第10話 ゴッドランク
三匹のドラゴンは、天空を駆けて町へ接近していく。
ドラゴンの中には序列があり、強いドラゴン程立場が上だ。
よって、神成体のドラゴンは、他の二匹のドラゴンを差し置いて獲物を決める権利がある。
そしてドラゴンは、得てして強い獲物を狙いたがる性質を持つ。
神成体のドラゴンは、王都で最も強い人間が集まる冒険者ギルドへ狙いを定め、一直線に飛行する。
他の二匹のドラゴンは、神成体のドラゴンの邪魔をしてはならぬと左右に散った。
一匹は王城へ向かい、もう一匹は王都の住人が多く集まる広場へと向かった。
ドラゴンたちは、本能的にどこに強者が集まるかを知っている。
「な、なんだあの白いドラゴンは!?」
神成体のドラゴンは、空のダンジョンの中でこそ目にする機会はあるが、その他のダンジョンではまったく出現しない。
また、空のダンジョンはゴッドランク以上の冒険者にのみ入場許可が当たれられるダンジョンであり、大多数の冒険者は足を踏み入れたことさえない。
当然、大多数の冒険者は神成体のドラゴンを初めて見ることになる。
「あれは、神成体のドラゴンだ」
現在冒険者ギルドの建物内にいる中で、唯一ゴッドランクを経験したガースーが説明する。
冒険者たちの視線が、ガースーへと集まる。
「し、神成体?」
「そうだ。成体のドラゴンがさらに進化した姿だ」
「う、嘘だろ!? 成体のドラゴンでさえ厄介だってのに!」
成体のドラゴンは、様々なダンジョンで出現し、最強の魔物の一角に数えられている。
シルバーランクの冒険者は逃げるしかなく、ゴールドランクの冒険者は苦戦を強いられる。
その成体のドラゴンよりも上と聞かされれば、冒険者たちがひるむのも仕方ない。
だからと言って、逃亡するという選択肢はない。
冒険者の仕事は、魔物を討伐することなのだから。
ガースーは建物内を見渡して、シルバーランク以下の冒険者とゴールドランクの冒険者の数を数える。
不幸なことは、ガースー以外のゴッドランク以上の冒険者が王都を不在にしていることだ。
幸運なことは、ガースーとこの場のゴールドランクの冒険者全員でぶつかれば、神成体のドラゴンを討伐できる計算ができたことだ。
王城のドラゴンは王城の兵士が対応し、広場へ向かったドラゴンは指揮するゴールドランク冒険者一人とシルバーランクの冒険者たちが対応する。
建物はいくつか倒壊するだろうし、冒険者たちは大怪我を負うだろうが、人の死は避けられるだろうと、ガースーは妥協的なゴールを見据えた。
「落ち着け! いいか、今から私が指揮を執る! この場にいるゴールドランクの冒険者は、こっちへ来い!」
王都防衛戦が、今、始まろうとしていた。
その混乱の最中、ニュウとリズは、とっくに冒険者ギルドの建物を後にしていた。
既に、二人の用件は済んだのだから。
神成体のドラゴンは、着々と冒険者ギルドの建物に近づいていく。
途中で、建物を破壊することも、人間に危害を加えることもなかった。
神成体のドラゴンは、戦いに敬意を持つ。
目的である冒険者ギルドの冒険者たちと戦い始めるまで、他のいかなるものへも手は出さない。
そして、神成体のドラゴンが勝利した暁には、勝者の特権と言わんばかりに王都中を破壊しつくすことだろう。
「キュアアアアアア!!」
神成体のドラゴンの咆哮が、獲物へ宣戦布告を告げた。
直後、神成体のドラゴンは視界の端にニュウを捉えた。
そして悟った。
ニュウの強さを。
冒険者ギルドの冒険者たちを後回しにしていいほどに、神成体のドラゴンはニュウを最高の獲物、つまりは強者と判断した。
神成体のドラゴンは冒険者ギルドへ向かっていた体を強引に曲げ、出前ギルドへ向かって歩くニュウへと進路を変えた。
「ん? 何事でしょうか」
神成体のドラゴンが向かってくる気配を感じたニュウは、足を止め、空を見上げる。
「龍! ドラゴン! ニュウさん、俺がやっていいですか!?」
同じく空を見上げたリズが、目を輝かせてニュウの許可を仰ぐ。
「構いませんよ。ただし、一撃で仕留められなければ、私がやります」
「っしゃあ!」
リズは、すぐに魔法を展開する。
神成体のドラゴンは、特定の属性に偏った魔物ではないため、弱点の魔法が存在しない。
必要なのは力押しだ。
リズは、炎、雷、風、水、土、五種類の魔法を発動し、神成体のドラゴンに向かって放った。
神成体のドラゴンは大きく口を開け、口の中に白い光を溜めていく。
そして、白い光が口を覆いつくすほど大きくなると、飛んでくるリズの魔法に向かって放った。
リズの魔法と白い光が触れると、リズの魔法は一瞬で霧散し、白い光は大気をえぐり取りながらまっすぐニュウの方へと向かってきた。
「嘘だろ!?」
自信満々に魔法を放ったリズは、目の前の光景に悔しそうな表情を作る。
「威力不足ですね、リズ。後で何が駄目だったのか復習しますよ」
ニュウは向かってくる白い光に動じることもなく、近くの家の壁に立てかけてあった箒を手に取った。
そして、槍を投げる要領で、箒を白い光の中心に向かって投げ放った。
箒と白い光が接触すると、光は左右へと広がって、中心に箒の通り道を作り出した。
一本の光の道は、百を超える分岐となって、王都の外へと落ちた。
「キュアア!?」
眼前に迫ってくる箒を、神成体のドラゴンは首をひねって躱した。
同時に、腹部へ強い衝撃を感じた。
何事かと思って見てみれば、腹部に人間の拳大の石がめり込んでいた。
ニュウが箒を投げた後、続けて蹴った何の変哲もない石が。
石は、神成体のドラゴンの内臓を圧迫し、全身の動きを鈍らせた。
神成体のドラゴンは、飛行状態を維持することができず、羽ばたきの数を減らしながらゆっくり地上へと下降していく。
そこへ、さらに石が届く。
目を打たれ、首を打たれ、心臓部を打たれ、神成体のドラゴンの意識が薄れていく。
すべて、ニュウが蹴とばした石。
「やはり、石っころでは足りませんね」
ニュウは石を蹴るのを止め、鞄からフルーツナイフを取り出し、神成体のドラゴンに向かって投げた。
意識が朦朧としている神成体のドラゴンには回避という選択が取れず、フルーツナイフは神成体のドラゴンの首に風穴を開けて、切り落とした。
神成体のドラゴンの首が落ちていく。
神成体のドラゴンの体が落ちていく。
「後始末は、冒険者ギルドがやってくれるでしょう」
ニュウは、神成体のドラゴンの死を確認することも、素材を手にすることもなく、出前ギルドに向かって再び歩き始めた。
魔物の討伐も、素材の入手も、冒険者ギルドの仕事であり出前ギルドの仕事ではないからだ。
ニュウはただ、自分の身に降りかかってきた些細な面倒ごとを、軽くあしらったに過ぎない。
もしも冒険者になっていれば、最低でもゴッドランクは確実と言われているニュウにとって、神成体のドラゴンは敵でさえなかった。
ニュウの行いの功績は、余りにも大きかった。
神成体のドラゴンの討伐に裂かなくてはならなかったゴールドランクの冒険者が全員、成体のドラゴンの討伐へと回すことができるようになった結果、ガースーの想定よりも王都の被害は限りなく小さく収まった。
「なんで、あいつが冒険者じゃねえんだよ」
とは、実力の差を目の当たりにした名も無き冒険者の独り言である。




