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mission 41 先祖返り

「・・・・・・・大変だわ。」


 マリウスがシア達に合図を送ってすぐ、まだ人魚の姫を休むように説得していた時。

 急に人魚の動きが止まった。



 マリウスも何か魔力の揺らぎのようなものを感じて感覚を研ぎ澄ます。

 何故か胸に不安感が襲ってくるような揺らぎだった。



「仲間が襲われているんだわ。・・・・まだ生き残っていたのね。」


 しかし姫は両手で耳を塞ぎ顔を伏せてしまう。


「私・・・何もできない。魔力も全然残ってなくて。・・・ううん。魔力が残ってたって、どうせ何も・・・。」


 ポタポタポタと涙がこぼれ落ちていく。

 こぼれた涙は美しい魔石へと変わっていった。

 人魚の涙はとても珍しい貴重な石だが、ただただ地面に落ちて石コロのように転がっていく。



 ふと、その背に暖かな手が添えられる。

 先ほどの人間の男の子の手だろうと、人魚は思ったが、顔を上げる気力はなかった。

 無力感が全身を覆って、打ちひしがれる。




「あなたはここにいて下さい。」




 一瞬聞き間違いかと思った。

 両手で耳を塞いだ隙間から、くぐもって聞こえたから。

 でもその言葉が聞こえた直後に離れていく背中のぬくもりに、聞き間違いではなかったことを知る。

 一体人間が何をする気なのか。


 ノロノロと顔を上げた人魚の目に飛び込んできたのは、上着だけを脱ぎ捨てて海に飛び込む少年の姿だった。














 マリウスは身体に沿うように張ったシールドで海水を防ぎながら海中を猛スピードで移動していく。


 先ほど感じた揺らぎの方へ。


 海中戦の練習もしておけば良かったか・・・・・。


 何もかもを一人が身に着ける事は不可能だが、水関係はマリウスの担当だろう。

 このミッションが終わったら、水中戦の特訓をしようと、心に決める。




「いた。」




 まだ大分遠いが、逃げ回っている人魚と追いかけているセイレーンが見えてくる。

 人魚はまだ小さい。少年のようだ。

 人魚とセイレーンは遠目には見分けがつかないほど似ているはずだが、セイレーンの方は明らかに異形ですぐに分かった。

 人魚と同じような大きさの魚の下半身なのに、ボコボコと肥大化した巨大な上半身がくっついている。



 きっと姫の言っていた特異な個体だろう。

 まだ仲間が誰も来ていないのに、いきなりかちあってしまった。



 まずは逃げる人魚の少年にシールドを張る。

 さすがに水中で遠隔で、他人の動きに会わせて移動するシールドを張る余裕などない。

 動かないシールドに閉じ込められた人魚はセイレーンに捕まったと勘違いしたのか、パニック状態で暴れまわっている。




 ――――――そういえば、あの人たちに初めて会った時は、こちらの動きに合わせていとも簡単に移動する高性能シールドが急に現れたんでしたっけ。


 マリウスは思い出して、クスリと笑った。

 あれは怪しかったなぁと。


 シア達には打ち解けた後にマリウス達の態度がすっごく印象悪かったと言われてしまったが、マリウス達からすればシア達の怪しさの方が相当なものだった。


 誰かに嵌められて魔物に取り囲まれている状態で見た事もない超強力高性能シールドに説明なしに囲われてみろ!



 アラン王子の言葉に、シアは「確かにそれは怖いわね・・・。」と深く納得していた。

 アラン王子は「べ、別に怖くねーよ!怪しいだけだ!!」などと言っていたが。



 誰にも頼れず、少しでも強くなろうとアランと二人だけで城を抜け出していた日々が、もう遠い昔の事のようだ。








 いきなり獲物がシールドに囲まれて怒り狂う異形の雄のセイレーン。


 その様子に気が付いた少年人魚は、少し冷静になったようで暴れるのを止めてキョロキョロと周囲の様子をうかがっている。

 良かった。暴れ続けたら傷が深まるところだった。




 セイレーンの注目をこちらに向けるために、水の球をセイレーンにブチ当てる。

 ちなみに攻撃力はほとんどない。

 ただの水に圧力を掛けて固めて勢いを付けてぶつけただけだ。


 水魔法の攻撃方法は限られている。


 あとはせいぜい、最近シアに教えてもらったウォーターカッターぐらいだが、まだ切れ味はそれほど良くない。




 ――――――キーン様。攻撃担当を置いて来たのは判断ミスかもしれませんよ。




『争いを止める』というミッションだったので防御中心のメンバーで来てしまった。

 まさかこんなに好戦的なものが相手だとは。




 マリウスの放った水の球に逆上したセイレーンがマリウスに気が付き、血走った目で向かってくる。

 本来セイレーンの顔も人間と同じ造りのはずだが、牙が生えて魔獣の特性が出ている。

 セイレーンとは元は魔獣だったという。先祖返りだろうか。






 ――――――相当強そうですね。ノアが来るまで時間を稼ぐしかないか。


 いざとなったら、経験値など諦めてギャビンとモモちゃんに助けてもらおう。




 いっそ呑気なまでにそんな事を考えていたが、実際の時間は一瞬だった。


 一瞬でマリウスの元に迫り来た先祖返りのセイレーンが、持っている巨大な銛のようなものを怒りに任せてシールドに突き刺す。



「な!!!」


 なんと一撃でシールドに穴が開く。


 例えS級相手でも1撃だけで破られるなどないのに・・・。

 いくら特異なセイレーンでも、S級ほどの実力はないだろう。


 先の尖った銛で、一点に力と魔力と集中しているからか!油断した。


 海水に呑まれ海水を飲み込んでしまう。

 次で仕留めるばかりに銛を振り上げるセイレーン。



 シールドを――――張り直さないと。



 急に海水にまかれて、マリウスの思考が一瞬固まってしまう。



 空気―――防御――――いや、空気、が―――――。







「坊や!!」



「ひ・・・め・・・・。」



 いつの間にか優しい空気の膜に包まれていることに気がついた。


 先ほどの人魚の姫だ。

 姫がマリウスに空気の膜を張ってくれたのだ。

 もう魔力もないだろうに。待っていてと言ったのに。




 ガキンッ!!!!!



「・・・・・・・・カハッ。ハアッ、ハアッ。」



 間一髪。冷静さを取り戻したマリウスの防御シールドが間に合った。

 今度は銛の動きを読んで、当たる場所だけを集中して強化している。



 ウガアアアアアァァァァ!!!!



 銛をはじき返されたセイレーンが逆上して吠える。



 ゆっくり呼吸をしている暇もない。



「・・・・姫。あちらの人魚を連れて、安全なところへ避難していてください。」

「いいえ、私も戦います。私も一応A級の精霊。いないよりはマシでしょう。全く関係のない種族であるあなた一人にお任せするわけにはいかないわ。」





「へっへっへ。人魚の姫じゃねーか。まだ逃げてなかったのか。どんくさくて助かったぜ。お前を食えば、俺はますます強くなれる!」



「おや、言葉を話せるのですか。」

 吠えるだけで言葉を話せないのかと思いかけていた。



 セイレーンが人魚の姫に気が付いて、舌なめずりをしている。





「小僧。お前もついでに喰ってやる。人間にしては上等だ。・・・俺の力の一部になれるんだ。喜べよ!!!!!!」




 ガンッ!  ガンッ!  ガンッ!




 連続で銛を繰り出してくるセイレーン。


 一撃一撃に魔力がこもっていて、重い。



 こうなってはもう逃げることも難しいだろう。





「・・・では姫。私から決して離れないで下さい。」

「ええ。」


 せめていつでも守れるように、マリウスは姫を引き寄せた。




「何をごちゃごちゃ言ってやがる!!」


 特に大きく振りかぶって銛を突き刺すセイレーン。

 その動きを見極めてシールドの一点だけを強化する。


 ガンッ!!


 弾かれる銛。


 渾身の力を込めていたのか、セイレーンが身体ごと弾き飛ばされる。



「・・・・・こんのクソ雑魚がああああぁぁぁぁ!!!!!!」


 逆上して向かってくる。





 その周囲を、海の水ではない水の球が覆う。


 マリウスの水魔法が生み出した水の球だ。


「ハッ、なんだこれ。セイレーンを水で囲ってどうしようっていうんだ。・・・う?」

「守ってばかりというのも大変なので、こちらからも少し攻撃しようと思いまして。」


 急に息苦しさを感じるセイレーン。

 マリウスが水の球に圧力を掛けて圧縮しているのだ。


「ぐうっがあ!!!」


 少しだけ苦しそうにしたセイレーンだったが、銛を振りかぶって、突き破ってしまう。



「こんのやろうーーーー!!!!」


 また向かってくるセイレーン。

 その目は血走り完全に我を失っている。







 すかさずもう一度水の球でセイレーンを覆うマリウス。

 時間稼ぎだ。



 ―――――きっともうすぐ、来てくれる。



「うっがあああぁぁ!!!」


 ガン!ガン!ガン!


 連続で銛を突くセイレーン。

 これでは破られるのは時間の問題だ。




「坊や・・・・マリウス。私と契約をしてください。」



 その様子を見ていた姫が、静かに言った。


「人魚と・・・・契約。聞いたことがない。出来るのですか。」

「人魚も元は精霊獣だもの。出来るわよ。・・・・・・・多分。」



 精霊獣が、この世界の海で長い年月棲みついて徐々に変化していったとされる人魚。




「人間界に長く居ついて、精霊らしさが失われてしまっている部分もあるけど。王族は比較的元の特長を残しているし、出来るわよ。契約できれば、あなたに力を与えられると思う。・・・・私と契約するの、いやかしら?」


「まさか。姫、あなたがよろしいのでしたら、お願いします。」



 その瞬間、人魚とマリウスの二人を光が包み込んだ。



「な、なにが起きたんだ。・・・・・・!?」






 先ほどと比べ物にならないほどの圧力がセイレーンを襲う。


「ふんっ。こんなものまた・・・ぐうぅがあぁぁ。」


 すぐにまた銛を突き刺そうとするセイレーン。


 しかし水の球の圧力が想像以上の強さで彼を包む。





 マリウスの魔力が増えたわけではない。

 人魚の姫にも魔力など残っていない。





 でもこれはどうだろう。


 水に包まれているのが心地よい。

 水と魔力が馴染んで、自由自在に水が操れる。

 力が水に染み込んでいくように伝わる。



 ―――――いける!





 セイレーンの表情から余裕が消えた。

 銛をつがえて、取り囲む水球がそれ以上小さくなることを防ぐ。


 まだ何とかなると思っている表情だった。


「ぐうぅぅ。」







 ガキンッ!!!

 バンッ!!!!!


 次の瞬間、銛が折れ、セイレーンごと水球が潰れた。


 一瞬の出来事だった。

 最後に目が合ったセイレーンは、何が起きたか理解しないまま圧し潰されたようだった。




「・・・・・・・・・勝った。」

「ああ、マリウス!!ありがとう!!」


 思わずマリウスに抱き着く人魚姫。


「これで仲間たちが救われる。ああ・・・・何とお礼を言って良いか。」

「ひ・・・姫、あの・・・・・。」


 事態もひっ迫していたので、これまであまり考えないようにしていたが、人魚の服はかなり露出が高い。

 というか胸以外は隠していない。

 婚姻前に肌を見せるなどありえない社交界で育った侯爵令息であるマリウスにはなかなかに刺激が強かった。



「や、やだ私ったら。嬉しくてつい。」

「・・・・いえ。」



「さ、先ほどの人魚はどこにいるのかしら。えーと、確かあちらの方に彼の気配が・・・。」


 さすがに気まずいのか、人魚の姫がごまかすように視線を周囲に走らせる。


 先ほど襲われて怪我をしていた人魚の少年は無事だろうか。


「いたわ。・・・あら、人間と一緒?」



「姫様―――!!ご無事で良かったです。」



 戦っている間も、どうやらマリウスのシールドは消えなかったらしい。先ほどの場所から動いていない。




 すっかり回復してピンピンしている少年が手を振っている。

 その様子から、とっくに保護されていたことがうかがえる。

 ・・・・・・一緒にいる人間たちに。





「・・・・・ノア、シア、セオ。いつからそこに?」

「えーっと。人魚姫がマリウスをシールドで助けたあたりから。」

 目線を泳がせるシア。


「ほー、大分前ですねぇ?」


 ほぼ戦いの最初からである。

 仲間がくるまでの時間稼ぎだと思って頑張っていたあの時にはもうここにいたことになる。



「お、お二人の邪魔かと思って。」

「邪魔どころか、助けに来てくれるのを今か今かと待っていましたよ?」

「え、そうなの!?大丈夫そうに見えたけど。」

「あの状況のどこが大丈夫なんですか。」

「え、表情が。まだまだ余裕だなって。」

「・・・シア?」



「ごめんマリウス。相手強そうだから手伝った方が良いんじゃないかって言ったんだけど。」

「・・・ノア?いくらシアが大丈夫そうだと言っても、状況を読んでくださいよ。」

「いやそれが・・・・・意外と余裕ありそうだなと。ゴメン。」

「そんなノアまで。」




「ふふふ、楽しそうね。良かったじゃない、私たちで倒せたのだし。」

 気が付けば、マリウス達のやり取りを、人魚の姫が優しい眼差しで見守っていた。

 その表情は出会った時よりも明るく、輝くばかりに美しい。


「ですが・・・・一度結んだ契約はどちらかが死ぬまで解除できません。」

「あら、イヤなの?私は嬉しいわよ。」

「いえ・・・・・・・・・あなたがよろしいのでしたら。光栄です、姫。」

「アーウィナ。私の名前はアーウィナよ。これからよろしくね、マリウス。」

「よろしくお願いします、アーウィナ。」

 見つめ合い、幸せそうに微笑む二人。


「・・・・・・ところでなぜあなたたちはそんなに離れていくんでしょうね?」





 マリウスと人魚の姫が話していると、なぜかシアのシールドでジリジリと離れていく人たち。

 人魚の少年までがシアのシールドの方に移って二人から距離をとっている。


「お二人のお邪魔かなって。」

「だから何ですかそれは!」






 失った者達は帰ってこない。


 でも人の子が、何も関係もない人魚たちの為にあんなに必死になって戦ってくれた。


 あの先祖返りのセイレーンがいなくなったと分かれば、魔力の溢れる居心地の良いこの入り江に、逃げた人魚たちもすぐに戻ってくるだろう。

 今は襲われて荒れ果ててしまっているけれど、大好きな入り江が、きっと遠くない将来戻ってくる。


 嬉しい。

 今アーウィナの胸に溢れている感情は、喜びだった。








 *****








 人魚たちと別れを告げるアーウィナ。

 見送る人魚の数は少ない。

 父王と弟王子の姿もまだない。



 しかし、遠くの方に、大勢の。


 なんと大勢のセイレーンたちが集まってアーウィナに手を振っているではないか。


 喧嘩ばかりだがなんだかんだ仲良く共生していると言うのは本当のようだ。

 セイレーン達も、あの凶暴なセイレーンに困っていたのだろう。



「よろしいのですかアーウィナ。私と一緒に来ても。仲間と離れ離れに。」

「良いのよ。人間の一生なんて私たちには一瞬ですもの。お散歩に行くようなものよ。それよりもマリウスと一緒に、色々な世界を見に行きたいわ。」

「・・・そうですね。行きましょう、一緒に。」


 魔力で人間の姿に変身したアーウィナはどこからどうみても絶世の美人だ。

 神々しいまでの美しさ。


 グリフォンに一緒に乗る二人。


「すごい。グリフォンだなんて。あっちはフェンリル。・・・・ごめんね、マリウス。私、空も飛べないし、お役に立てるかどうか。」

「この二頭が異常なのですよ。水魔法の使い手があなたのような方と契約できるなんて、私は世界一の幸せ者です。」














 一方モモちゃんに乗っているシアとセオは。


「うーん、マリウスの精霊獣って人魚姫だったかしら。」

「違ったんですか?」

「知らないわ。・・・でもあの様子だと、主人公が別の攻略者を選んだ時のパートナーという可能性も??」


 モモちゃんの上で楽しくマリウス達の様子をうかがったりしていた。






 そしてノアはというと、ギャビンを操りながら、ひたすら無言で空気に徹していたのだった。

(途中から普通に会話に入った。)





そろそろマリウスを活躍させたくて。

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[良い点] 空気を読むのもほどほどに!結果的には手出ししなくても良かったけれども
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