68 アンデッド✕ネクロマンサー
船の墓場。
船であった残骸が堆く積み上がり、小山のようになっている。
一行はその小山を越えていくのだが、歩みは遅い。
足場が非常に悪く、一歩間違えれば雪崩を起こすであろう不安定さであるからだ。
割れた板切れが逆立っていたりもするので、危険な岩場を進むような慎重さを要求された。
しかし、時間がかかる最大の原因は、一行の人数だった。
「おい! そこは危ない! 崩れるぞ!」
町長が叫び、下から来る船員が慌てて方向を変える。
「慎重ですね、町長」
「当然だよ、カテリーナ。これ以上、仲間を死なせるわけにはいかないからな」
カテリーナがふと、ポートオルカへ生きて帰った船員のことを思い出す。
「そうだ、ピートは無事です」
「なにっ? 本当か!」
「ええ。漂流しているところを漁船に拾われました」
「化け物に呑まれたあと、奴の姿だけ見つからず……そうか、呑まれる前に落ちていたか。ふふっ、船乗り失格だな」
「ええ、本当に。帰って叱ってやってください」
町長に続く船の生き残りが五十人ほど。
その後にナスターシャと手下十七人。
総勢七十人以上の人の群れになっていた。
三百体の〝野郎共〟は、墓場を越えるにあたり影に収納している。
「ねえ、ヒューゴ」
先頭集団にいるラナが、先を行くヒューゴを呼んだ。
ヒューゴは散策でもするかのように、軽い足取りで傾斜を上っている。
「何だイ?」
「ロザリーが言ってた、飼い犬がどうとかって話。あれ、なんなの?」
「首輪理論だネ」
「何それ?」
「死霊騎士は死霊の僕をいくらでも増やせるけれど、僕にとって主人は一人。すでに首輪がついている死霊は僕にできないのサ」
「……それって、ロザリーとは別の死霊騎士がいるってこと?」
ヒューゴは薄く笑った。
「いいヤ。ネクロなんて同じ時代に二人といるもンじゃない」
「でも、ロザリーの他に飼い主がいるんでしょ?」
「死霊を使役できるのは基本的にネクロだけダ。だが、例外もある」
「例外?」
「死霊サ。死霊の中には、他の死霊を使役するものがいる」
「ああ! 群れが一つの個体になるっていう……!」
「そう、ソレだ。このままでは使役できないのだが、ソノ解決法は簡単」
「群れの中からリーダーを見つけ出して、使役するかぶっ倒すかするのね」
「その通り。ラナは本当に賢い子だ。かわいがってヤるから、そばにおいで?」
「もう、やめてよヒューゴ」
一番先を行くロザリーは、もう下りへ入っていた。
その次に続くは、松明を持ったロブとロイ。
「下りのほうが怖いな」「ああ、おっかねえ」
「ミストラルの急坂を思い出す」「そうだな。もはや懐かしいぜ」
「〝金の小枝通り〟を下ると城門があって――」「――見ろ、ロブ。城門だ」
ロイが指差す先に、通路の入り口が見えた。
今までいた大空洞がすぼまって、ガタついた輪郭の横穴へと続いている。
すぼまったとは言っても通路と呼ぶにはあまりに大きく、大型船でも通れるほどの巨大な横穴だ。
ロザリーはその通路の入り口で、後続を待つことにした。
一時間ほどしてようやく全員が揃い、ロザリーが大きな声で話しかける。
「私とヒューゴは、夜目が利くから先頭を行きます。間を空けて、今の順番でついて来て。ここからは奴らの襲撃が予想されるから、油断しないように!」
「後ろはどうする」「海賊共でいいのか?」
ロブとロイの質問は、「戦力として当てにできるのか」という意味に加え、「背中を預けるほど信用してよいのか」という二つの意味を含んでいた。
ロザリーは改めて〝野郎共〟を三百体呼び出し、最後尾に配置することにした。
後背を突かれたときの用心と、その前を行く海賊へ圧をかけるためだ。
隊列が決まり、通路へ入っていく。
横穴に入ったロザリーとヒューゴが、すぐに闇に消えて見えなくなった。
早くも見失いそうになり、ロブとロイが慌てて歩き出す。
ロザリーとヒューゴの背中がぼんやりと見えて、双子はようやく急ぎ足を止めた。
通路の床はでこぼこしていて、それは壁面や天井までもだ。
ロブが松明を掲げ、壁の起伏を照らした。
「すげえ……レリーフみたいだ」「不気味だな」
壁面に浮かぶ起伏は、船の成れの果てだった。
泥に沈むように壁と同化していて、まるで化石のようにも見える。
「船の残骸を腸が吸収してるってことか?」「かもな。それが船を呑む理由かもしれない」
「吸収してどうする?」「決まってる。栄養にするんだ」
「死霊が、栄養?」「この図体……船でできてるのかもしれないぞ」
その声は、先を行くロザリーにも聞こえていた。
ロブロイの分析に感心していると、ヒューゴが言った。
「御主人様。ご希望のものが手に入るかもしれないヨ」
「ご希望のもの? 私、何か強請ったっけ?」
「もうお忘れかイ? ボクも欲しがったものだヨ」
「何だっけ、忘れちゃった。いつの話?」
「わからないなら後のお楽しみ。お客様がいらっしゃったようダ」
「ん?」
ロザリーが前方の気配を探る。
微かな衣擦れ。乾いた足音。
次第に増えていく。
「来た」
「アァ」
ロザリーは振り返り、強い口調で叫んだ。
「会敵! 戦闘準備!」
後ろの松明の灯りが揺らぎ、その場で停止する。
前を振り向くと、物言わぬ死者たちが早くも迫りつつあった。
奴らは広い通路を横に満たす数で、続々とやって来る。
「……ヒューゴ、左半分を頼める?」
「承知しました、御主人様。……ダケド、少し数が多いかも」
「ま、やってみよう」
奴らはロザリーとヒューゴを捕捉し、歩調を速めた。
二人は、奴らの到着を待たず自分たちから突っ込んでいく。
「――ァアアアッ!」
ロザリー、一閃。
魔導を巡らせたロザリーの剣撃は、奴らの群れを軽々と削いだ。
剣は元より、剣風に触れた奴らまでもが、粉々に砕けて消し飛ぶ。
しかし。
「っ、こいつら……!」
ロザリーの剣を偶然かいくぐった何体かが、ロザリーを無視して後続へと向かった。
その背後を追おうにも、前から来る多数の奴らの対応を迫られて、それができない。
「うざったいっ!」
ロザリーが再度、剣を振る。
また多くの奴らを消し飛ばすが、やはり数体を討ち漏らした。
ただの躯と化した仲間を乗り越えて、また新たな奴らが迫る。
「もう、多すぎるっ! 味方がやられてるのに怯みもしないし! 死霊って、敵に回すとこんなに厄介なの!?」
同じく奴らを蹴散らしつつ、ヒューゴがおかしそうに笑った。
「オヤオヤ。死霊騎士に敵対する騎士の気持ちがわかるなんて、実習も捨てたものではないねェ」
「何を笑ってるのよ! ヒューゴだって討ち漏らしてるじゃない!」
「すべて止めるのは無理だヨ、多すぎる」
そんな会話をしているうちにも、奴らはロザリーの脇を抜けていく。
「待ちなさい! 〝野郎共〟――」
「――それはダメだ、御主人様!」
ヒューゴの制止に、ロザリーは眉を寄せる。
「なぜ!」
「混ざるじゃないか」
ロザリーは一瞬硬直し、すぐに反論した。
「そんなこと、今、気にする!?」
「キミが考えてるより、ずっと後が面倒なんだヨ。塩に砂糖をぶちまけるがごとき行為ダ」
「だからって……あぁ、こんなことしてる間に!」
討ち漏らした十体余りが、松明の灯りに辿り着いた。
人のざわめきが聞こえ、後続でも戦闘が始まる――そう思った矢先。
十体余りの奴らが、残らず宙に飛ばされた。
「え? 今の何!?」
「精霊の囁きが聞こえた。ダガ、精霊騎士なんていたかナ?」
「精霊騎士……可能性があるのは」
ロザリーは松明の灯りのほうに叫んだ。
「ナスターシャ! 前へ上がってきて!」
すると、風がビュウッと吹き抜けた。
地面を滑るようにして、ナスターシャが姿を現す。
「嬉しいねえ! ハニーのほうからあたいを求めてくれるなんてさ!」
「ナスターシャ。風の精霊騎士なの?」
ナスターシャはニッと笑った。
「あたいの船は沈まない。望むほうに風が吹くからね」
「……沈んだじゃない。大喰らいに呑まれて」
「うっ! ……言葉尻を捕らえるんじゃないよ! 細かい女はモテないよ?」
「なんでそんな話になるの!」
「はは~ん。さてはほんとにモテないね?」
「ほっといて!」
「マァマァ、二人とも」
言い合う二人の前で、ヒューゴが舞った。
踊るようなステップのうちに、奴らが次々と倒れていく。
「掃除がまだ残ってる。雑談は片付けの後にしよう」
「そうね」
「任せな!」
そこからは、一方的な蹂躙だった。
ロザリーが消し飛ばし、ヒューゴが舞い、討ち漏らしをナスターシャが吹き飛ばす。
数千はいた奴らは、二人の魔導騎士と一人の元魔導騎士によってみるみるうちに滅ぼされていったのだった。
そして――
「すげえな……」「これ、三人でやったのか……」
奴らの残骸に覆われた地面を、ロブとロイが恐る恐る歩く。
歩を進めるたびに、砕けた骨が乾いた音を立てる。
「ヒューゴ、あんたも強いんだねえ。恐れ入ったよ」
「お褒めに預かり光栄ダ、ナスターシャ」
「でも、ハニーはあたいのもんだよ?」
「クク、それはどうかナ?」
生き残りの船乗りたちが骨の通路を進む中、屈みこむ町長の姿があった。
「どうしました?」
カテリーナが側に来て問うと、町長は割れた頭蓋骨を一つ、持ち上げた。
「まさか」
カテリーナが口を押さえる。
「ジョージのだ。こっちはハンス。骨になってもわかるもんだなあ」
「町長。ロザリーさんは……」
「わかっている。死霊の呪いを解いてくれて、むしろ礼を言いたいくらいだよ。……だが、遺骨くらい持って帰らなければな。家族に説明できん」
「……はい」
その場にロザリーはいなかった。
戦闘に参加できなかったラナが不満を言うので、ならばと先行して二人で偵察に向かったのだ。
アンデッドの生き残りにでも出くわすか、そうでなくともある程度のスリルを感じればラナも満足するだろう。
そんな何の気なしの偵察だったのだが。
「ねえ……ロザリー、これって……」
ロザリーは目の前に佇むそれを見上げ、呟いた。
「……見つけた」