い馬車の中のためジノ達には気が付かれてなさそうだ。
イザベラが喋らず静かになった馬車の中はゴトゴトと車輪のまわる音がやけに大きく聞こえた。