第6話 女性パーティ
ダンジョンの入り口に立つ守衛は見た。
はるか空の彼方より向かってくる塊を。
「ぎゃあああああ!?」
塊は、爆音とともに守衛の目の前に落下した。
土埃が舞い、ケホケホと咳き込んでいる体に影が落ちる。
「しゃーっす。出前ギルド『フーデリ』だ。入んぞ?」
塊――リズは、守衛を素通りしてダンジョンに入ろうとする。
守衛は急いで、リズの行動を止めた。
「ちょっ!? ストーップ! 許可証許可証!」
入場許可証がなければダンジョンには入れない。
そんな当然の要求に対し、リズは不快そうに守衛を見る。
リズは、自身の行動を妨げられることを嫌う。
「ほらよ」
結果、リズはポケットから取り出した入場許可証を投げ捨てて、再び歩き始めた。
「ストーップ! 確認したから、許可証持ってって!」
ダンジョンに入っている間は、入場許可証を持ち続けなければならない。
そんな当然の要求に対し、リズは不快そうに守衛を見る。
リズは、自身の行動を妨げられることを嫌う。
「なあ」
「はい」
「ダンジョンの許可証、廃止しようぜ。めんどい」
「無理に決まってるでしょ!」
リズはしぶしぶ入場許可証を受け取り、ダンジョンの中へと走った。
一歩踏み出した時点で既に地面はぬかるんでおり、リズは即座に顔をしかめる。
「あー!! こんな糞ダンジョンに何の目的で入ったんだよ脳味噌お花畑!!」
沼ダンジョンは、人気がない。
数多のダンジョンの中でも、環境が良くない。
服も靴もべちょべちょになったままでの冒険となるうえ、底なし沼にでも捕まろうものなら最悪。
脱出できなければ、沈んで窒息死するか、沈んでいる途中に魔物に襲われて死ぬかだ。
沼ダンジョンに入る冒険者のタイプは、大きく二つ。
一つは、先の悪環境を加味してなお、手に入る資源に魅力を感じる者。
人気のない沼ダンジョンでしか取れない資源は市場への流通量が少なく、入手難易度に対して割高に売ることができる。
もう一つは、他の冒険者と出会う機会を減らして静かな環境で冒険をしたいと考える者。
こちらはよほどの奇特者だ。
ベチャリベチャリと、自身の靴が奏でる音に嫌気がさしたリズは、足元を氷魔法で凍らせて、ツルツルとなった道を走る。
滑りやすくはなってしまったが、リズにとっては沼の膜が張った道を走るよりはマシだった。
「ファック! さっさと届けて、さっさと出んぞこの糞ダンジョン!」
共鳴石が、依頼者の居場所を示す。
地下三階。
中心に巨大な沼と、周囲をジャングルが囲む、薄暗い階層。
ジャングルの中には大きめの洞穴が点在し、足元が沼で覆われていないのは洞穴の中だけだ。
「共鳴石が指してんのは、あの洞穴か」
共鳴石の示す目的地を見て、リズは少しだけ機嫌を直した。
洞穴の中であれば、足元の不快感はなくなるのだから。
リズは躊躇いなく洞穴へと入り、ずかずかと歩く。
炎魔法で明かりを灯し、奥へ奥へと進んでいく。
しばらく歩けば、洞穴の奥の方に別の明かりが見えた。
共鳴石が指す場所とも一致する。
「出前ギルド『フーデリ』だ。出前頼んだの、お前らで間違いねえな?」
「あ、はい」
明かりの正体は薪であり、薪の周りには三人の女性が座っていた。
女性たちはリズの姿を見ると一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに安心したような表情へと変わる。
リズは鞄から弁当を四つ取り出し、洞穴の地面へ遠く。
「確かに届け……ん? 一人足りねえな?」
そして違和感に気づく。
注文された出前の数と、この場にいる冒険者の数が異なっている。
巨漢の冒険者が、一人で数人分を食べる例もあるが、リズが見た感じでは全員が太ってるとは言い難い。
むしろ一人前を食べきれるかも怪しい痩せ型だ。
リズとしては誰が何個食べようと興味はないが、万一にも出前先を間違えて、出前ギルドの名前に傷がつくことを嫌った。
「一応聞くが、本当に注文したのはお前らだよな?」
「はい、そうです!」
「人数が違うが」
「もう一人のメンバーは、ちょっと準備をしてまして」
冒険者の一人が証明のため、共鳴石を取り出してリズへと向ける。
冒険者の持つ共鳴石とリズの持つ共鳴石が共鳴し、リズは目の前の女性たちが依頼者であると納得した。
「じゃ、もう一人のやつにも渡しといてくれ。アツアツで食うのがうめえから、早めに食ってくれよ」
依頼者の確認が取れたリズは、もはや用済みとばかりに洞穴の外に向かって歩き始める。
だから、背後で女性たちが不敵に笑ったことに気がつけなかった。
「ちょっと待ってください」
「なんだよ?」
背後から書けられる声に、リズは足を止めて不快そうに振り向く。
「準備が、整ったようです」
「ああ?」
瞬間、洞穴の入り口から爆音が響く。
爆音の正体は、洞穴の入り口で放たれた魔法。
入り口を破壊し、落石によって入り口を完全い塞いでしまった。
そして、もくもくと煙漂う入口の方から、四人目の人影が現れた。
リズに下卑た笑みを浮かべながら、女性たちはリズの方へと近づいてくる。
「……これはいったい何の真似だ?」
閉じ込められたと理解したリズは、この場にいる全員を睨みつける。
「いえいえ、大したことではないですよ。……ただ、せっかくなら、俺たちと楽しいことをしていかねえか?」
四人の女性の体が、どろどろと溶けていく。
髪が、皮膚が、服が、どろどろと溶けていく。
十秒もすれば外側が溶けきり、女性の冒険者だった四人は、男性の冒険者へと変わっていた。
視線はリズの全身を捉え、餌を前にした獣のように目をランランと輝かせていた。
「もっかいだけ訊いてやる。これは何の真似だ?」
何もしないのであれば見逃してやると言う、リズの言外からの忠告。
が、忠告とは、強者が弱者に言うことでしか役に立たない。
現時点、リズという餌を前にした男たちの耳には、届かない。
男たちにとって、リズは弱い弱い獲物なのだから。
「もうわかってんだろ?」
「楽しいことだよ、楽しいこと」
「顔も美人だし、スタイルもいい。出前ギルドのリズ、上玉ってのは間違いなさそうだな」
「お前ら、まずは逃げられねえ程度に痛めつけるぞ。お楽しみの順番は、その後ゆっくりじゃんけんでもして決めようや」
ダンジョンの中は、人目につかない密閉空間。
稀に犯罪行為も起こりうる。
出前を運んできた戦闘装備をしていない一人の女に対し、痛めつけるための装備を整えた完全武装の男が四人。
男たちは、余裕の表情を崩さない。
リズは、持っていた鞄を地面に置き、大きなため息をついた。
「下種が!」




