mission 46 意外な本性
「解除できました。」
全員のこれからのミッションの割り振りを相談しつつ、待つこと数十分。
額に汗を浮かべ疲れた様子のセオが、ホッとしたようにつぶやいた。
極限まで集中していたせいか、その声はかすれている。
誓約魔法は掛けるのも難しいが、解除する方が何倍も難しい。
難しいと言うよりも、通常は解除できない。
他人が簡単に解けてしまっては、誓約魔法の意味がない。
あまりミッションに参加できず、セオと関わりの薄いウェスリー様とキーン様が、静かに驚いている。
「驚いた。魔術師団なんか目じゃないぞ。国、いや世界最高峰の地魔法使いなんじゃないのか。」
「まあな。セオはほとんどのミッションに参加しているから、強いぞ。」
ウェスリー様の言葉に、なぜかアラン王子が嬉しそうにドヤ顔で答える。
何故あなたが・・・・・。
「ではレン君。自由に話しても良いですよ。全ての誓約魔法は解かれました。自分でも感じるでしょう?」
セオに促されても、にわかに信じがたいのか、レンは喉に手を当てて、恐る恐る何かを探っているようだ。
「・・・本当に解けたの?」
しばらくして、小さな声が響いた。
セオがレンの目を見て、安心させるようにしっかりと力強く頷く。
授業中、必要最低限の答えだけを発言する時などにシアは聞いたことがあるが、他の者はレンの声を聞くのは初めてかもしれない。
「あ・・・・。あー・・・・・・。」
久々で声の調子を整えているのか、それとも感動で打ち震えているのか。
皆温かい目で、その様子を見守っている。
「あー・・・・・あああああああーーーーーーーーーーーー!!!!やっと話せるーーーーーーーー!!!自由だーーーーーーーーー!!!!!!!!!うわーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
「ええっ!?」
驚いて思わず声の出るシア。何だかイメージと違う。
「あああ~~~~!もう何よ!話すと自爆って!こんなのある!?転生したら暗殺者で、初仕事命じられる瞬間でしたって話ある!?聞いたことある!?普通聖女とかで大事にされるもんじゃないの?」
「えちょっ。」
何から突っ込んで良いのやら。
闇の暗殺者レンって、無表情クールキャラじゃ・・・・、イヤそれより今転生とか聞こえたような。ん?聖女とか言った??女??
「シアさん!!」
ひとしきり雄たけびを上げると、気が済んだのか、急にシアの方へ近づく。
ルーカスが警戒して止めようとするのを、目線だけで大丈夫だからと伝える。
一応任務執行中の暗殺者がいるので、全員にシールドを張っていたのだ。
「あなたも転生者だったの!?」
「あなたもって・・・レンも?」
オーケー落ち着こう、とりあえず一つずつ。一つずつ確認だ。まずは転生のことね。
「そうなのよ。さっき話しているの聞いてビックリしちゃった。私以外にもいるのねー。他にもいるの?いつからこっちの世界にいるの?」
ツッコミたい。この話し方、ツッコミたい。
しかし話が迷子になるのが目に見えているので、まずは転生のこと、転生のこと・・・・と自分に言い聞かせる。シアにしては慎重だ。
自分よりぶっ飛んでいる人がいるとフォローに回らざるを得ない・・・・・。
「5年半ぐらい前からだよ。」
「すごい!大先輩じゃない。じゃあシアさんは2015年くらいから来たのかな。その時『遥かな世界』ってアプリゲームあったかなー。私ゲーム関係詳しいけど、覚えがないんだよね。」
レンの言葉に驚く。
「私がこっちの世界に来た時は、202X年だったよ。」
「えええ!!!私がいたの2020年なんだけど!私の方がシアさんより過去から来たって事!?」
世界を渡る際、時間も前後する場合があると聞くが、どうやらシアの方が未来から来たらしい。
「シア。本当にこいつは転生者なんでしょうか。暗殺者組織の作戦でそのフリをしている可能性は・・・・。」
ルーカスが耳打ちしてくる。ルーカスがレンに対しての警戒が一番強い気がする。
「私が転生者だっていうことは、暗殺者組織にバレていないだろうから、そんな事はないと思うけど・・・・・・。うーん、2020年て確か・・・・。」
何か転生者本人でないと分からないような、事前に情報を仕入れただけではとっさに出てこないような事柄はないだろうか。2020年に流行ったものとか。
あ。
「うるせえうるせえうるせえわ!!」
突然歌い出した(ただ叫んでいるように聞こえたかもしれない)シアに、部屋にいた全員がドン引きしている。
いや、正確に言うと、全員ではない。嬉しそうな顔をした、ただ一人を除いてだ。
「おまえが思うより健康です!!」
その一人、レンが嬉々として続きを歌う。
「転生者本人よ。間違いないわ。」
確信を持って保証するシア。
「おい、さっきの何だよ。合言葉かなにかか?」
アラン王子が、イヤそうに聞いてくる。国で一番お育ちの良い王子は、女性があのような発言をすることに慣れていないのだろう。
「ああいう歌が、流行っていたのよ。2020年に私たちの世界で。」
「あんなのが歌なのか?」
「あちらでも、賛否両論で衝撃的だから流行ったの。でも歌詞をしっかり全部聞いてみたら、共感するところもあって、結構深いのよ。」
「うんうん、分かるー。結局言いたいこと言う勇気もないし、優等生していて、心の中だけでの叫びなんだよね。カラオケで腹から声出して歌っちゃう!」
「・・・100%転生者だわ。」
シアの胸に熱いものが湧いてくる。
もう5年もこちらの世界にいる。
転生した先が柔軟性のある子どもだったし、優しい家族がいて、仲間がいて、好きなミッションをして、楽しく暮らしてきた。
でも、今以前の世界の人と話すと、部活帰りに友達とファーストフードでダラダラと目的もなく話していたあの感覚を思い出し、目頭が熱くなる。
「・・・・・・・ところでレン。あなたってもしかして、女の子?」
「そうだよー。アラン王子と仲良くなるためにって、男のフリさせられてたの。女性の方が警戒されるだろうからって。でもどっからどう見ても女だよねー。小柄だし、声も高いし。あははー。」
言われてみればその通り。冷静に見れば、レンはどこからどう見ても可愛い女の子だ。
シアはゲームの先入観で、男だと思い込んでいた。
学園に転入する際も、男性という紹介だったので、誰も疑問に思わなかったようだ。
「そう、大変だったわね。」
「うん、大変だった。でもこれで自由だわ!ありがとう。縛られていた誓約魔法全部解いてくれたから、これでいくらでも逃げられる。この体、魔力も強いし、組織に囚われる前の記憶もあるし、どこででも生きていけるわ。」
「え、ちょっと待って。どこかに行っちゃうの?いくら魔力が強くても、転生者の女の子が一人じゃ大変よ。うちにきてもらっても良いし、独立したければ学費は援助するから、卒業までは一緒にいましょう?」
レンがいきなりどこかへ逃げると言い始めて驚く。転生してきたばかりのようだし、一人で生きていくのは楽ではないだろう。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど・・・・私がいると、組織の奴らから狙われたりとか、迷惑掛けちゃうかもしれないから。」
「そんな事気にしないで!!そんな組織、今すぐ壊滅させるから!!」
そう言うと、シアは二人のやり取りを見守っていたメンバーの方に向き直った。
「今から行ける人、いる?」
*****
その日、長年に渡ってカトレア王国に巣食っていた暗殺者組織が人知れず壊滅した。
しかしその存在を知る者自体が少ないため、その大事件が人々の話題にのぼることはなかった。
ただただ、理由も分からず、ある日を境に見かけなくなった貴族、取りつぶしになった家がいくつかあったようだが、すぐに人々の記憶から忘れ去られた。
そのいくつかの消え去った貴族が、全員側妃の後ろ盾であったため、目には見えないように、しかし急速に側妃の権力が失われていくのは、もうほんの少しだけの未来のお話。