95 姉妹の想い
一週間後。
領主の館の裏庭。
ロザリーとサベル立ち合いの元、ラナの実習修了試験が行われていた。
「は――あッ!」
ラナが振りかぶったカシナ刀が、高速回転して硬質な唸りを上げる。
対する姉妹は横向きに構え、鏡合わせのような動きで左右から迎え撃つ。
三本のカシナ刀が衝突した瞬間、閃光が走った。
「きゃんっ!?」
二人がかりの迎撃に、力負けしたラナが吹き飛ばされた。
「あら、そんなもの?」「これでは落第ね」
「むーっ。まだまだぁ!」
ラナが立ち上がり、再びつっかける。
姉妹は先程と同じように、シンクロした動きでカシナ刀を振りかぶった。
瞬間、ラナの口角が上がる。
左手を懐の中に伸ばし、短剣を取り出した。
ラナが力を込めて短剣を握るや否や、その刃が高い音を響かせて高速回転を始める。
「なにそれ!? 短剣型のカシナ刀!?」
「そんなものどこから!?」
「ロブロイがクズ鉄山から見つけたの! 卑怯とか言わないよね、そっちは初めから二本なんだから!」
「「ッ!」」
よほど練習してきたのであろう、ラナは長短二本のカシナ刀を器用に操り、別々の軌道で突きを放った。
姉妹は二人がかりで迎え撃つのを諦め、先に迫る長剣カシナ刀をアデルが受ける。
激しい火花が舞った。
その光にまぎれて、ラナの短剣カシナ刀がアデルの手の甲に迫る。
「アデル!」
すんでのところでアルマが短剣を弾いた。
ラナは狙いを変え、アルマへ短剣で連続突きを見舞う。
「うっ、くっ……アデル! 間合いが近いわ、離れよう!」
「それができないのっ、アルマ!」
「えっ?」
アデルのカシナ刀とラナのカシナ刀は、鍔迫り合いの様相となっている。
硬質な唸りはギィィ、と軋むような音に変わり、回転速度が目に見えて遅くなっていた。
小さな回転刃同士が噛み合い、作動不良を起こしているのだ。
「ふっ、ふっ!」
狭い間合いを活かし、ラナが短剣で攻める。
防戦一方のアルマと、手出しができないアデル。
ここでアデルが思い切った行動に出た。
枷となっている自分のカシナ刀を手放したのだ。
「今よ、アルマ!」
枷を解かれた姉妹が、即座にバックステップで距離を取る。
だがラナも、そうはさせじと姉妹を追う。
危機に瀕し、アデルとアルマの意思が言葉もなしに通じ合った。
二人は同時に急制動をかけ、アルマがカシナ刀を振り上げる。
ラナは止まれなかった。
振り下ろされるカシナ刀を、アデルの剣と絡まったままの長剣の腹で受ける。
「ん、くうッ!」
上からの圧力に、ラナが膝をつく。
アルマの剣には二人分の重さがあった。
背中合わせのアデルが、自分の魔導を譲り渡していたからだ。
ラナは震える手でカシナ刀の腹を支えるのが精一杯。
上からアルマが言う。
「降参?」
即座にラナが言う。
「誰が!」
するとアルマのカシナ刀がグググッ、と圧を増した。
大岩がのしかかってくるかのような重み。
ラナの背中が曲がり、地面に這うように姿勢が低くなる。
ラナの剣と十字に噛み合ったままのアデルの剣が、地面に突き刺さった。
それを支えにどうにか踏みとどまるが、アデルの剣はさらに地面にめり込んでいく。
やがてアデルの剣の刀身の半分が地中に消えたとき。
ラナは賭けに出た。
自分のカシナ刀を手放し、瞬時にアデルのカシナ刀に持ち替える。
そして、瞬間的にあらん限りの魔導を流した。
すると地面に突き刺さったカシナ刀を軸に、ラナ自身が勢いよく回転した。
「「嘘っ!?」」
回転の勢いそのままに、ラナが姉妹に蹴りを見舞う。
「あぐっ」
ラナの蹴りはアルマのこめかみを捉え、アデルごと横倒しに倒れた。
「ううっ……」「アルマ! 起きて!」
アルマは朦朧とし、アデルは一人では動けない。
焦るアデルに上から影が射した。
ラナが短剣カシナ刀を突きつけ、ニヤリと笑う。
「降参?」
ラナの問いかけに、アデルは唇を噛んだ。
身体を震わせ、涙まで浮かべている。
「もう! もっと優しくしてくれてもいいじゃない! 今日が最後なのよ!? バカ! ラナのバカぁ!」
「えっ? あれ? 思ってたのと違う……」
「こっちはどうすれば自然に負けてあげられるか、毎晩アルマと話し合ってたのよ!? なのに……酷い!」
「いや、その……何かごめん」
「うわーん!!」
終いには大泣きし始めたアデル。
それを見たロザリーが、サベルに囁く。
「もしかして、アデルってすごく負けず嫌い?」
サベルはもう慣れっこなのか、表情一つ変えない。
「もしかしなくてもそうだ。俺が手合わせのとき、刻印術を使わない本当の理由がこれだ」
「あー、そうなんだ……」
「ここからが長いんだ、まったく面倒極まりない」
裏庭にアデルの泣き声が延々と響く。
アルマが目覚めるまで、ラナはオロオロし通しだった。
その夜。
領主の館の二階のバルコニーに、ロブとロイの姿があった。
揃って手すりに肘を置き、夜のイェルを眺めている。
ふいに背後の掃き出し窓が開き、ひと連なりの影が射した。
ロブとロイは振り返りもせずに、ふっと笑った。
「アデル、大泣きしたそうだな?」
「大変だったなあ、アルマ?」
「うっ、うるさいわね! ほっといて!」
「大変よ。こっちは逃げ場がないもの」
ロブとロイはシンクロした動きで振り返り、背中を手すりに預けた。
笑ってはいるが、どこか寂しげな顔でいる。
「あなたたちも帰るのね」
「残るのかなって、勝手に思ってた」
「そのつもりだったんだがな」
「ラナの奴が『カシナ刀のメンテは誰がするんだ!』ってうるさくて」
「……そう」「寂しくなる」
「ん」「だな」
ロブとロイが俯き、頭を掻く。
「でも、また来るぜ?」
「そうさ。早けりゃ冬にでも来るつもりだ」
「まあ、私たちに会いに?」
「そんなわけないでしょう、アデル。人型魔導具に会いに、よ」
アデルは「わかってる」というふうに笑い、ロブとロイに言った。
「人型魔導具。二人が王都に持って帰って」
ロブとロイは驚き、顔を見合わせた。
アデルが言う。
「……いらないなら置いてっていいけど?」
「いやいやいや!」「いるよ、いる!」
「そう、よかった」
そう言って微笑むアデルに、ロブとロイが言った。
「でも……本当にいいのか?」
「あれはお前たちが思っているより価値のあるものだぞ」
「二人で決めたの。ね、アルマ?」
「ええ。でも、あなたたちにあげるわけじゃないのよ?」
「ん?」「どういうことだ?」
「南ランスローには魔導具技師がいないから」
「知り合いの技師に預ける。それだけのことよ」
「なるほど。それが俺たちか」「責任重大だな」
「期限はないから。のんびり研究して、たまに報告してくれればいいわ」
「でも、一つだけ心配事もある」
「心配事?」
「鈍いなロブ。ノアさんを殺した連中のことさ」
ロブは手を打ち、「ああ、それか」と宙を見上げた。
だがすぐに視線を下ろし、姉妹に言う。
「王都にいればロザリーがいる。たぶん大丈夫だろ」
「そうね、たぶんそう」
「でも心配だわ。身の危険を感じたら、人型魔導具は捨てて逃げるのよ?」
ロブは大きく頷いた。
「どんな敵が来ても、ロザリーの部屋へ逃げ込むくらい楽勝さ」
と大口を叩き、それにロイは、
「楽勝なら、人型魔導具を背負って逃げても問題ないよな?」
と言った。
「問題ないな」とロブが笑い、ロイは「楽勝だ」と兄の胸を叩いた。
そのとき。
アデルとアルマが声を揃えて呟いた。
「「うらやましい……」」
「うらやましい? 俺たちがか?」
「好き勝手、生きてるから?」
ロイが冗談めかしてそう言っても、姉妹の顔は沈んだまま。
「私たちは背合わせのひと連なり」
「いつも一緒なのに、互いを正面から見たことがない」
「顔を見合わせて笑い合うことも」
「辛いとき抱きしめ合うこともできない」
「同じ双子でも」「あなたたちとは違うの」
アデルとアルマは自分たちの身体的特徴について、人前で不満を言うことを避けてきた。
それは母の教えであり、それが正しいことだと今でも姉妹は信じている。
しかし不満はずっと胸の奥で燻っていて、同じ双子のロブロイを目の前にしてつい、それが漏れ出てきたのだった。
「確かに違う」
ロブはそう言って、ロイを見た。
「俺たち抱きしめ合ったことなんてあったか?」
するとロイは顔をしかめた。
「気持ちわりい。あるわけねえ」
アデルとアルマは唖然として、ロブとロイに質問を浴びせた。
「一度も?」
「ああ」
「子供のときも?」
「ないな」
「「……これからも?」」
「あるとすれば――どちらかが死んだときか?」
「だな。そのときはすがりついて、抱きしめることもあるかもな」
アデルとアルマはポカンとした。
「私たちにはその感覚はないわ」
「どちらか死ねば、もう一方も死ぬから」
「だろうな」「うらやましいよ」
「うらやましい?」「皮肉のつもり?」
「本心だよ。お前たちは同体」
「半身を失う悲しみを心配しなくていい」
「生まれたときも死ぬときも一緒だ」
「俺たちはたぶん違う。どちらかが見送ることになる」
「……そんなふうに考えたことなかった」
「そうね、そうなのかも」
それからは言葉なく。
しかし長い時間、バルコニーにふた揃いの影が佇んでいた。