mission 38 幸せの思い出
「あ・・・・・あなたモモちゃん?」
『ええシア。やっとお話出来るわね。』
そこにいたのは、シアの何倍も大きな・・・・グリフォンであるギャビンよりも大きな、
キツネの様な、狼の様な、見事な毛並みの精霊獣。
「・・・フェンリルか。フェンリルとグリフォンの両方を相手にするのは、ちょっとやっかいかな。まあなんとかなるか。」
「逃げるわよ!!!!!」
頭で状況を判断した訳ではなかった。
正直言ってシアは全く何も考えていなかった。
ただモモちゃんに乗れば逃げられそう。
そう思っただけだった。
それだけで声を張り上げた。
シアが叫ぶと同時に、打ち合わせしていたかのように素早く、ギャビンとモモちゃんの二手に分かれて全員が乗り込む。
ほぼ同時に全員が。
その声はセオやマリウスが状況を判断するよりも早かった。
ギャビンとモモちゃんに四人ずつ乗れそうだとか。
魔人がこの世界にいられるのは『この辺りだけ』と言っていたこととか。
そんなことを考えたわけではなかった。
一刻も早くこの場を逃れたいだけだった。
「・・・・あーあ、本当にしぶとい。必死すぎて愛おしくすらなる。やりにくいな。」
全力で飛ぶモモちゃんの首に必死にしがみつきながら。
状況的に聞こえるはずのないそんなつぶやきが聞こえたような気がした。
*****
かつて世界には妖精界、魔界、人間界と。そしてそれらの世界の者達が不思議と流れ着く混とんとした世界があった。
黒い魔力がはびこる時、その世界には魔獣と魔人が溢れ、自然の魔力が満ちる時、妖精と精霊獣が自由に遊びに来ていた。
人間は、自然の魔力が満ちている場所でだけ生きる事ができ、黒い魔力が蔓延る時期はその数を大幅に減らした。
そんなある日のこと、小さな竜の精霊獣が、その不思議な世界に流れ着いた。
まだ小さな小さな幼竜は、妖精界から狭間に落ちて、一匹だけで世界をさ迷っていた。
幼竜は寂しくて寂しくて何日も泣き続けた。
「どうしたの?おチビちゃん。」
それは人間の声だった。
人間には珍しい、光の魔力に溢れた男の子だった。
幼い竜は男の子の家に連れて行かれた。
一緒に寝て、一緒に遊んで、食べなくても大丈夫だけど美味しいご飯も一緒に食べた。
幼い竜は、少年とその家族が大好きだった。
名前を付けてもらって、いつも一緒に行動する。
そんな楽しい生活にも慣れてきたある日のこと、少年の住む村に黒い魔力が忍び寄ってきた。
慌てて逃げようとする人間たち。
どうやら人間は、黒い魔力に触れたら生きていけない生き物らしい。
竜はこの村が好きだった。
だから黒い魔力を吸い込んであげた。
すると少年はとってもとっても喜んでくれた。
少年は成長し、青年となった。
青年となって村の娘と結婚し、子どもも生まれた。
竜は少年の子ども達と、かつてのように一緒に遊んだ。
瞬きするほどの間に、その子ども達も大きくなった。
何人かは仕事の為、結婚するためにと村を出て行く。
竜は子ども達が住んでいるはずの場所の黒い魔力も吸い込んであげた。
吸い込み続けた。
子ども達がまた子供を産んで、その子供たちもまた、各地へ広がっていく。
竜はもう、世界中の黒い魔力を全部吸い込んでしまった。
するとちょっとだけ、お腹が痛くなった気がする。
吸い込みすぎたのだろうか。
「どうしたんだい?〇〇〇〇。こっちへおいで。」
ベッドに寝そべる少年。―――元少年だった老人が、幼い竜の形をとった竜を手招きした。
竜はちょっとくすぐったい気分で、幼いころと同じように、一緒のベッドに寝そべった。
「お腹が痛いのかい?」
『黒いのを吸い込みすぎたかもしれない。』
「そうか。」
そういうと元少年は、竜のお腹に手をかざした。
暖かく優しい光がお腹を包み込む。
あっと言う間に痛さが消えてなくなった。
「良かった。私には世界中の黒い魔力を浄化するのは無理でも、黒い魔力を吸収した君を、浄化する事なら出来るみたいだ。」
竜は嬉しくなって、元少年に体をこすり付けた。
今まで元少年が、黒い魔力にあてられた人々を浄化してあげているのは知っていたが、竜には今までその必要がなかった。
だから浄化してもらったのはこの時が初めてだった。
『良かった。〇〇がいるなら、私はずっとずっと世界中の黒い魔力を吸い続けることができる!』
「・・・・・・・・そうだね。〇〇〇〇。」
これは闇の竜の、泣きたくなるほど幸せだったころの思い出。