mission 44 誤報
その日は朝からなんだかおかしかった。
シアが入学した直後は、どちらかと言えばアランとマリウスは煙たがられていて(今考えても王子様に対してあの態度はどうかと思う。)、廊下ですれ違うときなど、もの凄く嫌そうな顔をしながら頭を下げられるのがせいぜいだったのだ。
しかしお互いに情報を共有し合って、一緒にミッションをする仲間になると、廊下ですれ違う時もニコニコと「アラン王子こんにちはー。」と声を掛けてくるようになっていた。
普通ならば、王子に声を掛けられるまでは頭を下げて通り過ぎるのを待つものだ(そうしないと、王子は道行く貴族、全員に挨拶し続けながら歩かなければならなくなる)。
学園ではそのマナーがかなり緩和されるし、気心の知れた友人なら、自由に話しかけても許される。
シアもノアも、大分慣れて気やすく話しかけてくるようになったし、ルーカスだって、礼儀正しい態度ではあるが、用事があれば普通に話しかけてくる。
しかしその日、廊下の向こう側から歩いてくるシアとイザベラは、礼儀正しく無言で頭を下げて、アランとマリウスが通り過ぎるのをただ静かに待っていたのだ。
「おい。なに企んでるんだ。」
優雅に頭を下げるシアに話しかけるアラン。
アラン王子に言葉を掛けられたシアは、優雅にゆっくりと頭をあげると、微笑んだ。
「アラン王子、ご機嫌よう。お会いできて嬉しいです。」
――――おい、誰だコイツ。
隣のマリウスの顔も引きつっている。
ニコニコしていて、優雅で、可愛らしいこいつは誰だ。
シアでないことは確かだ。
しかし見た目は完全にシアだし、気配もシアだ。
「誰だお前。」
「シア・イーストランドでございます。」
「イヤだから誰だよ。」
「まあ、ご冗談を。」
―――冗談を言っているのはお前だ。
そう言いたいのを、ぐっとこらえる。
いくら仲が良いと知れ渡っている間柄とは言え、ご令嬢相手にこれ以上言っては失礼にあたる。
―――また何を企んでいるのやら。
「アラン王子、マリウス。ご機嫌よう。私たち、授業の移動で急いでおりますの。失礼いたしますわ。」
となりのイザベラがそう言うと、返事も待たずにシアを連れて歩き出す。
ますます怪しい。
歩き去る2人の姿を思わず目で追っていると、普段シア達を遠巻きにしているような1年男子生徒たちが、ぞろぞろと後ろをついていくではないか。
ちなみに、普段は気の強いイザベラと、意外と芯の強いシアに話しかける男子生徒の数は限られている。
2人に見劣りしない高位貴族か、我が道をいく周りを気にしないタイプの男子で、いずれも色恋沙汰とは程遠い。
「シア嬢。今日の荷物は重いよね。良かったらアトリエまでお持ちしますよ。」
「あら、ありがとうございます。」
ニコリと微笑むシアに、真っ赤になる男子生徒。
「シア様!今日よろしければ一緒に課題をやりませんか。」
「あら、ありがとうございます。」
競うように話しかける他の男子生徒にも、機嫌よく返すシア。
ニコニコニコ。
―――も、モテていやがる!!!
ニコニコ優雅に微笑んでいたら、ただの可愛らしい貴族令嬢であるシア。
なんとなく面白くない。
「シア、モテていますねぇ。」
「あんなの上辺だけだろ。可愛ければ何でも良いのかよ。」
マリウスの言葉にアラン王子が返すと、なぜだかマリウスが、ニヤニヤしながら顔を覗き込んでくる。
「・・・・・・なんだ、マリウス。その顔。」
「いいえ?そうですよね。ニコニコと笑っているだけのシアなんて、本当のシアではないですからね。」
―――それはその通りなのだが、その言葉に、言葉以上の意味が込められている気がするのは気のせいだろうか。
何を企んでいるんだか知らないが、昼休みにでも問い詰めよう。
そう思ったアラン王子だった。
*****
昼休み。
「ルーカス、まだお前だけか?」
「あ、はい。ノアに先に行ってくれと言われまして。何か用事があるようで、先に食べていてほしいと言っていました。」
庶民出身のルーカスは、ミッションの時などは遠慮はなくなるが、学園ではガチガチに礼儀正しい。
しかし今日は、心なしかいつもよりも、もっと緊張しているような気がする。
「そうか?じゃあ、シアが来たら、先に食べるか。」
「いえ、シア様も、ノア様と一緒に用事があるそうです。先に食べていてほしいとのことです。」
「・・・・ノアとシアで用事?イーストランドの家の事か?」
「そんな感じです。」
――――そんな感じってなんだ。
違和感を覚えつつも、どうやら遅くなるのは本当のようなので、仕方なく3人で昼食を食べ始める。
しかし、昼休みが半分を過ぎても、ノアとシアは姿を現さなかった。
既に、アランもマリウスも、ルーカスも昼食を食べ終えてしまう。
「ルーカス。お前何か知っているな?」
「い、い、い、いえ、知りません!!」
ガチガチに緊張しながら返事をするルーカス。
「『知りません』というのが、もう何か知っているということなんですよね。普通は『何を知っているんですか』でしょうに。」
「あ。」
マリウスのツッコミに、顔面蒼白になるルーカス。
するどい。
「で、何を企んでいるんです?」
「し、シリマセン。」
もう可哀そうになるくらいにガチガチで、汗が尋常ではないルーカス。
問い詰めようにも、可哀そうになってくる。
「あー、で。何を企んでるんだ?あいつ。」
「・・・・すいません。」
すでに泣きそうになりながらプルプル打ち震えるルーカスに、意外と人が良いアラン王子とマリウスは、それ以上何も言えないのだった。
*****
いつも通りに王宮に帰ったアラン王子。
今日はとことんおかしな日で、王宮に戻ってからも、なぜだか使用人たちが遠巻きに、アラン王子と、ついでに一緒にきたマリウスをジロジロ見てヒソヒソと囁いている。
「なんか雰囲気悪いな。」
「いつもより、悪いですね。」
何だその言い方は。まるでいつも雰囲気が悪いみたいではないか。
まあいつどこに敵がいるか分からない緊張感があることは否めないが。
ヒソヒソヒソ
―――――え、街娘―――――愛人
―――――東――――辺境伯の娘――――そっくり―――――
―――――国宝の宝石――――――
―――――本命は――――
なんで、使用人たちはあんなに離れているのに、気になる単語だけは聞こえてしまうのだろう。人間て。
シアがいれば、それはカクテルパーティー効果と言って、興味がある単語は聞き取りやすく・・・・などと教えてくれたかもしれない。
「アラン王子の街娘の愛人が、東の辺境伯の娘にそっくりで、国宝の宝石を持っていて、本命はどっちだと言う感じですかね。」
「なんだそれ!!」
マリウスが、わずかに聞こえた単語だけを繋ぎ合わせて、適当に話を組み立てる。
まあ実は使用人たちの噂は、まさにその通りだったりする。
「ていうか絶対、今日学校にいたのシアじゃないだろ。誰だよ街娘の愛人て。宝石のペンダント持ってたなら、絶対そっちがシアだろうよ!!」
「それはその通りなのですが・・・・・。」
――――学園に辺境伯の娘は通ってたから、本人ではないらしいぞ。
――――確かか。
――――国最高峰の魔術師が学園に走って、実際に確認したそうだ。
――――じゃあやっぱり街娘か。
――――やるなあ。アラン王子。
「・・・・・だ、そうですよ。」
証拠はない。
証拠はないが―――――。
「なにやってやがったんだアイツーーーーーーーーーー!!!!」
怒りに打ち震えるアラン王子であった。