リリの相談
剣先が肩を掠める。上から振り下ろされた刃はそのまま横へイザベラの足を目掛けてくる。間一髪のところでかわすと体勢を崩した相手に剣を振り下ろす。が、ぎりぎりのところで受け止められてしまう。
「くっ」
「まだまだぁ」
しかし相手が先輩だからといって力で負けるつもりはない。剣を交えたまま押し返すと少しずつだが先輩のほうへ動いていく。これならいけると思い、さらに力を込めようと足を踏ん張ったところで、先輩が背後へと引く。勢い余ったイザベラは踏みとどまれずに前へとバランスを崩し、そこへ先輩の一撃が背中へと繰り出される。
「ぐえっ」
鈍い音と共にイザベラは倒れる。
「残念。あたしの勝ち」
勝ち誇った声が頭上から聞こえてくる。すぐに起き上がり手合わせをしてくれた先輩に頭を下げる。
「ありがとうございました」
「イザベラは力でどうにかしようとする癖があるから直したほうが良いね」
「はい」
「あと反応は良いから相手の動きをもっとよく見ると良いんじゃないかな」
「はい」
「じゃあ今日はここまで」
「ありがとうございます」
お礼を言い、泥を落としていると先輩はにやにやと笑っている。なにか変なものでも付いているのかと服や顔を触ってみるが特におかしなところはないはずだ。
「それと、彼氏が出来たからってあまり浮かれないようにね」
「はい?」
先輩の言葉に思わず声が裏返る。
「なんですか、それ? 彼氏なんていませんよ」
「嘘つかなくて良いから。別に彼氏がいたら駄目なんて規則ないしさ」
「いえ、本当に彼氏いないんです」
「恥ずかしがってると彼氏に愛想つかされるわよ」
「本当です。それより誰ですか? 彼氏って?」
「あれ、本当にいないの? この間、応援もしていたからてっきりそうなのだと……」
「おうえん……ってまさか⁉︎」
「幼馴染なんでしょ? 彼氏」
やっぱり。
「幼馴染ですが、彼氏ではありません」
「えーでも最近よく二人でいるところを見かけるってみんなで話してたよ。それに恋人達に人気のお店にいるのを見たって」
最近一緒にいるのはたしかだし、人気のお店にも行ったけれど、あれはリリ達も一緒だった。まさか誰かに見られているとは思わなかった。
「で? どうなの? 付き合ってるの?」
距離を詰められ問い詰めるような目で見られても、先輩の希望する答えはないのだが、ただ彼氏ではないと言ったところで信じてもらえなさそうである。どう説明しようか迷っていると他の騎士仲間に声をかけられる。
「イザベラー。お客さん」
「え?」
「まさか、彼氏⁉︎」
先輩が楽しそうな声を上げる。このタイミングでジノに来られてはまずい。先輩よりも先に声をかけなければと見ると、そこには予想外の人物が立っていた。
「リリ? どうしてここへ?」
「訓練中にすみません。相談があって……」
「ちょうど終わったところだから大丈夫」
「それなら良かったです」
「ちょっと待ってて、片付けてくるから」
慌てて土汚れを払い、落ちている剣を拾う。先輩方に挨拶をすると訓練用の剣を入れている倉庫へと向かう。
「それで相談ってなに?」
訓練場からの帰り道。屋敷への道を歩きながらイザベラは聞く。
「マルセル様のことですが……」
「え、マルセルに何かされたの⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「何もされてません。ただ、贈り物が届くのです」
「贈り物? それって死骸とか髪の毛とか得体の知れない塊とか?」
「そんなものは届きません」
あまり感情を出さないリリが眉をひそめる。
「なら何が届いたの?」
「ドレスです」
「ドレスなら別に相談する必要ないじゃない」
「それが一着ならまだしも何着も届くので困っているんです」
困る理由がよく分からなくて言葉に詰まる。貴族の女性なら何着あっても困らない物のはずだ。
「私の家は貧乏です」
「ええ」
唐突なリリの言葉に戸惑いながらも頷く。
「社交界やパーティーに行く余裕はありません。だからドレスが沢山あっても着れないし、だからといって売ってお金にしてしまうのは申し訳なくて」
「マルセルに連れて行ってもらうのはどう?」
「必要な社交なら参加しますが、それ以外は出来るだけ領地の再建のために時間を使いたいと思います」
「そっか」
「今まで贈り物などなかったのに、急にどうしたのでしょうか」
不思議そうにするリリに、マルセルから相談されたことを言えるはずもなく曖昧に笑ってごまかす。
「マルセルには正直に話すのが良いんじゃない?」
「そうですね。なぜ急にドレスを贈ってきたのか聞いてみます」
「そ、そうね。ところで、贈られたドレスはどうするの?」
「……返すわけにはいかないですし、どうすれば良いと思います?」
そう聞かれて悩む。たしかに返すのは失礼だし、そもそも贈り物はイザベラが提案したことだ。それをマルセルに返せとは言えない。ならばどうするのが良いのか。
「ならデートでマルセルに観劇に連れて行ってもらうのはどう⁉︎」
それならドレスを着ることも出来るし、マルセルとリリが仲良くなるチャンスも出来る。そう思って提案したのだが、リリは黙りこくって何やら考えているようだ。マルセルと婚約破棄をするように言っていたのに、急に仲良くするようなことを言って怪しまれたかも知れない。
「すこし考えてみます。ちなみに観劇するなら、どういった内容が良いと思いますか?」
「そうねぇ、恋愛物が良いんじゃないかしら? 最近流行ってるみたい」
「そうなんですね」
特にマルセルのことについては聞かれなかったのでほっとする。気がつくとイザベラの屋敷の近くまで来ていた。
「リリ、帰りはどうするの? 馬車で送ろうか?」
「辻馬車を使うので大丈夫です。今日は相談にのって頂きありがとうございます」
「なら、乗り場まで送るわ。また何かあれば言ってね」
「そうします」
イザベラは乗り場まで一緒に行きリリが辻馬車に乗り込むのを見送る。辻馬車が角を曲がって見えなくなると、イザベラはどうしたものかと頭を捻るのだった。