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第2話 出前ギルド

 冒険者は、世界を支える花形の職業だ。

 そんな冒険者を支えるため、世界には大量のギルドが生まれた。

 

 冒険者の実力や入場可能なダンジョンを管理する冒険者ギルド。

 冒険に必要な武器や道具を販売する商業ギルド。

 ダンジョン攻略後の冒険者に憩いの場を提供する酒場ギルド。

 

 そして、デリバレイ王国に唯一存在する出前ギルド。

 ダンジョンに入った冒険者に対し、食事を届けるサービスを提供するという、世界にも類を見ないギルドだ。

 

 

 

 出前ギルド『フーデリ』は、朝から大忙し。

 食事を届ける時間帯は、昼食時に集中する。

 そのため、事前に料理を作っておくのは必須。

 食材を買い付け、調理し、次々と弁当箱の中へと詰めていく。

 

「デブイノシシのお肉くださーい。 え、ないですか? そっか、昨日の雨で仕入れが遅れてるんだった。じゃあ、ビッグウリボーをお願いします。冷蔵室の下から三番目の棚で解凍してるので。持って来てくださーい。後、黒コショウもお願いします。残り十瓶を下回ると思うので、午後の発注リストに追加しといてくださーい」

 

 出前ギルド『フーデリ』の料理責任者エニィは、料理を作る手を止めることなく、的確に周囲のメンバーへと指示を飛ばす。

 オレンジ色のツインテールは帽子の中に詰め込んで、髪の毛一本を料理の中へ落とすことを許さない。

 真っ白だった料理服は、料理の過程で飛び散る肉汁や油でシミだらけ。

 しかし、シミとは勲章であると言わんばかりに、エミィは豪快に包丁を振り下ろす。

 

「お弁当、二番から八番できました。ファイさーん!」

 

 エミィの呼びかけに応じ、ファイが厨房に顔を覗かせる。

 料理に特化した格好のエミィとは異なり、ファイは次の瞬間にでもダンジョンに潜れそうな冒険者の格好をしている。

 

「これっすか?」

 

「はい。お願いしまーす」

 

 ファイは厨房の巨大なテーブルに置かれた風呂敷を指差す。

 風呂敷には二個から十個の弁当箱が包まれており、それぞれにダンジョンの名前が書かれた紙と絵が貼り付けられている。

 紙は、出前先のダンジョンの名前が書かれたもの。

 絵は、出前の依頼者の顔を映したもの。

 ファイは紙を手に取ってじろじろと眺める。

 

 出前に必要なのは、如何に速く、正確に届けるか。

 複数の配達先と周辺の地形を頭に浮かべ、最適な配達ルートを計算する。

 

「よし、決まったっす」

 

 そしてファイはポケットから空間ナイフを取り出し、横に振る。

 空間ナイフは、ダンジョンの中で発見された資源の一つで、空間に穴をあけることができる。

 空間の穴は物理的な距離の法則が無視され、同じ空間ナイフで切った穴は同じ場所に繋がる。

 例えば、自宅で切った穴に宝石を一ついれると、百キロメートル先で切った穴からも同一の宝石を取り出すことができる。

 それゆえ、収納に適している。

 

 もっとも、空間ナイフ自体がゴッドランク以上の冒険者しか入れない難易度のダンジョンでしか入手できない希少品のため、所有する人間は僅かだ。

 

 ファイは、空間に開いた穴に風呂敷を放り込んでいく。

 箱の中の料理が偏らない様に、大胆だが慎重に。

 

「あ、そうだファイさん。七番なんですけど、初心者だから注意してほしいと、アイさんからの伝言です」

 

「うぃっす」

 

 ファイは、アイからの伝言を適当に聞き流した。

 そんなファイの態度に、エニィが何を思うことはない。

 冒険者ギルドが冒険者の無駄死にを防ぐことが仕事ならば、出前ギルドは出前を確実に届けることが仕事だ。

 ファイに、アイからの伝言の内容を必須にする理由がない。

 

「じゃ、いってくるっす」

 

「いってらっしゃーい」

 

 ファイは厨房から出て、入り口付近に立てかけていた剣を手に取る。

 柄についていた汚れを布切れで拭き取り、腰に差す。

 そして、出前ギルドの建物の外に出て、ピョンピョンと跳びはねて脚の具合を確認する。

 出前ギルドのメンバーにとって、移動するための脚は、最重要の商売道具だ。

 

「ん、よっし」

 

 ファイは手足を曲げ伸ばし、体をほぐしてから、自身に魔法をかける。

 

「人体強化。脚力向上。脚力向上。脚力向上」

 

 赤い光に何度か包まれたファイの肉体は、常人の能力をはるかに超越した。

 そして、地面を蹴り、ファイは目にも止まらぬ速さで走り始めた。

 

 出前ギルドに、出前をするメンバーとして加入できる条件は二つ。

 強いことと、速いこと。

 人間が移動で使用する馬より何倍も速くなければ、複数のダンジョンへ出前を届ける仕事が成立しない。

 

 

 

 進む馬車の横を、ファイが通過する。

 

 人間を食らおうと待ち受ける魔物の横を、ファイが通過する。

 

 横切られた面々は、何かが通った気配と移動によって巻き起こる風しか気づけない。

 

 

 

「ついた」

 

 僅か十数分。

 ファイはダンジョンの入り口の前に立っていた。

 ダンジョンの入り口に立つ守衛ギルドの人間は、瞬間移動のごとく現れたファイに一瞬驚き、ファイの顔を見るとすぐに理解した。

 

「出前ギルド『フーデリ』っす。出前のため、入場を希望するっす」

 

 ファイは、冒険者ギルドから発行された入場許可証を見せる。

 

「はい、確認いたしました。どうぞ」

 

 守衛はあっさりと、ファイを通した。

 

「どーもっす。今日は、人多いっすか?」

 

「いえ、一組だけですね。なにせ、アイさんが悪い予感を感じているらしいので」

 

「あー、そっすか」

 

 冒険者ギルドのアイは、勘が鋭いことで有名だ。

 預言者ではないので何が起こるか言い当てることはできないが、何かが起きそうだという勘が九割以上の確率で当たってしまう。

 それゆえ、王都リブレの冒険者たちは、アイがダンジョンへの入場に難色を示せば、普段難なく攻略できるダンジョンであっても敬遠する。

 

 他国から来たばかりのセイリューが、そんな事情を知らずに入ったのは仕方のないこと。

 

「ファイさんも、ダンジョンに入るならお気をつけて」

 

 心配そうな守衛に、ファイは楽しそうに笑う。

 

「ま、大丈夫っすよ。俺は、出前届けるだけなんで」

 

 言うが早いか、ファイはダンジョンの中へと走った。

 

 ファイにとっては、何度も入ったことのあるダンジョン。

 内部の構造は理解している。

 ダンジョンに転がっている資源にも、ダンジョンの中をうろうろと歩き回っている魔物たちにも、一切目を向けず駆け抜ける。

 ファイが気にするのは、冒険者ギルドから渡された共鳴石。

 

 共鳴石は、二つ一組で採取される石だ。

 それぞれが常に引かれあっており、近くにあればあるほど共鳴して輝きを増す。

 冒険者ギルドでは、ダンジョンに入場する冒険者に片割れを渡すことで、万一ダンジョンの中から帰って来なかった場合の探索に活用している。

 出前ギルドは冒険者ギルドと交渉し、出前を運ぶ用途としてのみ共鳴石を借りることが許可されている。

 

 ファイは、共鳴石の光が強くなる方向に向かって走り続ける。

 

 大量のストーンゴーレムが歩く音が聞こえてきても、ファイは止まらない。

 マッドドラゴンの悍ましい鳴き声が聞こえてきても、ファイは止まらない。

 ただ、走る。

 

「んー? あれっぽいっすね」

 

 共鳴石の輝きは最高潮に達し、ファイは輝きの示す先にストーンゴーレムの群れを視認した。

 ファイは走りながら腰の剣を手に取り、通行の妨げになるストーンゴーレムを一振りにて両断した。

 

「どうもっす。出前ギルド『フーデリ』のファイっす。出前のお届けに参りましたー」

 

 そして、ストーンゴーレムの群れの中で倒れる二人と、ボロボロになった二人を見つけると、走るのを止めた。

 歩きながら空間ナイフで空間に穴をあけ、穴の中から弁当四つ包んだ風呂敷を取り出す。

 

「セイリューさんで、お間違いないっすか?」

 

「あ、はい」

 

 状況が飲み込めないセイリューは、情けない声で応じる。

 マッドドラゴンの前だというのに、無数のストーンゴーレムに囲まれているというのに、男――ファイは、焦る様子一つなく歩いていた。

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