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第5話 指名

「うぃーっす。はよー」

 

「おはよう、リズちゃん」

 

 リズは、ぼさぼさの赤い長髪を気にも留めず、頭をかきながら職場棟へと入ってくる。

 リズの整った顔立ちは、初見の男性を虜にするほど美しいため、出前ギルドの外にリズのファンは多い。

 一方で、仕事モードの時以外は極端に周囲の目線を気にしないため、整った顔立ちも長い髪に隠されて見えなくなるほどだ。

 事実、リズ目当てで出前ギルドに入った数人は、リズの顔を見れないことに酷く落ち込んでいる。

 

 トントントンと、料理担当のメンバーが野菜を切る音が響く。

 

 ガリガリガリと、リズが自身の頭を掻きむしる音が響く。

 

「リズちゃん、ここ食べ物あるから、頭をガリガリ掻くのはやめてね?」

 

「あー、すまん」

 

 リズとエニィのやり取りも、いつものことだ。

 エニィに叱られれば、リズも数日は頭を掻くのをやめるが、しばらくすればまた掻いてしまう。

 その都度、エニィは指摘する。

 リズはニ十一歳で、エニィより五歳も上だ。

 しかし、周囲から見ればリズの方がよほど子供に見えてしまう。

 

「なんか、エニィさんってリズさんのお母さんみたいですよね」

 

「それって、私が老けてるって言ってます?」

 

 かつて、失言をしたメンバーに対してにっこりと微笑んだエニィを見てからは、誰一人、口にすることはなくなったが。

 

「水ー」

 

 リズは手近にあったタライを掴み、棟を出る。

 そして、水魔法でタライに水を注ぎ込み、タライの水を頭からかぶった。

 長い髪はリズの顔にべったりと貼り付き、リズの白い服もまた肌に貼り付いて黒いアンダーウェアを浮かび上がらせる。

 忙しく職場棟と宿場棟を往復するメンバーたちも、そんなリズの様子に一瞬目を奪われ、しかし努めて見ないように目を逸らす。

 

「あー」

 

 全身びしょ濡れになったリズは、炎魔法で全身を包み込み、熱で水分を一気に飛ばす。

 ビショビショだった髪はサラサラに変わり、ビショビショだった服はカラカラに変わる。

 リズは乾いた髪を両手で押し上げ、背中へサラリと流す。

 

「っしゃ! 目が覚めたぜ!」

 

 ここまでが、リズのモーニングルーティン。

 

「しゃーっす。エニィ、俺が運ぶ弁当はどこだ?」

 

「ちょっと待っててねー。もうすぐ準備できるから」

 

「うーい」

 

 リズはエニィを手伝おうとする素振りも、他のメンバーを手伝おうとする素振りも見せず、近くの椅子にあぐらをかいてドカッと座る。

 リズの性格を一言で言うならば、動かぬ父親だ。

 与えられた仕事は完遂するが、与えられていない事象に対してはことごとく無関心。

 重い物を運んでいるメンバーに手を貸すことも、忙しそうなメンバーに話しかけないという気遣いもしない。

 自分がやりたいことのために動き、それ以外の時間は欠伸でもしてだらけている。

 

「リズちゃん、ちょっとこれ運んでくれないかな?」

 

「面倒くせー。どれ?」

 

 が、自発的に動かないだけで、頼まれれば動く。

 エニィは、リズの扱い方を心得ている。

 

「ありがとう。助かっちゃった」

 

「んー」

 

「で、今日の出前先なんだけどね」

 

「おう」

 

「一件、リズちゃんの指名が入ってるの」

 

「おうん?」

 

 出前ギルド『フーデリ』の仕事は一つ。

 出前を確実に依頼者の元へ届けること。

 人間同士の交流が目的ではないので、通常は出前の担当者を選ぶことはできない。

 

「なんでも、リブレに来たばかりの女の子だけのパーティみたいで、アイさんがよろしくって」

 

「うわー。そういうの一番面倒で、一番嫌いなんだが? やるけどさあ」

 

 ただし、依頼者側に事情がある場合、例外的に指名が可能な場合もある。

 例えば、女性だけの冒険者パーティに対して、女性の出前担当メンバーを指名する場合だ。

 

 ダンジョンの中は、人目につかない密閉空間。

 稀に犯罪行為も起こりうる。

 誰も見ていないことをいいことに、女性だけの冒険者パーティに乱暴目的で近づく男性の報告もゼロではない。

 女性だけの冒険者パーティがダンジョン内で男性との接触を可能な限り避けたいと考えるのは自然であり、冒険者ギルドもその考えを尊重するスタンスに立っている。

 よって、冒険者ギルドから出前ギルドに、女性の出前担当メンバーを指名できるという例外措置が、ギルドマスター同士の合意によって受理されている。

 

「襲ってくる男なんざ、返り討ちにすりゃあいいんだよ。金○でも蹴り上げりゃあ、あいつら悶絶して失禁すんだから」

 

「リズちゃん、どうどう」

 

 文句を言いながら準備するリズを、エニィが宥める。

 とはいえ、エニィは心配していない。

 文句を言いながらも、リズが出前を届けてくれることを知っているから。

 

「げ!? しかも、沼のダンジョンじゃねえか! 足場ぬるっぬるのでろっでろで嫌いなんだよな。複数人でヤりまくった後みたいで」

 

「リズちゃあああん!? お客様の前でそんなこと言わないでね!? 今日のお弁当、トロロ芋も入ってるんだからね!?」

 

 いつも以上に騒がしくなった部屋の中、リズは弁当を詰め込んだ鞄を持って出前へと向かっていった。

 

「風魔法! おっらぁ! 俺の体を押せえええ!!」

 

 魔法によって体を吹き飛ばすほどの風を巻き起こし、リズは自身の身体を出前先まで吹き飛ばした。

 驚くべきは、風によって全身が上下左右に揺らされようとも、弁当だけは中の具材を崩さぬように水平を保ち続ける、リズのバランス感覚である。

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