第9話 非常事態
ダンジョンの中で生み出された魔物は、本来ダンジョンの外に出てくることはない。
ダンジョン自体に出入りを妨げる物はないが、それでも魔物が外に出ることはない。
理由は不明である。
しかし、稀にダンジョンの外へと出てくる魔物が確認されている。
理由は不明である。
魔物がダンジョンから出た場合、守衛は即座に冒険者ギルドへと連絡をする。
連絡を受けた冒険者ギルドは、冒険者を集めて討伐隊を結成し、現地へと急行する。
その間に守衛は、魔物の討伐を試みる。
討伐できればそれでよし。
討伐できなければ足止めを行う。
ただし、守衛が命の危機を感じた場合、自己判断での逃亡が許されている。
守衛ギルドのメンバーの仕事は、あくまでもダンジョンの出入り口の警備。
魔物討伐ができないことは、咎められない。
その結果、魔物によって町に被害が出ても、咎められない。
町への被害を防ぐのは、冒険者ギルドの仕事だ。
現場に向かった冒険者たちは、ダンジョンの外に出た魔物を早急に発見し、町に到着する前に討伐する必要がある。
先の事情を考慮され、町は基本的にダンジョンから距離を取った場所に作られている。
それゆえ、冒険者たちが魔物を討伐する時間は十分にあり、実際に町へ被害が出ることは少ない。
森林にある森のダンジョン。
海中にある海のダンジョン。
沼地にある沼のダンジョン。
どこから魔物が出てこようと、だ。
が、何事も例外がある。
僅かに、町との距離が変化するダンジョンが存在する。
その一つが、天空を自由に動き回る空のダンジョンだ。
「マスター! ドラゴンです! ドラゴンが現れました!」
「何ぃ!?」
リズとニュウの到着を待っていた冒険者ギルドのギルドマスター、ガースーは、ギルドマスター室に飛び込んできた報告に驚き立ち上がった。
「今朝がた、町から離れた位置に空のダンジョンが確認され、念のため監視していたところドラゴンが現れまして」
「空のダンジョンの報告など、受けておらんぞ!」
「申し訳ありません! 町から十分に離れていたのと、こちらへ向かってくる確証がなかったので、近づいてから報告しようと」
「遅いわ! たわけ!」
空のダンジョンは、常に浮遊し続けるダンジョン。
どちらの方向へ向かうか、どの程度の速度で向かうか、いずれもわからぬ未知のダンジョンである。
北に進んでいたダンジョンが、突然東に進路を変えるなどよくある話だ。
半日後に町へ到達すると予想されていたダンジョンが、二時間後に到達しているなどよくある話だ。
それ故、空のダンジョンを確認した時点での報告が原則。
メンバーを叱責したガースーは、窓から空の様子を見る。
空には、スプーンで掬い取られたような大地がプカプカと浮かび、大地の上には古城が建っていた。
古城の周りには、三匹のドラゴンが旋回しており、今のところ町へ向かってくる様子はない。
が、ドラゴンの姿を視認したガースーは、額に汗を溜めた。
「今すぐ、王都にいる冒険者をかき集めろ! すでにダンジョンへ向かった冒険者も、戻せるやつは全員戻せ!」
「わ、わかりました!」
振り向いたガースーの言葉に、ドラゴンを報告したメンバーは急いでギルドマスター室を出ていった。
「……あれは、やべぇ」
ガースーの記憶に、現役時代の記憶が蘇る。
魔物の中でも、ドラゴンの脅威はトップクラスだ。
成体であれば、最低でもゴールドランクの冒険者が複数いなければ討伐できないほどの実力を持つ。
ガースーの確認した内、二匹は成体。
そして残りの一匹は、神成体。
成体したドラゴンが、同族食らいを行い、頭一つ抜き出る実力を得た存在。
ゴールドランクのさらに上、ゴッドランク以上の冒険者でなければ討伐不可能と言われている。
ニュウとリズが冒険者ギルドに到着した時、冒険者たちは慌ただしく動き回っていた。
シルバーランク以下の冒険者たちは王都に住む人々の避難場所確保と避難指示に走り回り、ゴールドランクの冒険者は武器の準備に駆けまわっていた。
緊急事態と言うことで、武器を扱う商業ギルドの商人たちも集まり、対ドラゴン向けの武器を冒険者ギルドへと提供していた。
有償になるか無償になるかは、被害次第である。
「んっだよ、約束の時間に来たのに出迎えもなしかよ?」
いつもなら出迎えてくれるはずの受付もやってこず、リズはすぐさま不機嫌になった。
「リズ、周りを見てください。皆、忙しそうにしています。きっと、トラブルでもあったのでしょう」
ニュウはと言えば、冒険者ギルドの様子を気にする様子もない。
いや、気にしなさ過ぎている。
せわしなく動く冒険者の横を素通りし、同じく忙しそうに指示を飛ばすアイの元へと移動する。
「失礼」
「え? あ! ニュウさん」
「先日、ガースーさんとお約束したお話し合いで参りました。ガースーさんはどこにいらっしゃいますか?」
アイはニュウの意図を理解しつつも、現状で問う質問かと内心で驚いた。
ドラゴンが近くにいることはすでに王都中に広がっており、もちろん出前ギルドに対しても連絡済みだ。
誰が見ても、現在が緊急事態であり、あらゆる予定が後回しにされることは予想できる。
が、ニュウの言葉は、予想していない人間のそれだ。
「えっと、マスターは今、奥で戦闘の準備中で」
「奥? ギルドマスター室ですかね? わかりました。アイさんもお忙しそうですので、案内は不要です。何度も来ているので、場所はわかります」
「ええ!?」
ニュウの言動も行動も、アイの予想の遥か外。
ニュウはすたすたと歩き始め、その後をふてくされた表情のリズがついて行く。
アイの混乱する頭では、目の前で起きたやり取りを何一つ理解することができず、呆然と二人を見送った。
と同時に、冒険者ギルドの奥へ続く扉が開かれた。
真紅に輝く鎧を装備したガースーが、気合を入れた表情で現れた。
「ガースーさん」
ニュウは、目の前に現れた目的人物に、事務的に声をかけた。
「ニュウ? なんだこの忙しい時に? まさか、ドラゴンの討伐に加わってくれるわけでもあるまい?」
「ドラゴンの討伐? それは冒険者ギルドの管轄ですので、もちろん加わりませんよ。本日来た目的は、昨日のリズが起こしたトラブルの件です」
ガースーはニュウの言葉で、リズの件の思い出した。
今の今まで忘れていたほど、現状は危機的だ。
そして、リズの件に構う時間の余裕も心の余裕も、今のガースーにはない。
「その件ならもういい。許す」
「いえ、しかし」
「いい! 元はと言えばこちらの不手際であり、謝罪は不要。帰ってもらって結構だ」
「寛大な処置、感謝します。リズ、貴女も頭を下げなさい」
「……すいませんでした」
ニュウとリズは、ガースーに頭を下げると、出口に向かって歩き始める。
二人の用事は済んだのだ。
二人にとって最高の形で。
苦々しい表情のガースーに、アイが駆け寄る。
「マスター、ニュウさんもリズさんも、高位の冒険者ランク相当の実力者です。ドラゴン討伐の件、協力を仰いでも」
「無理だ。やつらは、出前ギルドのやつらは、決して動かない。例え目の前で王族がドラゴンに襲われていても、管轄外だと言って助けることはない。協力を仰ぐだけ時間の無駄だ。それよりも」
「ド、ドラゴンが動きました!!」
ドタバタとしていた冒険者ギルド内が、一気に静まり返った。




