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第11話 御館様

 出前ギルドの扉がノックされる。

 

「はーい。あら、ガースーさん!? どうされました?」

 

「ドラゴン討伐の件で、ギルドマスターと話をしたいんだが」

 

 扉を開いた先の人物に、エニィは目を丸くして驚いた。

 通常、ギルドマスターが他のギルドを訪れることはない。

 顔を合わせるのはせいぜい、王族貴族から呼び出しを受け、一堂に会した場合のみである。

 

「少々お待ちいただけますか?」

 

 エニィは、急いで二階のギルドマスター室へ向かう。

 

 本来、ギルドマスターと面会するためには、事前の調整が必須だ。

 ギルドマスターの立場に就く人間は多忙なので、調整なく訪れても不在の場合が多い。

 ただし、出前ギルドのギルドマスターである御館様は例外だ。

 常にギルドマスター室へ籠りきり。

 いつ訪れようと、不在であることの方が珍しい。

 早朝だろうが深夜だろうが。

 

 階段を降りる音と共に、エニィがガースーの元へと戻ってきた。

 

「お待たせいたしました。御館様がお会いになるそうです」

 

 ガースーは、エニィの後をついて歩き、ギルドマスター室の前へ立つ。

 そして、コンコンとノックをする。

 

「どうぞ」

 

 部屋の中から帰って来た中性的な声を聴き、ガースーは扉を開ける。

 

「お久しぶりですね、ガースー殿」

 

 室内は、簡素な造りだった。

 置かれている家具は、椅子と机だけ。

 御館様が執務をこなすために必要な物だけだ。

 

 床にカーペットはなく、壁に絵画もない。

 明日引っ越すと言われても違和感のない空間が広がっていた。

 

「久しいな」

 

 御館様には、名前がない。

 名前は、魔物に奪われた。

 それ故ガースーは、御館様の名前を呼ぶことがない。

 否、できない。

 

「生憎、客人用の椅子も机もなくてね。立ち話で失礼するよ」

 

 御館様は椅子から立ち上がり、部屋の中央へと歩を進める。

 ガーシーもまた、同じ場所へと歩を進める。

 

 歩いている途中に、御館様は視線でエニィに退室を促し、エニィは一礼して部屋を出た。

 バタンと閉まる扉の音と共に、御館様とガースーは向かい合った。

 

「相変わらず、暑っ苦しい格好だ」

 

 黒子のごとき御館様の真っ黒な姿を見て、ガースーは手のひらで自分を仰ぐ。

 

「個を消すには、外見を隠すのがちょうどよいのですよ」

 

「逆に個性的だがな」

 

 しばしの雑談を挟んだ後、ガースーはギルドマスターとしての表情を作り、御館様へと頭を下げた。

 

「この度は、ドラゴン討伐への協力感謝する。ニュウが神成体のドラゴンを倒さなければ、被害は大きなものとなっていただろう」

 

 エニィが魔物討伐による功績を喜ばない様に、御館様もまた興味を示さない。

 御館様は乾いた笑いの後、にこやかに微笑んだ。

 

「話はニュウから聞いていますが、襲って来た魔物を返り討ちにしただけです。お気になさらず。それにガースー、あなたが戦えば、同じことができたでしょう」

 

「いや、俺も全盛期からずいぶん衰えた。討伐はできただろうが、少なからず町に被害は出ていた。それにな、俺はギルドマスターだ。ギルドマスターが指揮を放り出して戦えば、現場は混乱を極めただろうよ」

 

「ずいぶんと、年を取りましたね。昔の野獣のような勢いはどこへ行ったのでしょう」

 

「昔の話だ」

 

 ガースーと御館様は、かつて冒険者としてパーティを組んでいた時代を思い出す。

 ガースーはスーパーゴッドランクに上り詰め、御館様もスーパーゴッドランクが確実だろうと言われたあたりで、御館様は冒険者を引退した。

 全ての冒険者たちが引退に驚き、出前ギルドを設立したと聞いて二度驚いた。

 

「なあ」

 

「はい?」

 

「また、冒険者ギルドに加入する気はないか?」

 

 昔を懐かしむ雰囲気にのまれたか、ガースーは何度目かの勧誘をする。

 

「お断りします」

 

 そして、何度目かの断りを受けた。

 

「……そうか」

 

「ええ。私は、どうやっても戦いが好きになれないのですよ」

 

 御館様はガースーの近くから離れ、窓から外を覗き込む。

 窓の外では、出前の配達に向かうギルドメンバーたちが、出前先に向かって走り去るところだった。

 

「兼業でもいいぞ? 俺がギルドマスターだ。ルールなんて俺の意見で変えられる」

 

「お断りします」

 

 元ゴッドランク冒険者の御館様。

 ゴッドランク相当と言われるニュウ。

 その他、多数のゴッランク、ゴールドランク相当と呼ばれるメンバーを抱える出前ギルドは、冒険者ギルドにとって喉から手が出るほど欲しい戦力だ。

 例え周囲の亀裂を生みながら特例を作ったところで、お釣りが出るほどに。

 

「ガースー、互いに歩む道は分かれましたが、いつか先で会いましょう。私も貴方も、世界を平和にしたいという思いは変わらないのです」

 

「はっ。そうであって欲しいねえ」

 

 ガースーは、軽く笑ってギルドマスター室を後にした。

 伝えるべきことは伝え終えた。

 

 階段を降りて一階に向えば、ガースーの鼻を香ばしい香りがくすぐる。

 

「あ、ガースーさん。御館様とのお話は終わったんですか? 予備のお弁当があるので、良ければ召し上がっていきませんか?」

 

「ああ、いただこう」

 

 ガースーは、エニィの誘いを受けて、椅子へと座った。

 キラキラと輝く肉を一口食べてみれば、濃厚な味が口の中に広がっていく。

 自身が現役の冒険者の時は、決して冒険中に味わうことができなかった幸せの味。

 

「美味い」

 

「ありがとうございます! 今日のも自信作なんですよ!」

 

 ガースーは食事を楽しみながら、御館様の見ているだろう世界に想いを馳せる。

 いつ、どこであろうと、美味い飯を食える。

 それこそが御館様の目指す世界であり、平和であるのだと、ガースーは言われるまでもなく分かっていた。

 

「ありがとうございます! 今日のも自信作なんですよ!」

 

 エニィの弾む声が、出前ギルドに響く。

 ガースーは、御館様の作った味と空間を見ながら、御館様が着実に夢に近づいていることを理解した。

 

 出前ギルド。

 冒険者に出前を届ける世界唯一のギルドは、確かに人を幸せにしているのだと理解した。

 

 今日もまた、出前ギルドのメンバーたちは世界各地を走り回る。

 

 冒険で腹を減らした冒険者たちに、美味しい出前を届けるために。

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