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アラン王子の胸の裡①

 物心ついた頃から、安心できる居場所はなかった。

 王宮の中では常に気を抜けない。

 優しくて大好きだった侍女が消えたと思ったら、毒を持ち込んでいた事が判明して処刑されたせいだった。


 ――――そんな事が何度もあった。


『アラン王子、私がお守りします。ご安心ください。』

 何年も何年も掛けて少しずつ警戒心を解いたところで、背中から襲われた事もある。



 一緒に育った学友の一人に内緒だと言って話した事が、次の日には社交界中が知っていた事もある。

 そうやって、一人、また一人と信頼できる者が周囲から欠けていった。




 宰相の息子であるマリウスはそれこそ赤ちゃんの時から一緒に遊ばされていたらしい。


「お前はいつになったら尻尾を見せるんだ?」

 そう聞くと。

「さあ。完全に警戒が解かれたと思ったら寝首を掻くので油断しないで下さいね。」

 などと言うので気が抜けない。

 第一コイツは笑顔が胡散臭すぎるんだ。

 気が抜けないまま結局13年も一緒に行動している。



 これが俺の普通だった。



 俺の火の魔力量はかなり多く、攻撃魔法が得意なようだった。

 その攻撃魔法を磨いて俺自身が誰よりも強くなることが、いつか安心する場所を作れる唯一の手段な気がした。


 どの派閥の誰にも知られずに攻撃魔法を打ちまくりたい。


 シールド係も必要なので、仕方なくマリウスを魔獣狩りに誘うと止めることなくアッサリと付いて来る。


 コイツは水魔法が得意。

 防御でコイツ以上の腕前のヤツを見たことがない。

 しかも水魔法は髪や瞳の色も変えられてとても便利だ。


 そうして隙を見ては二人で王宮を抜け出して、魔獣の縄張りへ出かけていた。




 いつから誰にその事がバレていたのかは分からない。

 念には念を入れて気を付けて抜け出していたのに、ある日、俺とマリウスは夥しい数の魔獣の集団に囲まれていた。




 攻撃魔法を打って打って打ちまくって、どれだけ蹴散らしても次々と集まってくる魔獣たち。

 この草原は、最近魔獣が増えすぎなため、騎士団による大規模討伐がされたはずだった。

 しかしこの様子から、とても大規模討伐後とは思えない。


「やられたな。俺たちが今日ここに来ることを読まれていたみたいだ。」

「大規模討伐のスケジュールがズラされたことが、意図的に隠されていたのでしょうね。」


 冷静にシールドを維持しながら、マリウスは珍しく大量の汗をかいていた。

 事態の深刻さが伝わってくる。


「これはお前の計画なんじゃないのか?今なら俺の首を取れるぞ。」

「私の計画なら私は助かるだろうから良いんですけどね。残念ながらどうやら別口です。」


 そんな減らず口を叩いているが、もう分かっている。

 こいつは―――――――マリウスだけは、裏切るはずがないと、俺はとっくに信じていた。

 人を信じるのが怖くて、信じていないフリをしているだけだ。

 その証拠に、こんな状況になってもマリウスを疑う気は起きなかった。




「何とかなると思うか?」

「このままジリジリと縄張りの外れまで移動するしかないですね。」


 マリウスは何とかなるとは言わなかった。

 こいつのシールドは高性能なため、マリウスが移動すると同時に移動させることも可能だ。

 しかし、流石に魔獣を弾きながら移動するなんて芸当は出来ない。

 俺が攻撃魔法で進行方向の魔獣を蹴散らしながら、少しずつ移動する。


 ―――――近いはずの縄張りの外れまでの距離が、気が遠くなるほど離れて感じた。



 ドオォォォン!ドオォォォン!ドオォォォン!


 攻撃を打って打って打ちまくる。

 前方の魔獣を薙ぎ払わないと進めないのだから、連発するしかない。


 魔力が底をつくのが先か、縄張りの外れにつくのが先か。



 マリウスは冷静に、慎重にシールドを維持している。

 これだけの魔獣に囲まれて、動揺してシールドを弱めた瞬間俺たちは終わるだろう。

 この強度での連続使用。

 こいつの魔力の底もいよいよ心配だった。




「別れの挨拶とかしておいた方が良いんだろうか。」

 思わずポロリと言葉がこぼれた。

「あ、しときます?」

 マリウスのいつもの胡散臭い笑顔が健在だ。


「いや、まだ大丈夫そうだ。」


 こいつがこんな顔して笑っているうちは。


 まだ、大丈夫だろ。な?





 その時、マリウスのシールドの外側に、突然誰か別のヤツのシールドが重ね掛けされた。

「・・・これは!?」


 その瞬間から、あれだけ群がっていた魔獣の攻撃が明らかに緩む。

 ものすごく安定した強固なシールドだ。――――分かる。



 不覚にも安心しかけてしまう心を奮い立たせようとした瞬間。



 まずは光が魔獣を薙ぎ払う。


 ―――――――バアァァァンン!!!!


 一瞬遅れての爆音。


 とんでもない攻撃魔法だった。



「・・・いやあ。ものすごい攻撃魔法ですね。こんなの今まで見た事ない。」


 クッソ。マリウスお前ワザと言っているな?

 悔しいが、俺の攻撃魔法よりも数段上だった。


「このシールドも、見た事ないほど高性能だな。」

 お返しに言ってやるが、マリウスは呑気に「そうですねー、どうやら魔獣たちは私たちを見失っているような状態です。どうやっているんだろう。」などと感心している。



 バアァンン!バアァンン!バアァンン!


 超強力攻撃魔法が連発され、一頭一頭がそれなりの強さのはずの魔獣たちが面白いように吹っ飛んでいく。

 魔力量の節約とか、一切考えてないだろコレ。


 こんだけ差があるといっそ笑える。


「・・・警戒したくても、何もしようがないな。」

「そうですねぇ。こんな高性能シールドと強力攻撃魔法の使い手。手も足も出ませんからね。」


 この魔法の使い手が敵だか味方だか分からないが、俺たちに出来る事はなにもない。

 敵だったら100%死ぬ。それだけだ。



「でもわざわざ死にかけているのを助けてから殺すか?」

「あ、やっぱりちょっと諦めかけてましたね?私はまだいけると思っていたんですけど。」

「・・・・マジかよ。」


 あの状況で諦めてないって、メンタル鋼で出来てるのかコイツ。

 ――――――知ってたわ。




 シュパッ!  ザシュッ!  ザシュッ!



 粗方魔獣の塊をぶっ飛ばしたと思ったら、お次は超精密な風の刃の個別攻撃が、残りの魔獣を襲った。

 複数の動く的に対して、別々の動きを見せる風。

 念入りに一頭ずつ駆除していく。


「ははははーーーー何だこれ。芸術かよ。うちの偉そうな魔術師どもに見せてやりたいわ。」

「・・・素晴らしい精度ですね。」


 さすがのマリウスもいつもの笑顔が引っ込んで素になっている。


 もう大人しく、魔獣が一掃されていくのを特等席で見ているしかなかった。


 動く魔獣が完全にいなくなった頃、ようやく魔法の使い手である冒険者たちが姿を現した。

 四人組だ。

 少なくとも3種類・・・いや4か?の系統の魔法を使用していたので、人数は予想の範囲内である。



 俺たち二人を囲んでいた高性能シールドが、事も無げにグワーンと広がって安全地帯が出来る。


『おい、これお前できるか?』

『無理っすね。』

 小声でマリウスに聞くと、もう完全に素で面倒くさそうに答えてくる。

 数年に一度見かけるかどうかの塩対応マリウス。

 お前、俺が王子な事忘れてないか?


 まあさすがにこの状況では素も出るというものか。



 四人組は、どこにでもいそうな冒険者の見た目をしていた。


 ずかずかとシールドの中に入り込んでくる。

 ・・・・まあコイツらが張ったシールドだろうから文句は言えない。



「・・・・・・・・・・・・・・。」


 何も言わない冒険者たち。

 何か言えよ!怖えわ!




「・・・助かりました。ありがとうございます。」

「大変でしたね。こんなに魔獣が集まるなんて、何があったんだろう。」


 仕方なくだろう礼を言ったマリウスに答えた声は、意外にも少女の物。

 興味本位に顔を覗き込めば、フワフワの茶髪をキュッと結んだ、社交界でもちょっとお目にかかれないような可愛い女の子だった。

 髪を飾っているのは丁寧にカッティングされた見事な水の魔石。

 魔石はお守りだ。

 この子は誰かにものすごく大事にされているな、と思った。



 現金だが少しだけ気分が浮上する。

 俺は人間不信だが、普通に可愛い女の子を可愛いとは思うんだ。


 それにしてもこの顔、どこかで見たことがある気がする。

 何となく見慣れているような――――。



 でもまあこんな胡散臭いやつらとは一刻も早く離れたい。

 礼は言うがここで失礼すると言うと、拍子抜けするくらいあっさりと了承された。


 何か礼になるものを・・・と、荷物を探す。

 しまったな、今はただの冒険者に扮しているので高級な装飾品などがない。

 金も殆ど持ち歩いていない。


 二度と会う事もないだろうから、後で渡す訳にもいかない。


 いつもその辺にゴロゴロ転がっている宝石の一つくらい、何か身に付けていないものか――――――――。

 服の上からパタパタと手で触って何かないかと探していた時。


 いつも身に着けているせいで、身に着けている事を完全に忘れていたペンダントに手が触れた。


 王家に代々伝わる国宝のうちの1つ。


 常に身に着けておいて、何か緊急の時、これさえあれば身分を証明出来る。

 売り払っても相当な値段になって食うに困らない。

 そういう類の物だった。


「礼はこれで良いか?」

 と差し出すと。

「はい。」

 とあっさり手を出してきた。


 思わずウッと引いてしまう。

 引いた自分にビックリした。

 心のどこかで「こんな高価そうな物いただけません」とか言われる事を期待していたようだ。

 ダサすぎる。


 隣のマリウスもらしくなく焦っているようだ。

 子どもの頃から一緒なので、これが俺がいつも肌身離さず身に着けている国宝級のペンダントである事を知っているんだろう。


 思い切ってペンダントを渡すと、未練を断ち切るように俺達はすぐに縄張りから抜け出す最短距離の道を歩き始めた。



「・・・良いんですか。国宝をどこの誰か分からない娘にあげて。あの子の行動の責任はこれから全てアラン様が負うと約束したようなものですよ。結婚の約束をしたと迫られても断れるかどうか。」

「どうせ本当の価値なんか分かんねーだろ。一介の冒険者に。」


 そんな事を話しながら足早に進んでいく。


 しかし気に障るのが、あいつらが張ったシールドが、どこまでも俺たちを囲んで付いて来ることだ。

 落ち着かないにもほどがある。



「おい!このシールド外せ!シールド位自分たちで張れる!!」


 まださっきの場所から動いていない奴らに大声で伝える。

「はいはい分かりましたよー!」


 大声で返事をしたのは先ほどの女の子だった。

 ・・・まさかこの高性能シールドを張っていたのはあの女の子だったのか?


 そんな事を考えていたら、マリウスが見た事もない青ざめた顔でこちらを見ている事に気が付いた。


「・・・・・・・何てこと言ってくれるんですかアンタ。」

「いや、アンタってお前・・・。」


「せっかく!無料で!高性能シールド張ってくれていたのに!ちょっと謝ってもう一度張ってもらうように頼んできてくださいよ。」

「出来るか!」


「イヤ本当・・・これ大丈夫かな。せめて走りますよ!何やってんですか信じられない!」



 かくして俺たちは、全力ダッシュで魔獣の縄張りを抜けようと頑張ってはみたものの、すぐにまた大量の魔獣に囲まれて、間抜けにもさっきの奴らに再度救出される羽目になったのだった。





 新学年に進級した学園で。

 新入生の入学式で在校生の挨拶をしていたら、並んだ新入生の中にあの冒険者の女の子の顔を見つけて驚くのはそれから一か月後の話。


 どっかで見た事ある顔だと思っていたが、クラスメイトのノア・イーストランドと全く同じ顔だった。

 しかも違うクラスだが同学年のルーカスまであの場にいたらしい。

 コイツは髪の色も変えていなければ隠れもしていなかったのに、気が付かなかったのはどうかしていた。やっぱり動揺していたんだろう。


 なるほど、ルーカスは学年一の攻撃魔法の使い手だった。



 マリウスに「あの子たちを絶対に味方に取り込め」と言われて、嫌々ながら呼びつけると、相手の方が更に思いっきり嫌そうで笑ってしまった。


 本心を隠してすり寄ってくるものは後を絶たないが、こっちが必死ですり寄って嫌がられるのは初めてだった。







「今日はノア達は授業の片付け当番で遅くなるぞ。」

 奴らのお気に入りの昼食場所は、晴れていたら気持ちのいいカフェテラスだ。

 奴らのというか、奴らの「お姫様」のお気に入りだろう。


 お姫様はノア達がいないのに先に待ち合わせの席に座っている俺たちを見て、面白いほど顔を歪めて不機嫌さを隠さない。

 隠せよ、俺王子様だぞ?



「いえ・・・ちょっと・・・たまには他の女の子達と食べたりしてくださいよ。私どんだけ他の女生徒達に睨まれていると思っているんですか。」

「全く問題なさそうに見えるが?」



 そう。実はこのシア・イーストランドだけ王子の俺と宰相令息のマリウスと、ついでにノアとルーカスで取り囲んでチヤホヤ(?)していたら、女生徒の反感を買うのではないかと、マリウスも最初の頃心配していた。


 しかしこいつはちゃっかりクラスの公爵令嬢と仲良くなったり本当に権力のある上級生に可愛がられたり、実にうまい事やっているのだ。



「アラン様とも、シアが本当に困っているようだったら、もっと目立たない接触方法に変えるなり、他の女生徒と交流する機会を増やすなりした方が良いかと相談していたんですけどねぇ。シアが全然平気そうなので問題ないという事になりました。」

「え!そうなんですか!?」


 しまった~うまくやりすぎた~などと悔しそうに唸るシア・イーストランド。


 マリウスはいつもの胡散臭い笑いを引っ込めたイジワルな顔で、メチャクチャ楽しそうにからかっている。


 ノアとルーカスが遠くからこちらに向かってくるのが見えた。

 シアが嬉しそうにそちらへ向かって手を振っている。




「・・・アラン様、シア達にはあんまり警戒していませんね。」

「警戒しようがなくないか?強すぎて。コイツ等が敵だったら、こっちが警戒しようがしまいが終わりだろ。」

「それは確かにそうですね。」



 マリウスのいつも張り付けていた笑顔はこいつなりの鎧だったのだろう。

 誰にでも人当たりが良いけれど、誰にも本心を見せない。

 それもシア達の実力の前には何の意味をなさない。


「アラン様はいつも一人で誰にも気を許せない様子だったので、どんな形であれ誰かと楽しそうに一緒にいられるようになったのは、見ていて嬉しいです。」


 マリウスが何やらこっぱずかしい事を言ってくる。

 しかしこれは聞き捨てならないな。


「・・・・・・別に、一人じゃなかったけどな。」


 これまでずっと。

 居場所なんてないと思っていた。

 信頼できる人なんて誰もいないと。



 でも、常に身に着けていたので着けている事を忘れていたペンダントのように。



 ずっと、ずっと―――――――――。


 一人ではなかった。






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