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第4話 フーデリの一日

 出前ギルド『フーデリ』の朝は、早い。

 太陽が昇るより早くエニィは目を覚まし、素早く身支度を整えて職場棟へと向かう。

 

 出前ギルド『フーデリ』の建物は、職場棟と宿場棟の二棟から成る。

 宿場棟は三階建てで、一階がロビー、二階がメンバーの個室、三階が幹部の個室となっている。

 エニィの部屋は、当然二階だ。

 

 エニィは音を立てない様に自室の扉を開け、暗い廊下をこそこそと進んで一階に降りる。

 一階のロビーは、メンバーが起きている時は目覚まし時計もいらないほど騒がしいが、早朝には幽霊も安眠できそうなほど静かである。

 誰も起こさない様に気を付けて、エニィはもう一つの職場棟へと移動する。

 

 職場棟と宿場棟は独立した建物で、移動するには一度外へ出ないといけない。

 

「へっくしゅん」

 

 扉を開けた瞬間、体に夜風がぶつかる。

 急な冷え込みに思わずくしゃみが出て、エニィは夜風から逃げるように職場棟へ急ぐ。

 職場棟もまた、一階は明かりがついておらず真っ暗だ。

 しかし、二階にあるギルドマスター室からだけは、窓越しに明かりが確認できた。

 

「御館様、もうお仕事なさってるんですね。私も頑張らなきゃ!」

 

 エニィは職場棟に入り、一階に明かりをつけて回る。

 入り口付近にある、ほとんど使用形跡のない受付台。

 大量のテーブルが置かれた広間。

 厨房、冷蔵室、浴室、トイレ、物置など、それぞれに続く扉。

 仕事に必要なものは、概ね一階に揃っている。

 

 エニィはテーブルの上に置かれた発注書を手に取り、一枚一秒の速さで目を通す。

 現在の在庫から逆算した、一週間後に必要な食材と道具の一覧だ。

 全てを読み終えたエニィは、そのうち三枚だけを持ったまま、冷蔵室と物置に入って在庫を確認する。

 在庫が過剰になると判断すれば、一覧に書かれた商品名に線を引いて消す。

 他に必要な物があると判断すれば、一覧に商品名を追記する。

 エニィは弱冠十六歳にして、出前ギルドの料理と食材管理に関する全権を与えられている。

 出前に必要な食材が揃うも揃わないも、エニィの腕次第だ。

 

「うん、足りないものはありませんねー」

 

 エニィは三枚の紙をテーブルに戻し、紙をまとめて鞄に仕舞う。

 そして、夜風に対応できるようにコートを羽織り、建物を出る。

 

「はよっすー」

 

「おはようございます、ファイさん」

 

 建物の前には、ファイが荷馬車を用意して待機していたので、エニィは速やかに荷馬車へ乗り込む。

 三人掛けの椅子に、馬よりもはるかに大きな荷台。

 荷台は雨風に耐えられるように、全体が厚い布で覆われている。

 ファイが手綱を叩けば、馬車はゆっくりと前に進みだす。

 

「晴れてよかったですねー」

 

「そうっすねー」

 

 向かう先は、国内最大手の商業ギルド『ギンシャリ』が所有する市場、

 早朝から新鮮な肉や魚が並べられ、食事を作る人間にとっては不可欠な場所だ。

 

「これと、これと、これもください」

 

「はいよー!」

 

「後、こちら、来週までに欲しいのですが」

 

「んー? これなら大丈夫だな。わかった、準備しておくよ」

 

「ありがとうございます!」

 

 市場は、高い需要のある肉や魚、旬の食料を優先的に揃えて並べる。

 珍しい食材については滅多に並ぶことはないが、事前に注文をしておけば、別料金で仕入れられることもある。

 もっとも、時期やタイミングによっては確実に仕入れられるとは言い難い。

 そして、その仕入れる力と仕入れの可否を判断する目が、商業ギルドの腕の差と言える。

 

 商業ギルド『ギンシャリ』のメンバーがわかったといえば、仕入れられないことはない。

 そうして彼らは、最大手にまで上り詰めた。

 

「まだ買うんっすか?」

 

「まだまだですよー」

 

 エニィは買う物を選ぶ人間。

 目利きは、出前ギルド『フーデリ』の中で随一だ。

 一方で、戦闘能力に乏しく、重いものなど運べない。

 よって毎日、メンバーの誰かが荷物係兼ボディーガードとして駆り出される。

 

「あの、荷台がもう一杯なんっすけど」

 

「……なんとかしてください!」

 

「いや、普通に無理っす」

 

 

 

 買い出しが終わり、二人はすぐにギルドへと戻る。

 買ってきた物はエニィの指示のもとファイが部屋や倉庫へと運び、運び終えればファイは小休憩の時間。

 ファイの本番は、出前に行く時だ。

 

 逆にエニィの本番は、今から。

 厨房に置かれた箱を片っ端から開け、料理の仕込みを開始する。

 

 手に入った食材の量。

 雲の動きから見る今日の天気。

 天気により増減する注文数。

 日常に潜む小さなヒントを頼りに、今日の最高の料理を作り上げていく。

 

 食材をザクザクと切る。

 取り寄せたスパイスやハーブをぐるぐる混ぜ合わせる。

 味を落とさず保存性を高める料理を作るのが、エニィ流。

 

 早朝が終わって朝がやってくると、他の料理担当メンバーたちも起きてくる。

 すぐに着替え、エニィの指示に従って料理を進めていく。

 

 朝から昼に変わる頃、つまり冒険者ギルドが朝から旅立つ冒険者の手続きを終えてしばらくした頃、出前ギルドには冒険者ギルドのメンバーが一人やってくる。

 

「こんにちは、エニィさん。今日の分の注文票を持ってきました」

 

「ありがとうございます、アイさん。そこに置いておいてください」

 

 冒険者ギルドの受付であるアイは、慣れた足取りで注文票と共鳴石をテーブルに置き、速やかに出前ギルドを去っていった。

 エニィとアイの会話は、ただの一往復だけ。

 

 出前ギルドと冒険者ギルドの仲が悪いわけではない。

 エニィとアイの仲が悪いわけではない。

 ただただアイは、今が出前ギルドの戦場であることを知っているだけだ。

 料理とは、エニィにとっての戦い。

 戦いを雑談で邪魔するほど、アイは無粋ではない。

 

 エニィは作業のキリがついたタイミングでアイの持ってきた注文票を手に取り、内容を確認する。

 

「今日は、注文が多めですね。その代わり、配達先は比較的近いダンジョンばかりですね。皆さん、夜の雨を警戒して遠出を控えているんですかね。アイさんの勘は、よくあたりますからねぇ」

 

 エニィは注文票の内容と、現在下ごしらえしている食材を、頭の中で突き合わせる。

 

「すみません、アバレウシのお肉、もう一頭冷凍室から取り出して、解凍を進めておいてください」

 

 過不足があれば、即調整する。

 

 昼前になれば、出前担当のメンバーたちも起きてくる。

 

「おはヨウ。エニィ」

 

「おはようございます、チャッピーさん」

 

「うぃーっす。はよー」

 

「おはよう、リズちゃん」

 

 小休憩をとったファイも、このタイミングで再び合流をする。

 

「おはようっす」

 

「またまたおはようございます、ファイさん」

 

 出前担当のメンバーが出発の準備を終える頃には、エニィも弁当をメンバーごとに分け終えていた。

 エニィは笑顔でファイに弁当と共鳴石を渡す。

 

「どーもっす」

 

「はい。では、本日の出前先をお伝えしますね」

 

 弁当を準備し、出前先を伝えるまではエニィの仕事。

 それを聞いて、出前の順番やルートを考えるのはファイたちの仕事。

 エニィが早口で話す内容を、ファイは頭の中に叩き込んで、並列して今日の自分の動きを決める。

 

「以上となります。何か他に、質問はありますか?」

 

「いや、大丈夫っす。行ってくるっす」

 

「はい。いってらっしゃい!」

 

 ファイは弁当を仕舞い、早々にギルドを発った。

 エニィは言葉だけでファイを見送り、次の瞬間にはチャッピーへ出前先を伝えていた。

 

 全ての出前メンバーが出かけ、用意した弁当も空になったところで、エニィはようやく一息つく。

 弁当を作る際、同時に作っていたまかないを食べた後、厨房の清掃にかかる。

 料理によって排出された生ごみの処理。

 食器の洗浄。

 床の掃除。

 在庫の確認と翌日の発注書の準備。

 

「あれ、エニィさんは?」

 

「しーっ」

 

 全てが終われば、エニィは気を失う様にしてソファへ倒れ込む。

 仮眠の時間だ。

 出前のピークは昼時であり、夜もゼロではないが昼に比べると少ない。

 ソファですやすやと眠るエニィを起こさないようにして、他の料理担当メンバーたちは夜の出前の準備を始める。

 

 

 

「ただいまっすー!」

 

「おかえりなさい、ファイさん。今日は一件だけ、夜も出前をお願いします」

 

「了解っす」

 

 出前ギルド『フーデリ』の一日は、慌ただしく過ぎていく。

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