mission 47 秘密の花園
長いようで、過ぎてみればあっという間に、もうすぐ第1学年が終わろうとしていた。
学年の最後には、毎年最終学年の卒業パーティーが行われる。
これは在校生も出席する、学生にとって1年で最大のイベント行事だ。
学生にとってだけの重要行事ではない。国中の有力貴族の子ども達のほとんどが通う学園の卒業パーティーは、誰と誰が踊るかによって、社交界にも影響が出るので、親にとっても自分の子が誰と踊るのか、毎年注目が集まっている。
例えばある男爵令嬢が格上の侯爵令息をパートナーに、ダンスパーティーに出席したとしよう。するとどうだろう。その年の社交界で、その男爵令嬢の両親は、例年より丁重な扱いをされたりするのだ。
まあそれもその年の事だけであるのだが。
次の年にパートナーを変えればスッキリと綺麗に忘れ去られる。
そこはやはり、学生であることの特権なのだ。
シアが入学してからこの1年の間に様々ことが起きた。
第2王子ジェームズの確実視されていた婚約が流れて、王弟子息キーンの結婚が決まった。
カトレア王国に巣食っていた闇の組織が壊滅して、アラン王子が立太子する事が確実視されるようになった。
そして、ほとんどの側妃派閥の貴族家が、正妃派閥に鞍替えした。
王国を揺るがす大事件があった年と言っても過言ではない。
昨年までの卒業パーティーはある意味平和だった。
派閥同士のパワーバランスがギリギリの状態で拮抗していたからこそ、同じ派閥同士の生徒同士、バランスをとって、誰と誰がペアになるのかほとんどが分かっているような状態だった。
いくら自由な恋愛をしたいお年頃の生徒たちといっても、国のパワーバランスを崩すような危ない行動をする者はいない。
それがどうだろう。今年度は、ほとんど皆が正妃派閥。圧倒的大多数。
もう誰と誰がペアになろうが関係ない。いきなり選択肢が広がりすぎてしまった。
しかも古くからの正妃派閥の家に、最近鞍替えしてきた新規の家などが入り乱れてもう、今年は家の関係が複雑なことこの上ない。
自由に解き放たれた生徒たちが一体どんな行動を取るのか。
学園は、嵐の前の静けさのような緊張感に包まれていた。
「シア。今日の放課後、一緒にお茶をしない?ゆっくりお話しがしたいの。」
「ええ、いいわよ。」
学園中が表面上はいつも通りを装いながら、そんな緊張感をはらんだある日のこと。シアはイザベラに誘われた。
放課後、イザベラと出かけることは珍しくない。
一緒に課題をすることもあるし、評判のお店へ行ってお茶をすることもある。
しかしイザベラがシアに声をかけたとたんに、周囲の生徒たちの動きがピタリと止まった。
こちらを見ていないようで、全神経を集中して探っている。
友人同士何人かで向かい合っている者達もいるのに、誰も一言もしゃべっていない。
イザベラとシアの会話に耳を澄ませているのだろう。
「どこへ行こうか。先日見つけたカフェはどうかしら。落ち着いているし、店長のおじいちゃまがとても素敵だったから。」
先日、イザベラと二人で見つけた古くて落ち着いたカフェ。
護衛はいるものの、自分たちで街を歩いていて見つけて入ったお店。優しくて笑顔の素敵なおじいさま店長が、美味しいお茶をいれてくれたのだ。
王都の昔の様子などを話してくれて、とても楽しかった。
まあイザベラの護衛達が、行動範囲の店など全て調査済なのだろうが、ちょっとした冒険気分だ。
「そうね、あそこもまた是非行きたいけれど、今日はあまり人がいないところでお話ししたいの。良いところを知っているの、付いて来て。」
イーストランドの迎えの馬車の御者に、イザベラとお茶をすることを言づけると、シアはイザベラに連れられて、学園の門とは反対方向に歩いていった。
「学園の外へは行かないの?裏門から出るのかしら。」
「いいえ、学園の敷地の中よ。」
校舎の裏手をどんどん進んで行くと、表の見事な庭園とはまた違った、派手さはないが手入れされた小道が続いている。
レンガの敷き詰められた、一人だけが通れるような小道は、意外にも綺麗に掃除がしてある。
両脇には小さくて可愛い花たちが鈴なりに咲いていた。
「素敵な道ね!こんな道があるなんて、知らなかったわ。」
「あまり知られていないの。奥の方に教員用の小さな研究棟があるのだけど、そこへ行くためだけの道ね。研究室を持っている先生か、研究に興味を持ってその研究室に押し掛ける奇特な生徒くらいにしか知られていないわ。・・・私はお兄様に教えてもらったの。」
なるほど。キーン様なら、学園に研究棟があるならば、それはもう押し掛けたことだろう。
研究棟へ行き来するためだけの道だからか、見栄えの良い派手な花ではなくて、丈夫で可愛らしい花が植えられているのにも納得だ。
しばらく歩くと、研究棟らしい建物と、そして長く伸びたレンガの塀が見えてくる。
「こっちよ。」
てっきり研究棟へ向かうかと思ったイザベラが、レンガの塀の方向へ向かう。シアもそれについていく。
レンガの塀は一部が途切れていて、植物のアーチが作られている。
どうやらそこから中へ入れそうだ。
「まあ!!秘密の花園ね。」
四方をレンガの塀に囲まれた中に入るとそこは、色とりどり、多種多様な植物が植えられた花園だった。
貴族向けに計画的に作られた表の庭園とは違い、無造作に色んな花々が植えられている。
「ふふふ。面白いでしょう?最初はただの花園だったらしいのだけど、色んな研究者が面白がってどんどん植物を植えていって、今では国中のほとんどの植物が植えられているんですって。お遊びで作られた花園なのに、色んな植物の花粉が混ざり合って、ここから新種の植物が何種も生まれているんだとか。」
「面白いわね。研究用に植えられているんじゃなくて、お遊びで植えているのに、そこから新種が生れるんだ。」
「お兄様なんて、今でもたまに来ては何か有益な植物がないか定期的に確認しているそうよ。どんな品種が生れるのか分からないところが楽しいんですって。」
「おおー・・・・。」
学園の裏手にある、知る人の少ない秘密の花園。
そこへ訪ねてくる卒業生のキーン様。
――――確実に乙女ゲームのイベントの舞台ね。
その通り。ゲームで地の賢者であるキーン様と出会い、恋愛に臆病になっているキーン様と主人公が、静かに少しずつ愛か友情を育むのが実はこの花園である。
なぜかキーンではなく、キーンの妹のイザベラに案内されてしまったシアなのだが。
花園の中央にあるこじんまりとしたテーブルに座ると、見事な体さばきで1滴もこぼさずティーポットを運んできてくれたイザベラ付きのメイドさんがお茶を注ぎ、離れていった。
これでイザベラと2人きりだ。
「さて。シアは誰と卒業パーティーに出る予定なのかしら。」
「やっぱりその話よねぇ。」
この時期に人気のないところでゆっくりお話といったら、その話題しかないだろう。
「こう言ってはなんだけど、私たちが先にパートナーを決めてしまわないと、他の女生徒たちが決められないもの。男性から誘うのが基本とはいえ、私があの人と踊りたいと言えばすぐにひっくり返ってしまうでしょうし。もうさっさと本心を話して誰にするか決めてしまいましょう。」
男性から誘うのが建前とはいえ、公爵令嬢のイザベラが誰と踊りたいか匂わせようものなら、他の女生徒は遠慮をし、次の日にはその人から申し込むよう、全てが整えられてしまうことだろう。
「イザベラはそうでしょうけど。なぜ私まで?」
シアは辺境伯の次女。学園でまあまあ爵位が上のほうではあるけれど、そこまで配慮をされる立場ではない。
なぜ先に決めなければならないのか分からないのだけど。
「何を言っているの。アラン王子のパートナーの最有力候補が。」
「ああーー。ああああああーーーーーー。」
そうだった、そうだった。
イーストランドのパーティーで、何曲も踊ってお付き合い宣言もどきをしてしまったのだった。
でも意外にもその後、2人の様子が恋人同士のものではないことや、まだ子供です!作戦が功を奏し、あのパーティーの交際宣言は子どものいたずら程度に落ち着きそうな気配なのだ。
「それで、シアは誰と踊りたいの?本心を言いなさい。本心を。」
「ノア。」
それがもう、偽らざるシアの本心だ。ノア以外の誰と踊ろうが複雑で面倒くさいことになりそうだし。
ルーカスでもイーストランドの使用人なので身内扱いになるので良いけれど、なんだか最近のルーカスは、シアに対してある一定の距離をおきたがっているように感じるのだ。
「・・・・そうよね。」
なぜかイザベラが頭を抱えるようにして、重々しい声で返事をする。
公爵令嬢だって、誰も見ていなければたまには頭を抱えるのだ。
「イザベラは?アラン王子・・・かな?」
シアがノアと踊っても何の影響もないように、イザベラがアラン王子と踊っても、社交界のパワーバランスになんの影響もない。
親戚と踊ると言うのは、まだパートナーを決めないと言う意思表示でもあるのだ。
「・・・・・・・・・・・・。」
返事がない。
「・・・・イザベラも、やっぱりノアと踊りたいかしら。」
「・・・・いいえ。そうね、アラン王子にしておくのが一番よね。シアもノア様と踊りたいでしょうし。」
顔を上げたイザベラの表情は、何かを諦めたようにスッキリしていた。
「私がアラン王子で、シアがノア様と踊る。それが一番自然だし、問題も起きない。・・・・さて、スッキリしたところで、お茶にしましょう。このクッキー、ここの花園で採れたハーブを・・・。」
「イザベラ。本心を言うのでしょう?まだあなたの本心を聞いていないわよ。」
急にクッキーの話などをし始めたイザベラの言葉を遮るシア。
「私は本心を言ったのに、イザベラは言わないなんて、ずるいんじゃないかしら。」
イザベラがアラン王子とパートナーになり、シアがノアと踊る。
それが一番平和と分かっている。というか、シアだってそうしたい。このまま黙ってクッキーを食べれば、何の問題もなくそう決まる。
だからって、親友が本心を押し殺しているのを見過ごすわけにはいかないじゃないか。
「ノア様にご迷惑をおかけするかもしれないわ。」
「うん。」
公爵令嬢と卒業パーティーに出たら、ノアも一躍時の人になってしまうだろう。
将来の結婚相手選びにも、もしかしたら影響が出るかもしれない。
「でも、私もまだ12歳だし、まだ結婚相手も決まっていないわ。今年なら、派閥が入り乱れて混乱している今なら、次の年に相手を変えてしまえば、忘れ去られるかも。・・・シアだってアラン王子と踊り続けたことがなんとか揉み消せそうだし。」
「そうね。」
シアが子供だから3曲踊ったら相手と交際宣言だなんて何も知りませんでしたーとアピールをして、それが社交界に認められつつある今、『12歳くらいまではセーフ』という線が引かれたような状態になっている。
アラン王子と踊ったのがホームパーティーであったことも良かった。
派閥がごちゃまぜになって混とんとしている今の情勢も一役買って、親睦もかねて、ホームパーティーで12、3歳くらいの子達が面白がって同じパートナーと踊り続ける事が流行りつつあるのだ。
「だから、私がノア様を誘っても・・・・・いいかしら?シア。」
「イヤです。」
「・・・・・・・・・・・・シアちゃん?」
まずい。気が強そうに見えるけど、実際にはいつも冷静で公平で怒った所などみたことがないイザベラの声が、聞いたことないくらい怖い。
ガチギレ一歩手前といったところか。
「私だってノア以外に相手が思いつかないもの!ノアがイザベラのパートナーになったら本当に困るの!」
もしシアが、また卒業パーティーでアラン王子とパートナーにでもなろうものなら、もう今度こそ言い訳はできない。
婚約成立とまではいかないが、求婚中くらいの効力が発揮されてしまうだろう。
在学中、毎年ジェームズ王子のパートナーになり続けた姉のエマのように。
アラン王子だってさすがにそれは困るのか、1週間くらい前のお昼休みに早々と「先に言っておくけど、誘わねーからな。」と言われてしまっている。
頼んでもいないのに振られたようで面白くはなかったが、シアがきちんと他のパートナーを探せるようにと、早めにハッキリさせてくれたのだろう。
「じゃあなんで本心を言えとかいうのよ。私はキッパリ諦めかけていたのに!」
「いやそんな。言わずに諦めないでよ。本心を言い合ったうえで、正々堂々と戦いましょう。」
「なによそれ。」
先ほど少し怒った様子だったイザベラが、思わずと言った感じで笑って噴き出す。良かった。
「譲ってよシア。今年が最後のチャンスかもしれないのよ?それに他に相手がいないと言っても、あなたが頼めばマリウスとか、オッケーしてくれるんじゃない。」
「新たな火種を撒いてどうするの。」
アラン王子と何曲も続けて踊っておいて、卒業パーティーにはマリウスと出席などしたら、もう女子生徒達に後ろから刺されても文句は言えない。
「譲ってよシア。」
「イヤ。」
「お願いだから。」
「絶対イヤ。」
社交界では、どちらがアラン王子をパートナーにできるのか、友人同士で密かに火花を散らしていると噂されているこの2人が、実はノアを取り合って言い争っている様子を、花園に咲いている色とりどりの花たちだけが見ていた。
「じゃあもうコイントスで決めましょう!」
そう言い出したのがどちらなのかを知っているのも、そしてそのコイントスの結果を見ていたのも――――――
最初はジャンルがハイファンタジーで、恋愛パートでは異世界恋愛にしたり、またハイファンタジーに戻したり、ブレブレで申し訳ないです。
あと題名もコロコロ変わったり。
読み返したらもう、書き換えたくて仕方なくなったり。
編集途中のものをお見せてしまっているようでお恥ずかしいのですが、これからもどんどん編集していくかもしれません(;・∀・)