mission 43 守りたいもの
ノアとシア(に化けたモモちゃん)が、家を出たらすぐに、セオは屋敷を出た。
イーストランドの屋敷は貴族街の大通りに面している。
そして大通りには、使用人たちが日々移動するために、頻繁に辻馬車が走っている。
辻馬車は形ごとに走るルートが決まっていて、乗りたい辻馬車を見かけたら手を上げればどこででも止まってくれるのだ。
前世でいう乗り合いのタクシーのようでとても便利だ。
モモちゃんから辻馬車に乗る事を事前に聞いていたシアは、目立たないように街娘の格好をしていた。
髪色も、この国で一番多い茶色にして、街に溶け込めるようにしている。
今回王宮に入る門は、普段図書室に行くときに使用する貴族用の門とは別の、業者や王宮勤めの者などが出入りする庶民向けの門とのことだ。
セオと同じ馬車に乗ったらバレバレなので、シアはセオよりも早く屋敷を出て、先に行って門の前で待ち構えていた。
「来たわね。」
まだ朝も早く、門を入る人、出る人でごった返している。
セオが入門チェックの列に並んだのを確認して、何人かを挟んでさり気なくシアも列に並ぶ。
近すぎてもバレてしまいそうだし、間を開けすぎてもセオを見失ってしまいそうで、ドキドキする。
もし見失っても、また何度でも尾行の挑戦ができるように。
そのために新技を編み出してまで、学校をサボる事を隠しているのだ。
シアは順番がくるまでドキドキしながら列に並んでいたが、他の者達は慣れているようで、何かを見せては次々に門の中へと入っていく。
まるで人間界にいたときの、駅の改札に流れるように入っていく人の列のようだ。
セオも、門番に何かを見せて、慣れた様子で入っていく。
シアも早く入らなければ。
間にいた4人も何事もなく、通っていく。
この調子なら、セオもまだあまり離れていないだろう。
「次どうぞ。」
「はい。」
王宮図書室に行くときのためにアラン王子からもらった許可証を見せる。
これがあれば王族用の門と居住区と以外は、出入り自由のはずだ。
「・・・・・なんだこれは。」
他の人たちと同じようにすんなり入れるものだと思っていたシアは、門番さんのその言葉に不安になる。
――――何かおかしいかしら。
いつも図書室に行くときに使用する貴族用の門の門番さんなら、殆どが顔見知りで、笑顔で素通りさせてくれるのに。
「え、許可証ですが。」
「これが?初めてみた。・・・・この紋章はアラン王子の!?お嬢ちゃんは一体・・・・。」
「おい!誰か隊長を呼んでこい!」
詰所の中にいた門番さん達までが、何人もゾロゾロと出てくる。
後ろに並んでいた人や、門を出たところで話し込んでいた人たちにまで注目され、次第に動揺が伝わっていく。
セオには幸い気付かれていないようだが、どんどん離れていってしまう。
「あ、あの。・・・じゃあもう良いです!」
シアの許可証の何がいけないのか分からないが、これだけ騒ぎになってはまずいだろう。
今日はもう帰って、後日貴族用の門から入って、中でセオを待ち構えていよう。
そう思って後ろを振り返ると、さり気なく門番さん達数人に退路を塞がれ取り囲まれている。
「お待ちください。」
「これをどこで手に入れたんだい?」
口調は優しく丁寧だが、帰してくれそうにない。
「あの・・私、急いでて・・・。」
その時、シアは自分がある物を持っていることを思い出した。
これを見せれば、おいそれと失礼な事はできなくなるはず!
「あのこれ!!これ見て下さい。私アラン王子の友達です!急いでいるんで通してください。」
いつだったかアラン王子にもらった国宝のペンダント。
これこそ、王宮へのフリーパスチケットだ。
これを持っている者の行方を阻める者はこの場にいないだろう。
「こ・・・・・・これはぁ!!!」
「国宝の。一体この子は!?」
「失礼いたしましたぁ!どうぞお通り下さい!」
門番さん達が、一斉に頭を下げて道を開ける。
・・・もうこれだけ騒ぎになってしまったら、後日改めてくるのも難しいだろう。
今日、何が何でも行き先を突き止めてしまおう。
そう考えを変えて、シアは王宮の門をくぐった。
「ついてこないでくださいよ!!」
「は、はい!!」
門を入ってもゾロゾロを付いて来る門番さんたちに告げる。。
シアの言葉に、全員がその場で立ち止まり、直立してビシッと敬礼してしまった。
・・・・・・なんだかとてつもなく大変なことになってしまった気がした。
*****
もう姿は見えなくなってしまったけれど、セオの魔力は間違いようがない。
索敵の得意なセオにバレないように、魔法で追跡するわけにはいかないが、魔法を使わなくてもこのくらいの距離なら、まだ感覚でどこにいるのかが分かる。
セオの気配のある方へと進んでいくと、宮殿からは離れていく。
段々と人が減ってきて、代わりにすれ違うのは体格の良い兵士達。
行く手にある大きな建物は、兵舎だろうか。
「ヒュー、可愛いお嬢ちゃん。何の用?案内しようか?」
「誰かに差し入れ?どこのどいつだ。そのラッキーな奴は。」
すれ違う若い兵士達に、冷やかしに声を掛けられる。
貴族令嬢のシアにとって、このように軽く声を掛けられることなど今まで経験はない。
今日は街娘の格好なので声を掛けられたのだろう。
しかしシアには前世でそれなりにナンパされた経験もあるので、動揺することもない。
ナンパというほどでもない。
面白半分に声を掛けた程度だろう。
道案内も本当にしてくれようとしているようだ。
「いえ。大丈夫です。」
軽く断ると、ササっと足を速めて兵士たちの死角入り、気配遮断のシールドを張ってしまう。
今日は尾行なのでもちろん気配遮断のシールドはしていたけれど、門に入る瞬間に解いていた。
門を通る際に気配遮断のシールドなどしていたら、きっと王宮のシールドに引っかかってしまうだろう。
中に入ったらまた気配遮断をする予定だったのだが、門でのゴタゴタのせいでうっかり今までやり忘れていたのだ。
気配遮断で兵士たちをまいたシアは、セオの気配の方向へと、今度は他人の目を気にすることなく、堂々と歩き始めた。
―――シアに声を掛けた兵士たちが、内緒でシアをつけてきていた門番や警備兵にお前らのせいで見失ったじゃないかとボコボコにされていることなど知らずに。
*****
セオの気配を辿ってたどり着いたのは、訓練場のようだった。
多くの兵たちがランニングをしたり、木剣や刃を潰した練習用の鉄剣で打ち合いをしたりしている。
いくつかの隊毎に分かれて訓練をしているようだ。
きっと警備などの職務をする者と訓練する者とで、順番にこなしているのだろう。
こんな場所に、セオが一体何の用事があるのだろう。
さすがの王宮勤めの兵たちの訓練とあって、皆優秀そうで壮観だ。
シアは一時、セオの事を忘れて訓練場を眺めてしまった。
「あ、ウェスリー様。」
ボーっと見ていると、先日仲間入りした風の魔剣士、ウェスリー・ロッドがいるではないか。
ということは、あのあたりの一団は近衛騎士団の人たちか。
そう思っていたシアの目に、目立つ一人の人物が飛び込んできた。
「えええ!!セオ!?」
なんとセオが、ウェスリーの隊の騎士たちに混じって訓練に参加しているではないか。
ミッションのおかげで体力や身体能力は上がっているはずだが、セオがこれまで剣術をしていたことなど見た事も聞いたこともない。
幼年学校には通ったはずだが、その後はイーストランドの屋敷でずっと執事見習いをしていたはずだ。
ウェスリーの隊の騎士たちに比べ、一人だけ体の線が細く、あまりいい意味でなく目立っている。
体格の良い屈強な騎士と打ち合うその姿に、シアは手に汗をかいてハラハラとしてしまう。
誰がどう見ても、この隊には不釣り合いに見える。
いくら身体能力が上がっているとはいえ、1日や2日で剣の技術があがるわけではない。
やはり苦戦しているようだ。
不安になりながらじっと様子をうかがい続ける。
一体いつから・・・・何のために訓練に参加しているのだろう。
セオがシア達の学校の時間に出かけていると知ったのはつい最近だ。
ウェスリーと出会ってからもそれほど日が経ってない。
訓練に混ざり始めて1か月程度といったところだろうか。
見ていると、王国の騎士に力でおされる場面や、よろけてこける事もある。
しかししばらく見続けていると、セオがただやられているだけではないことに気が付いた。
剣をただ受けるのではなく、受け流して反撃をしたり。
フェイントのようなもので相手に隙を作ったりしている。
最初に見た時に打ち合っていた相手には苦戦していたが、その騎士は随分手練れだったようで、相手を変えていくと、それなりに打ち合えている。
―――――――セオ、頑張ってる!
何のためにしているのか、理由は分からない。
でも何をしているかは分かった。
そしてどれほどセオが真剣なのかも。
シアはウェスリーの隊の訓練が終わるまで、ずっと隠れて見守り続けた。
集合がかけられ、訓練が終わりそうになると、セオにバレないようにと、急いで王宮を出て、辻馬車に乗って帰る。
――――――なんでか分からないけれど。もう詮索するのはよそう。
そう決心をして。
******
「シア様、お帰りなさいませ。いつもより少しお早いですね。ノア様とは別に帰られたのですか。」
「え。ええまあ。そんな感じ。」
慌てて帰ると、いつもの学校の帰宅時間より少し早く帰ってしまった。
まあ、今日はたまたま早く終わったーでごまかせる時間だ。大丈夫だろう。
髪色は屋敷に着く前に元に戻したが、服は街娘のもののままだ。
使用人がもの言いたげにジロジロと服を見てくる。
その視線に気が付かない振りをして自分の部屋に戻ると、大急ぎで今日、モモちゃんが変身していたのと同じ服に着替えた。
そしてベッドの上にゴロンと仰向けに寝転び、モモちゃんに帰宅したことを知らせた。
これできっと、タイミングを見計らってシアの幻影を解いてくれるはずだ。
「セオ・・・・・なんで。」
あまり考えたくない理由に辿りつく。
それも仕方がないことだろう。
あれほど優秀な人が、今までずっと傍にいてくれただけで、感謝をしなくては。
それに、闇の竜のミッションが終わるまでは、きっと一緒に冒険できる。
「うん。仕方ない!!」
沈む気持ちを上げるように、明るい声で自分を励ました。
コンコンコン
その時、シアの部屋のドアをノックする音がした。
ドアを叩く強さ、タイミング、それだけで誰だかが分かってしまう。
「どうぞ。」
シアの返事に静かにドアを開いたのは、予想していた人物、セオだった。
どうやったのか、シアが帰ってからさほど時間が経っていないのに、着替えも済ませている。
「失礼します。」
ドアを開けたまま、部屋に入ってくる。
子どもの時からの世話係のようなものなので、セオとシアが二人でいても、結構屋敷の者達は見逃してくれる。
一応姿は外から見えるようにして、音声だけ遮断しているようだ。
「どうしたの?」
「今日、王宮にいらしてましたね。」
なんとなく、どうせバレている気がしていたけれど、やはりだ。
「どうしてバレたのかしら。」
「気配遮断もしないでついてこられては、イヤでも分かりますよ。」
「・・・・あー。最初はしてたんだけど。」
あの門でのゴタゴタで気配遮断のシールドを解いてしまった時のことだろう。
「・・・勝手に付いていって、ごめんね。誰にだって言いたくないことはあるよね。・・・理由は聞かないから。お父様たちはもう知っているみたいだし。」
「いいえ。そろそろバレるだろうと思っていました。隠している理由もくだらないものなので、それほど本気で隠していたわけではないのです。」
勝手に後をつけられたというのに、こんな時でもセオは優しい。
だからきっと、シアには中々言い出せなかったのだろう。
でも、セオがやりたいことがあるなら、応援したい。
それは偽らないシアの本心だった。
「・・・・そっか。真剣なんだね。」
「ええ。最初の頃はもっと酷くて、もっとボロボロで・・・。情けない姿を見せたくなくて。出来るだけ黙ってほしいと皆に頼んだら、思った以上に口が堅かったようで。」
「うん。」
「私は防御も攻撃も強くない。でも、守りたいものを、自分の力で守りたい・・・・のです。」
「うん。守りたいんだよね・・・・・・・・・・近衛騎士団に入って。アラン王子を。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イヤイヤイヤ、チガウ。」
何故か心なしかカタコト気味になるセオ。
「え、違うの?じゃあなんで近衛騎士団に混ざって訓練なんてしているの?」
「アアソレハタシカニ。」
セオが珍しく頭を抱えて声を絞り出す。
珍しくと言うか、初めて見た。
「あの!セオみたいに優秀な人が、伯爵家の執事なんてもったいないって、分かっているから!他にやりたいことがあったり、行きたいところがあれば・・・・。」
「行きませんよ、どこにも。やりたいことも、いたい場所も、ここにあります。」
頭を抱えていた腕の隙間から、少し上目遣いで見上げられてドキリとする。
「・・・そうなの?」
「はい。守りたいものも、ここにありますから。・・・シア様が、もう私などに用はないと、離れて良いと言われるまでは。私からどこかへ行くことなんて、ないです。」
「本当に?」
「はい。」
「そっか。」
シアの心の中に、暖かさがともる。
まるで鮮やかな花が咲いたかのような暖かさが。
―――――じゃあもう、離れて良いなんて、一生言わないわ。
そう思った。
――――おばあちゃんになっても、言ってやらないんだから。
「・・・・・・それにしても、一番の敵はアラン王子じゃなくて、シア様の鈍さだな。」
「なにか言った?」
「いいえ、何も。」
そうして、このちょっとした騒動の幕は閉じたのだった。