mission 36 人型
そういうわけで、オリハルコンを採りに皆でイーストランド領へ行くことが決まった。
もちろん忙しい王子やら近衛騎士団副団長やらが4日も5日も予定を合わせて旅に行くには年単位の調整が必要となるだろう。
やはり今回もギャビンやソフィアに乗って日帰りで行くしかない。
ギャビンに四人。ソフィアに二人が乗れる。
オリハルコン採掘希望者はノアにアラン王子、マリウス、ウェスリー様にレン。ルーカスにセオにそしてシア。
「どう考えても二人分足りないわ・・・。」
妖精の花の時は余裕の構えで遠慮してくれたルーカスとマリウスも今回は行く気満々だ。
やっぱりオリハルコンの魅力に、男子は逆らえないものらしい。
「近衛騎士団のペガサスが使えるんじゃないか。」
「近衛騎士団のペガサス!?」
アラン王子の提案に驚くシア。
「正式に個人と契約してないけどな。近衛騎士団は緊急事態に備えて何頭かペガサスを飼っている。豊富な餌と居心地の良い住処を用意して、たまに必要な時協力してくれるように頼むんだ。実は俺のソフィアも、その中の一頭に気に入られて契約した。」
聞けば王都の一等地に、広大なペガサス用の居心地の良い牧場があるらしい。
そしてペガサスが好む希少な宝石や薬草、果実など各種山盛り取り揃えて、『いつでも食べて下さい!だからたまには協力してね。』・・・としているらしい。
「そこまでしなくても、誰か契約できる騎士がいないものなんですか。」
「ペガサスは好みにうるさいんだ。」
なぜかドヤ顔のアラン王子。
俺は契約できたけどな!という声が聞こえてくるようだ。
「じゃあさすがのウェスリー様でも、ペガサスとは中々契約できないのですね。」
「いや、ウェスリーの場合は・・・。」
シアの素朴な疑問に、なんだか急に歯切れの悪くなるアラン王子。
え、なになに?何かあるの?
「ウェスリー殿の場合は、逆にペガサスたちに人気すぎて。今牧場に通ってくるペガサスのほとんどがウェスリー様目当てらしいですよ。特定の一頭と契約してしまったら、他のペガサスたちが牧場に来なくなる恐れがあるから、おいそれと契約できないのだとか。」
あら。ウェスリー様ったらペガサスにまで大人気なのね。
そうして、オリハルコンを採りに行く旅は次の週には決行されることとなった。
驚きの行動力。
男子たちのオリハルコンへの憧れがどれだけのものか分かるというものだ。
「ウェスリー様。こんなに急によく予定を合わせられましたね。」
「近衛騎士団のシフトは誰が決めていると思う?」
シアが尋ねると、女性に塩対応と有名なウェスリーにしては珍しくニコリと笑う。
ん?ニコリというよりもニヤリかな。
連れてきてくれた騎士団のペガサスは、選ばれたことが嬉しいのか先ほどからウェスリーにスリスリと顔を摺り寄せている。
さて、誰がどれに乗るかだけど・・・・・。
アラン王子のソフィアには、マリウスが既に自分の荷物を載せている。
いつも二人で冒険していたのだから当然だろう。
慣れているのか言葉もなく流れるように二人で協力しながら準備を進めている。
アラン王子、これで人間不信とは笑わせてくれる。
―――メチャクチャ信頼してるじゃない。
あそこはあの二人で問題なさそうだ。
そうするとシアとノア、ルーカス、セオの四人でグリフォンに乗りたいところだけど。
「(ウェスリー様って、レンが暗殺者なこと知らないのよね。)」
「(そうだね。ウェスリー様が襲われることはないと思うけど。あっても遅れをとるような方じゃないし。)」
「(それより問題なのは、途中でレンの言動などから暗殺者だとウェスリー氏にバレた時じゃないですか?なにせ一行に王子がいるのですから、守るために即斬捨てられてもおかしくない。)」
「(・・・・・・・・・・・・・・・・・。)」
それは良くない。
確かにレンは暗殺者だけど、捕らえられて洗脳されて仕方なくやっているのだし。
出来れば洗脳を解いて仲間になりたい。
これは早めにウェスリーに説明をしておく必要がありそうだ。
折を見て転生の事や闇の竜の事なども話して是非仲間に加えたい。
相談の結果、グリフォンにノア、シア、ルーカス、レンが乗り、ウェスリー様のペガサスにセオが乗せてもらうこととで落ち着いた。
風よけという事にしてシアが強力シールドを張る。
これでも本当にレンが襲ってきたとしても、ルーカスがいれば余裕で返り討ちにして捕らえられる。
ルーカスの後ろ、最後尾にレンが乗ってルーカスに捕まると同時に、グリフォンが立ち上がる。
そろそろ出発だ。
「・・・・・・・お前。」
「ん?どうしたのルーカス。」
「いえ。」
レンが乗り込んだ時、ルーカスが何かを呟いた気がしたけれど、気のせいだろうか。
何度乗っても飽きない雲の上の旅を楽しみながら、シアは後ろのルーカスがなぜかチラチラと最後尾のレンを気にしているような、そんな気がした。
小休憩を挟んでもお昼前には見慣れた伯爵領に到着する。
オリハルコンの埋まる山の麓の開けた場所を選んで三頭が降り立った。
オリハルコンのある山中には木々が生い茂っていて大きな精霊獣では着地できそうにない。
ここからは歩きだ。
*****
パクッ。モグモグモグ。ゴックン。
「え、モモちゃん!?今何食べたの??」
一緒に山道を歩いていると、モモちゃんが急に何かを咥えてモグモグしている。
ただの石を食べたように見えたのだけど気のせいだろうか。
キュイッ!!
モモちゃんが返事をしてくれる。
契約精霊獣の気持ちはある程度読み取れるけど、流石に固有名詞までは伝わってこない。
『鉱石だって。』
代わりに鷲の姿をとったギャビンが通訳してくれる。
小さく変身できないペガサスたちは、帰りまで山の麓で自由にしていてもらっている。
「鉱石?た、食べちゃって大丈夫?」
嬉しそうにモグモグするモモちゃん。
『だいじょうぶ。鉱石好き。ここの美味しい。魔力いっぱい。』
ギャビンもその辺の石をパクリと頬張ると、ボリボリ美味しそうに嚙み砕いている。
「一部の精霊獣は魔力の籠った宝石や鉱石を好んで食べるな。ここら辺の石は魔力を帯びやすいらしい。さすがにオリハルコンが埋まっている地の近くなだけある。」
ウェスリー様はそういうと、騎士団のペガサスたちにお土産だと、石を数個拾っている。
ヒョイパク。ヒョイパク。
それにしてもモモちゃんが、そこら辺に落ちている石全てを食べる勢いでどんどん食べてしまう。
先にウェスリー様が拾ってしまった鉱石の事を恨めしそうに見つめるくらいだ。
「モモちゃんはここの石が気に入ったんだね。」
小さいモモちゃんの身体のどこにこれだけの量の鉱石が入っていくのだろうか。
モモちゃんは山を歩いている間中、石を拾ってはモグモグし続けていた。
*****
「着いたー。」
オリハルコンの埋まっている地に到着する。
近くまでギャビン達に乗ってきたとはいえ、歩きだけで2時間近く掛かってしまった。
途中でウェスリー様が一番(見た目)体力がなさそうなシアに「休憩しなくて大丈夫か?」と聞いてきたけど、ミッションをクリアすれば自然に体力も付いていくのでこれぐらいは問題ない。
「ここが?何の変哲もない場所に見えるけど。・・・・でも。」
地質が固すぎるのだろう。
植物や木が生えられないぽっかりと少しだけ開けた場所がそこだった。
怪しいオジサンに教えてもらった座標。
正に宝の山が眠る場所。
忘れようもない。
「すごい・・・・色んな魔力が溜まっているね。」
そう。
一見ただの山の一部。
ただのちょっと植物の生えない岩場というだけに見える。
でもそこに渦巻く魔力の塊を全員が感じ取っているようだ。
悪い種類のものではない。
セオが地面に手を付き、魔力を流して探る。
「・・・・・あった。」
そう言ったかと思うと、地面がボコボコと変形して割れる。
その隙間からこぶし大の鈍く光る金属が飛び出してきた。
「そこまで量は多くないし、あちこちに散らばっていますけど。時間を掛けて集めれば人数分の武器にはなりそうですね。」
「そうなんだ。鉱脈っていえば、もっと大量にあるのかと思った。」
「それでも今までの歴史で存在が確認されている全てのオリハルコンの量以上のオリハルコンが埋まっています。」
やっぱり伝説の武器は伊達ではないらしい。
「・・・採掘の道具はいらないと聞いていたが、こういうことか。」
ウェスリー様が驚いたような感心したような表情でセオを見ている。
「君のような優秀な土魔法使いが、なぜ無名でいるんだ。王宮の魔術師にだってなれるだろう。・・・いや、王宮の魔術師など比較にもならない。」
「いえ、私などまだまだです。シア様達のおかげでここまでこれましたから。」
あ、そうなんだ。
ずっと一緒にいたから気が付かなかったけど、セオはもうそんなに強くなっていたのか。
当然のように、これからも一緒にいてくれるような気がしていたけど、もう王宮にだって勤められる。
いや、それどころか一人でなんでも出来るだろう。
大金持ちにだってなれるし英雄にもなれる。
ルーカスも。
唐突にそのことに気が付いて、少しだけ胸がズキリと痛んだシアだった。
「取り合えず、先にお昼を食べちゃいましょう。さすがにお腹が空いたわ。」
早朝からずっと移動してきて、さすがに疲れてきた。
オリハルコンの採掘は、昼食休憩の後が良いだろう。
実はもう、このお昼にでも、ウェスリーとレンに転生の話をしてしまおうということになっていた。
オリハルコンを持ち運ぶのにもシアのアイテムボックスの説明をしたい。
秘密にしたままでは一緒に冒険するのも一苦労だ。
キュイーッ!!
セオの持つオリハルコンを食べたそうに鳴くモモちゃん。
「モモちゃん、ゴメンね。これはオリハルコンといって、とっても貴重な鉱石なんだよ。世界中探しても、剣2、3本分くらいしかないんだから。」
そういってシアがいさめるけど、諦めがたそうにキューンと寂しそうな顔をする。
ウルウルお目目が可哀そうで可愛い。
そんなに鉱石が好きだとは、今まで知らなかった。
「今度、魔力を帯びた鉱石いっぱいあげるから。この山にもいっぱい落ちてるし。」
『食べさせないの?』
ギャビンが不思議そうにしている。
「これは本当に珍しくて数が少ない鉱石なんだ。オヤツにするには貴重すぎるんだよ。」
ノアがギャビンに優しく説明している。
『オヤツ??違うよノア。オヤツじゃなくて。モモちゃんがこれを食べたら・・・・。』
「・・・・・・・・・・・・!!!!?」
ギャビンが何かを言いかけたその時。
お昼にしようと敷物に座りかけていた全員が立ち上がり、警戒態勢をとる。
シアもマリウスも、反射的に5枚くらいシールドを張ってしまった。
その5枚のシールド越しでも伝わってきてしまうような気がする。
それほど強力な。
黒い、魔力。
本能的なものだろう。
肌がビリビリ粟立つ。
この魔力は一体どこから。
ここは東の辺境伯領。
闇の竜のいるところ。
もしかして、闇の竜が吸い込み切れなかった黒い魔力がまた漏れ出ている?
いいえ、この魔力はそれどころではない。
もっと濃度が高い。
例えば、もの凄く強い、人間が敵うはずがない魔獣がすぐそこにいるような。
―――それだ。
その黒い魔力が、こちらに徐々に近づいてくる。
移動しているんだ。
こんなに強力な魔獣など、見た事も聞いたこともないけれど。
S級の精霊獣がいるのだったら、S級の魔獣が存在してもおかしくはない。
「S級・・・ううん。それ以上の魔獣。・・・かも。」
「・・・・・・ああ。」
皆その可能性に思い至っていたのだろう。
シアのつぶやきに、アラン王子だけが言葉少なく返した。
他の者達はいつ現れるか分からないそれに集中して警戒している。
逃げるにも逃げようがない。
どこに逃げれば良いと言うのだ。
冷静に見て、カトレア王国の最高の戦力がここに揃っている。
このメンバーで敵わなければどうしようもないだろう。
でも敵う気がしない。
――――――くる。
「ああ、いた。すごいな君たち。本当に人間か?」
木々の合間を縫って現れたのはなんと、人だった。
『人型』だった。
――――魔人だ。
神話と呼ばれるような古い物語にはよく出てくる。
実在するだろうと言う研究者もいる。
でも会ったという人間はいない。
本当に存在したのか。
「火、水、闇、光、土、風・・・全部揃っている。やっかいだな。せっかく僕の長年の願いがもう少しで叶いそうなのに。」
まるでただの穏やかな好青年のような外見。
吸い込まれるそうになる壮絶に美しい黄金の目だけが、人間離れしている。
そしてもの凄い威圧感。
服はその辺の貴族のものとあまり変わらない。
魔力のない者には、もしかしたらただの青年に見えるかもしれない。
「どんどん強くなっていきそうだし、邪魔だな。今のうちに、潰しておくか。」
ギャビンがノアを―――皆を守るように一番前に出る。
この中で一番強いのはギャビンだ。
ペガサスたちがこの場にいなくて良かった。
シアは意外と冷静にそんなことを考えていた。