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第8話 仕事の責任

「戻った」

 

「お帰りなさい。リズ……ちゃん?」

 

 エニィは、出前ギルドに帰って来たリズを出迎えたが、すぐにリズの表情が怒りに満ちていることに気が付いた。

 リズは怒りやすい性格だ。

 不機嫌なまま帰ってくることは多々ある。

 依頼主とトラブルでも起こしたのか、それとも出前の配達中に弁当を傾けてしまったのか。

 エニィはリズを刺激しない様に言葉を探す。

 

 が、先に口を開いたのはリズだった。

 

「エニィ、手配書はどこだ?」

 

「手配書? それなら、宿場棟のロビー奥に置いてる箱の中だけど」

 

「そうか」

 

 聞くが早いか、リズは職場棟を後にし、宿場棟へと入っていった。

 しばらくすると、宿場棟から出たリズは、どこかへと走り去っていった。

 

「……ちょっと、まずいかも」

 

 夜の出前の準備をしていたエニィは自身の作業の手を止め、駆け足で二階へと上がり、扉を叩く。

 ギルドマスター室の扉を。

 

 

 

 エニィの予想は、当たっていた。

 冒険を終えて、一日の疲労をねぎらう冒険者が集う冒険者ギルドの扉が、リズによって乱暴に開けられた。

 何事かと扉に視線を移す冒険者たちは、正体がリズであるとわかるとすぐに目を逸らした。

 出前ギルドのリズの喧嘩っ早さは有名だ。

 そのうえ、何年も前にゴールドランクとなった実力者。

 関わり合いになりたくないというのが、この場の冒険者の総意だ。

 

 リズは周囲に目もくれず、まっすぐに冒険者ギルドの受付カウンターへと向かう。

 カウンターの中で忙しそうにしていたメンバーたちはその手を止め、怯えた表情をリズに向ける。

 唯一、アイだけがカウンターの外に出て、リズを迎えた。

 

「リズさん、こんばんは。本日はどのような」

 

「おめえだろ?」

 

「はい?」

 

「うちに出前票回してんの、おめえだろうがっつってんだよ!」

 

 リズはアイの前で立ち止まり、アイの襟首をつかんで持ち上げた。

 突然の凶行に、周囲で驚きの声が上がり、何人かの冒険者がリズを止めに入る。

 が、リズを無理に押さえつけようとすれば、アイを怪我させてしまう可能性を恐れ、動きが鈍い。

 鈍く動く冒険者の体を、リズは容赦なく蹴り飛ばす。

 

 邪魔者がいなくなったところで、リズはぐちゃぐちゃになった手配書をポケットから取り出し、アイの顔面に押し付けろ。

 

「見ろよこれ」

 

「み、見えません」

 

「女に化けて女を襲う、屑の手配書だ」

 

「だ、だから見えませんって!」

 

「うちの出前先に、この屑が紛れ込んでたんだよ! 出前を女に来させろっつって、俺を襲おうとした屑がよお! こういうカスをはじくのが、てめぇらの仕事じゃねえのか!? ああぁ!?」

 

 リズはアイを突き放すように投げ、アイはリズの前でしりもちをつく。

 そのタイミングで、アイはようやく、ひらひらと舞う手配書を目にした。

 

 手配書のある冒険者は、過去に何らかの罪を犯した冒険者の中でも、罪の内容があまりにも悪質であると賞金を懸けられた者たちばかりだ。

 彼らは、基本的に犯罪によって日銭を稼ぐ。

 しかし中には、身分を偽り、冒険者ギルドの依頼を受けて日銭を稼ぐ者もいる。

 冒険者ギルドの受付メンバーは、そういった身分の偽りを見抜き、対処することも仕事の一つだ。

 

 リズの言葉を聞いたアイには、心当たりが一件あった。

 アイに、出前メンバーに指名があったと報告した人物。

 アイがちらりと、受付の一人であるグラスの方を見てみれば、グラスは顔を真っ青にして震えていた。

 受付として歴の短いグラスが見逃してしまったのだと、アイは理解した。

 

 アイの視線に気づいたリズは、視線の先にいるグラスを睨みつける。

 

「ああ? てめぇが仕事をサボッた馬鹿か!?」

 

「ひいっ!?」

 

 リズに纏わりつく鬼のごとき雰囲気に、グラスは後ずさりし、壁に背中がぶつかった。

 

「私です!」

 

 そんなグラスをかばうように、アイは立ち上がり、リセのグラスに向ける視線を遮った。

 

「ああ?」

 

「私のミスです! 彼らは私が受付を担当しました。見抜けなかったのは、私の責任です。申し訳ございません!」

 

 アイには、リズに暴力を振るわれた怒りなどない。

 仕事をミスしたグラスへの怒りもない。

 ただただ、冒険者ギルドの受付の責任者として、全ての責を負って頭を下げた。

 リズは腰の位置まで下がったアイの頭を、コンコンと軽く叩く。

 

「まあ、誰だろうとどうでもいいんだよ」

 

「はい」

 

「問題は、てめぇらが仕事でミスって、俺が危害を加えられそうになったこと。冒険者ギルドの失態で、出前ギルドが被害を被ったことだ。わかんな?」

 

「はい。大変申し訳ございません」

 

「この落とし前、どうつけてくれんだよ!」

 

 誰もが、再びアイの体が宙に浮くと理解した。

 が、再びアイの襟首に伸ばされたリズの手は、別の手によって掴まれ、止められた。

 

「やりすぎです。リズ」

 

「……ニュウさん」

 

 出前ギルドのメンバーであるニュウが、リズを制していた。

 

 ニュウは、出前ギルド『フーデリ』の若手エース。

 赤と緑のツートンカラーをしているショートカットが印象的な女性だ。

 やたら長い前髪に隠れた右目からは表情を読み取れないが、緑の髪の隙間から覗く左目が、リズへの叱責を含んでいた。

 

 出前ギルドの中に、幹部か否かの上下関係はあるが、他のメンバーの立場は平等である。

 つまり、ニュウとリズも平等である。

 が、リズは自身より戦闘力の高いニュウを憧れの対象としており、それゆえ自身の方がニュウより立場が下であると認識していた。

 

「リズ?」

 

「……すみません」

 

 リズはもの言いたげな表情のままではあったが、アイに頭を下げた。

 

「あ、いえ、お気になさらず。元々は、こちらの落ち度ですので」

 

「そういう訳には行きません。どんな事情があったにせよ、騒ぎを起こしたのは我々の方です。後日、正式に謝罪の場を設けさせていただきます」

 

 両手を振って謝罪不要の意思表示をするアイに対して、ニュウも頭を下げた。

 

 冒険者ギルドへの怒りと、ニュウに頭を下げさせてしまった自身への怒り、リズはギリギリと歯ぎしりをして体が動くのを必死にこらえる。

 ニュウが頭を上げたのを見てから、リズは頭を上げ、速足で冒険者ギルドの出入口へと向かっていった。

 

「リズ!」

 

「……!」

 

 ニュウの呼びかけにも足を止めることなく、様子を見守っていた冒険者たちの中をすたすた歩く。

 

 去っていくリズの後姿を見ながら、アイはふと思い出したように、リズに向かって叫ぶ。

 賞金首の状況管理も、冒険者ギルドの仕事だ。

 

「あ、あの! この手配書の方たちは?」

 

「知るか! 沼だぞ! 沈んだんだろ!」

 

 リズの一言で、アイもニュウも、リズが始末したことを理解した。

 証拠はないので、リズが殺人を咎められることもない一方で、リズに賞金を渡すこともできない。

 リズが始末した四人は、しばらく賞金首のまま手配書が出回り続け、数年間の目撃情報ゼロをもって死亡扱いとされることだろう。

 

 リズという嵐が去った後にようやく、メンバーに呼ばれた冒険者ギルドのギルドマスター、ガースーがやってきた。

 赤いモヒカンをした、五十二歳の男性だ。

 現役の冒険者を引退したとはいえ、かつて最強の一角に数えられたその体は、年齢を感じさせぬほど筋骨隆々である。

 タダならぬ雰囲気漂うフロアを眺め、ガースーはアイの方へと向く。

 

「何事だ?」

 

「えっと、ちょっとトラブルがありまして」

 

「トラブル?」

 

 どこから説明したものかとアイが考えていると、ガースーはニュウに視線を移す。

 

「ニュウ、なぜお前がここにいる?」

 

「そのトラブルに、うちのメンバーが関わっていましたので」

 

「ふむ」

 

 無傷のニュウを見た後、ガースーは再びアイへと視線を戻す。

 アイの服についた僅かな汚れを見つけたガースーは、少しだけ眉を顰め、冒険者ギルドの奥に向かって叫ぶ。

 

「医療班! アイに怪我がないか見てやれ!」

 

 その後、グラスたちに視線を移す。

 グラスたちに緊張が走る。

 

「何をぼさっとしている。今日の仕事はまだ終わっておらんだろう?」

 

「は、はい!」

 

 グラスたちは、ガースーの一言で、すぐに仕事へと戻っていった。

 

「ニュウ」

 

「はい」

 

「私も事情が呑み込めておらん。後日、話しの場を設けよう。話してくれるな?」

 

「もちろんです」

 

 ガースーは冒険者ギルドの奥へと戻っていき、ニュウもまた出前ギルドへと帰っていった。

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