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mission 18 天使の刃

 王都を取り囲む城壁の外に、その村はあった。


 王都周辺には多くの魔獣の縄張りがあり、危険だが魔力と活気に満ち溢れている。

 しかし安全に囲まれた王都は家賃が高く、他からやってきた者全てを受け入れるには狭すぎた。

 宿の宿泊料も、他の地域とは比べ物にならないほど高い。


 しかし溢れるほどの魔獣とその素材、魔石など、一獲千金を夢見て王都周辺までやってくる者は後を絶たない。


 その村は、そうした者たちが一人、二人と集まって、肩を寄せ合い、順番に見張りを立て、少しでも安全になるように小屋を建て・・・そうして出来ていった村だった。


 そのような村はここ以外にもいくつもある。




 小屋が一軒、また一軒と増えるにつれて、徐々に緊張感も薄れていく。

 城門の外とはいえ、小屋が30軒も越え、屈強な冒険者が何人かいつくうち、段々と知り合いの冒険者や家族を呼びよせ、子どもの姿も見られるようになってくる。


 魔獣の縄張りから魔獣が溢れる事もそうそうない。

 もし増えすぎてきたら、国の騎士団が出動して間引いてくれるからだ。


 はぐれ魔獣に村が襲われる話はたまに聞くけれど、この村に滞在する冒険者達なら魔獣の一頭や二頭、恐れるほどのものではない。


 そう、安心していた。




 その日、見張りをしていた男は、自分の見たものを信じられなかった。


 ちょうど昼飯時かと思っていた頃。

 ほとんどの冒険者が狩りに出ているが、村の守りに何人かが順番に残る。

 しかし安全な日々が続いた結果、村の守りにそれほど多くの人数は割かれなくなって久しい。


 見張り台に立つのは一人だけというのが最近の状況だった。


 その男の目に映るのは、一頭倒すにも苦労する、中級魔獣の中でもやっかいな翼虎。

 遠目に見つけたら何を置いてもすぐに逃げろと言われているその魔獣が、パッと見ただけで10頭以上。

 村に向かってきている。



 あの動きは知っていた。

 魔獣が慎重に獲物を捕らえるために、少しずつ距離を詰める時の動きだ。

 獲物が完全に逃げられないほどの距離まで使づいたら一気にスピードを出して狩る。

 その直前の動き。


 そして狙っている獲物とは―――――――――。



 この、村しかないだろう。



 ほんの一瞬思考が止まっていただけで、翼虎は驚くほど近づいてきていた。

 もういつスピードを上げて駆け出してきても不思議ではない。


 まるで泥沼に浸かっているかのように動きの鈍い体を必死に動かして、男は警鐘を鳴らす。



 カーン カーン カーン



「北から翼虎!!!女子供は地下に逃げろ!!」


 叫んだつもりだったが、出したはずの声の半分以上はヒューヒューと掠れた空気となって消えた。

 誰かに届いたかすら怪しい。



 しかし、ただならぬ異変を察知してくれたのか、村に残っていた男の何人かが様子を見に出てきてくれる。



「ベン!どうした!」


「よ・・・翼虎・・・・・。」

「ヨク虎だと!何頭だ!?」


 男たちは驚いたようだったが、すぐに表情を引き締めて聞いてきた。

 まだ何とかなると思っているんだろう。

 1頭や2頭なら何とかなると。



「・・・・10頭以上だよ。」


 自分が諦めている事が分かる。

 もう叫ぶこともなく、力なく言ったはずの言葉は皮肉にもすんなり出て意外なほど大きく響いた。



「・・・女子供だけでも地下に。」

 誰かが言った。


 村にはいざという時の為に掘った地下室が一つだけあった。

 ほんの小さな地下室だが、入らないよりましだろう。


「おい!地下室へ逃げろ!!」

 知らせへと誰かが走り出したのと同時に、翼虎たちも駆け出したのが、見張りの男―――ベンの視界の端に見えた。



 ―――――――終わりだ。


 震える手で、安物の剣を握り締める。

 ちょっとお金が貯まってきたので、もう少し良い剣に買い替えようと思っていた。


 買い替えていたところで、何がどうなった訳もないのだけど。



 先頭の翼虎が大きくジャンプすると、その翼を使ってフワリと浮かび上がる。

 皆で協力して張り巡らした柵など、何の意味もなさない。


 ―――――最初の獲物は俺か―――――


 目前に迫る魔獣。

 既にベンの心は凪いでいた。


 せめて、ほんの少しでも。

 ほんの一時でも粘って、ほんの一筋だけでも傷を付けられたなら。


 その一時で、誰かが隠れる時間が作れるかもしれない。


 そう、剣を構えた時――――――



 ギャウッ!!



 見えない何かに翼虎が弾かれた。


 これは―――――シールド!?



「間に合った!?お怪我はないですかぁー?」

 この場にそぐわぬ可愛らしい女の子の声がした。



 それと同時に目の前の翼虎の首がスパンッと音を立てて胴から離れる。

 見えないが、風系統の魔法だろうか。


「ノア、ナイス!ルーカス!翼虎の素材は高額だから、丸焼きにはしないでね。」

「分かっているよ、シア。」


 緊張感がないわけではないが、明らかに余裕のある声に違和感を覚える。


「どうやら近くまで来ているのはこの14頭だけみたいですね。スタンピードではなく『はぐれ』の方でしょう。」

「ノア頼む。火加減が難しいんだ。」

「火加減て・・・料理じゃないんだから。まあ、この状況は私向きだな。」



 声の方向を探してみると、冒険者の格好をした四人組がこちらに向かって来ていた。

 どこにでもいそうなブラウンの髪が三人、珍しい黒髪が一人。

 声の様子から女の子もいるらしい。

 全員がとても若そうだった。



 14頭もいたのか。

 パニックに陥っていたベンは、敵を数えることすらしていなかった。

 どこに何頭いるかの確認を怠るとは、見張り失格だ。

 今更ながらにその事に気が付いた。


 先ほどまで、そんな余裕はどこにもなかったのだけど。



 四人組の一人が軽やかに手を振ると、風の刃が翼虎を正確に切り裂いていく。

 他を傷つけることなく、スパンと一撃で首だけを落とす、恐ろしいまでの正確さだ。

 攻撃魔法を見て美しいと思ったのは生まれて初めてだった。




 ああ、大丈夫なのか。


 その美しさに感動しながら、ベンは現実とは思えない不思議な感覚に身をゆだねた。


 もう、大丈夫なんだな。


 涙が溢れてくる。


 風の刃を操っていた冒険者が、ベンの目線に気が付いたのかフト顔を上げる。

 その顔を、ベンは生涯忘れないだろうと思った。


 妖精か、天使か――――――。

 きっとそういう類の者なのだろう。

 ありふれた色のはずの茶の髪はサラサラと流れ、ただの茶色のはずの瞳は光の加減か宝石のように輝いている。



「ありがとう・・・ございます。」

 聞こえる距離ではないだろうけど、言わずにはおれなかった。


 この村をお救いになるために、いらしてくれた。


「ありがとう、ございます。天使様。本当に――――。」


 こんな王都の壁の外にある、誰も知らないような、気づかないような村を救いに来ていただいて、心からの感謝を――――――――。















「昨日、王都の外にある村が翼虎に襲われたらしくてね。」


 いつものお昼休み。

 待ち合わせ場所を変えても変えても何故か必ずいるアレン王子とマリウスにももう慣れた。

 どれだけ場所を変えてもどうせ一緒に食べる事になるので、結局お気に入りのカフェテラスで食べることにしている。

 最近はノア達よりも先に王子達が待っていたりするので笑えない。



「え!そうなんですかー。大変。」


「村に翼虎が向かうのを見かけた冒険者が騎士団に救援を願って、先遣隊10人が駆け付けた時には既に誰か冒険者が来て倒した後だったらしい。村人にけが人はゼロだ。」

「・・・・良かった。」


 それは本心からだった。

 どうやらあの襲われかけていた人が、最初の一人だったようだ。

 間に合って良かった。


「目撃者によると、冒険者の一人は翼虎が手も足も出ないような強力なシールドを広範囲に張って・・・。」

 そう言いながらわざとらしくシアの方を見つめるアラン王子。


「そしてもう一人が風の刃で恐ろしく正確に翼虎を次々に切り裂き・・・・・。」


 今度はノアの方を見る。


「一瞬で翼虎の数と場所を把握した冒険者もいたらしい。すごいなあ。」


「そうですねー。」

 ルーカスが人ごとのように呑気に相槌を打っている。

 本当にシアとノアとセオ凄いなーと思ってそうだ。



「ルーカスは昨日は何もしなかったんですか?」

「あ、俺は火力が強すぎるから・・・・!」

 当然のように聞いてきたマリウスに、思わず素で応えるルーカス。


 途中で『ヤバッ』という顔をしてももう遅い。

 それまでポーカーフェイスで黙々と食べていたノアも、誤魔化せないと悟ったのか頭を抱えた。





「マリウス様ぁ。ご一緒してもよろしいですか?」

「ゴメンね。今プライベートなんだ。」

 今日もマリウスの外面に騙されたご令嬢が寄って来ては撃沈している。

 なぜか私だけを一睨みして去って行く上級生のお姉さま。

 なんでよ!ノアだってルーカスだっていますけど!?





「・・・三人で授業を抜けたと思ったら何をしているんだ・・・。」

 アラン王子が飽きれたように言う。

 し、仕方ないでしょ!

 ミッションの日時指定がピンポイントすぎたのよ。

 必ずやらなければならないミッションではなかったけど、行かなければ村人全滅と分かっていたら、授業中でも行くしかないじゃない。


「授業を抜けて魔獣狩り・・・人助けではあったようですが、学園に知られたら大変な問題になるでしょうね。」

 人の気を知ってか知らずか、マリウスが声をひそめて呟いている。


 ひぃ~やめて下さい。


「まあバラすつもりはないのでご安心を。」


 その笑顔が怖いのよ。

 ご安心をと言われても、安心できない。

 絶対何か裏がある。



「ああ、そういえば、一緒に魔獣狩りに行く約束、中々果たせていないなぁ。」

 わざとらしいアラン王子の言葉。


「そうですね。昨日も誘ってくだされば良かったのに。」

 相変わらずニコニコと微笑むマリウス。



「・・・・・・・・今度、お誘いしますから。」

 ノアが観念したようにお茶を飲みながらそう告げた。








「そうそう。その目撃者の話によれば、風の刃の使い手は妖精か天使に違いないとの事ですよ。こんな誰も気が付かないような村までお救い下さるなんて、心までお美しい天使様だと泣いて感激していたそうです。」


 ・・・・・・・カハッ。


 ノアがむせた。


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