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【書籍化】骨姫ロザリー ~死者の最期を追体験し、力を引き継ぐ~  作者: 朧丸
第四章 暗雲低迷、雷鳴轟く

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353 リメス会議

 議場となる大天幕の中で、大急ぎで会議の準備が行われている。

 ロザリーの身柄を要求していた剣王配下たちは占拠を解き、〝リメスの古祭壇〟の石垣の上から退いた。

 ウィズベリアは彼らを処断しなかった。

 それは処分の決定権を譲ったロザリーが、彼らの退去だけを求めたからだった。


「――だが。それでも意外だ」

「何がです、コクトー様?」

「残酷なる女宰相殿のことだよ」


 コクトーとロロは大天幕のすぐ外で、用意された椅子に座り、準備が終わるのを待っていた。


「私は最低でも、あの眉傷の騎士は助からぬと思っていた」

「私も私も! ウィズベリア様って実はいい人だったりするんですかねえ?」

「あのお方が……? ハッ!」


 二人の視線がウィズベリアへと向く。

 彼女は大天幕の向こう側――コクトーとロロのように椅子に座って会話するロザリーと魔導皇帝のすぐ後ろに立って控えていた。

 そのうちにウィズベリアはコクトーとロロの視線に気づき、皇帝の守護をプラチナブロンドの騎士――カミュに任せ、こちらへ歩いてきた。


「二人して私の悪口を?」

「いやいやいや! 滅相もございませんっ!!」


 ロロがブンブンと首がもげそうなほどに首を横に振る。

 コクトーが尋ねた。


「いったい何の話を?」


 ウィズベリアはロザリーと幼き皇帝を振り返って言った。


「たわいもない話だよ。どんなところに住んでいるのかとか、どんなことが好きかとか」


 するとロロが手を打った。


「まあ! まるでお見合いみたいですね!」


 ウィズベリアは苦笑した。


「やめてくれ、ロクサーヌ卿。魔導皇帝と王国大魔導(アーチ・ソーサリア)の縁組みなんて、想像しただけで震えがくる。いったいどれほどの難題をこなさねばならないことか……」


 それを聞いたコクトーはこめかみを押さえて俯いた。


「う……それはたしかに想像するだけで頭が痛いな……」


 ロロは二人の様子を見て、おかしそうに笑った。


「なるほど。宰相殿と宮中伯は同じようなお立場なのですね」


 言われた二人は互いに目を合わせ、それから同じタイミングでバツが悪そうに目を逸らした。


「……ときに宰相殿」

「何だ、コクトー殿?」

「先ほどの、魔導皇帝陛下がお出ましになったときの騎士たちの様子。陛下のご同行を宰相殿以外、誰も知らなかった?」

「私と私の側近だけだ。私の馬車に乗っているのに……フフ、誰も気づかなかったよ」

「でしょうな。たった五才の幼き皇帝を敵国との会議に担ぎ出すとは正気とは思えませぬからな?」

「お? 責めてくれるではないか、コクトー殿」

「正直、感心は致しませぬな」

「元老院の許可は得ている」

「で、あっても。あなたが突っぱねるべきだった」

「……ほう?」


 急速に険悪になっていく二人の様子に、ロロがおろおろと間に入る。


「あの、ええと、休戦協定の会議はやっとこれからですので……その前からケンカ腰だと全部台無しになっちゃう恐れが……えっと! 休戦協定を話し合うってことは、これから仲良くしましょうねーってことですので……もちろん、お二人ならそんなことは重々――」


「わかっているっ!」「わかっておるわ!」


「わあっ! はいっ、すいません。きゅう……」


 宰相と宮中伯に挟まれ小さくなるロロ。

 ウィズベリアは大きなため息をつき、言った。


「……仕方ないのだよ。強くお望みになったから」

「……まさか。陛下ご自身が?」

「どうしてもロザリー卿に会う、と」

「なんと……」


 そのとき、大天幕の入り口にウィズベリアの側近――眼鏡の騎士アラドが、その場の大勢に向かって言った。


「準備が整いました! 会議に参加される方々は大天幕の中へお入りください!」



 獅子王国、魔導皇国間の休戦協定会談――リメス会議が始まる。


 ・出席者

【獅子王国】

 使節団団長 コクトー宮中伯

〝骨姫〟ロザリー、その秘書官ロロ

 外事官代表ロッテン卿、その他の外事官八名


【魔導皇国】

 使節団団長 宰相ウィズベリア

 宰相補佐官アラド

 剣王代理ココララ

 外務卿十名


 両国十数名の出席者がそれぞれの長テーブルに横並びに座り、向かい合う形になっている。

 出席が予定されていなかった魔導皇帝オプト=ゲ=アルテリクス三世は両テーブルの上座の位置に簡易的な玉座が設けられ、そこにちょこんと座っている。

 はじめに、宰相補佐官アラドが皇国側のスタンスを語った。


「我が方としましては、剣王ロデリック公が無断で獅子王国に入ったという事実はあるものの、十六年前に結ばれた休戦協定は現在も有効であると認識しております。ロデリック公には元老院協議の下、二年間の領土外戦闘行為禁止の処分が決定し――」


 話の途中でアラドは拳と手のひらを合わせ、上座に向かって頭を下げ、話を続ける。


「――そこにおわす魔導皇帝陛下もそれをお認めになりました。剣王代理ココララ卿、間違いありませんね?」


 すると末席に座っていたココララが頷いた。


「間違いありません。現在、我が主ロデリックは国を離れ、皇都バビロンにて謹慎しております。……獅子王国の皆さまには申し訳なく思っております。無断で貴国の領土に踏み入ったこと、我が主ロデリックに代わり、ここに謝罪いたします」


 ここまで聞いていたロザリーが、隣でメモを取るロロにこっそりと尋ねる。


「……国を離れて皇都にて? ロデリック様って皇国人よね?」


 ロロが指で眼鏡を押し上げながら、ひそりと答える。


「ええ、皇国人です。ただ皇国って連邦国家で大小多くの国の集まりなんです」

「あ、そっか」

「で、剣王ロデリックは自分の国を持つ国王でもあるんですよね」

「そうなの? ……もしかして、それで剣〝王〟?」

「ダブルミーニングなのかはわかりませんが、傭兵国家ゼルドナルグの王であることはたしかです。よって国を離れて~~って表現になりますし、先ほどの領土外戦闘禁止もゼルドナルグの外で戦闘禁止という意味になり、結構重い処分になります」

「へええ。ロロって物知り!」

「でしょう? うえっへっへ。頭撫でてもいいのですよ?」

「はいはい。……でも、これって賠償金はナシの方向になってる?」

「ですねえ。でも、そうはロッテン卿が卸さな――」

「――馬鹿な!」


 そう叫んで席から立ち上がったのは、やはりロッテン卿だった。


「あきらかな協定破りをやっておきながら、たった二年の謹慎で終わらせるおつもりか!?」


 アラドが言う。


「ではロッテン卿はいかなる処分が妥当であるとお考えか?」

「無論、首だ」


 これには皇国側はもちろん、王国側もざわついた。

 当のロッテン卿は「何を騒ぐことがあるのか」とでも言いたげに眉を寄せ、続ける。


「騎士個人が協定破りの領土侵犯を犯したのだ。それを謝罪するなら首を差し出すのが当然では?」

「……休戦協定を結ぶために大魔導(アーチ・ソーサリア)の首を求めると? いささか天秤が狂ってはおられまいか?」


 アラドの皮肉にもロッテン卿は動じない。


「そもそも、そちらが領土侵犯の理由として上げている『〝骨姫〟を見るため』というのも何の証拠もない」

「ほう。他に意図があったと? しかし、王国騎士にも王国国民にも一人の被害も出ていないはずですが」

「内情を探る。騎士の戦力を見極める。いくらでも可能性はある。あるいは、ガーガリアンの侵攻に紛れて首吊り公の暗殺を計画していたやも?」

「何をいい加減なことを――」

「――アッハッハッハ!!」


 アラドの反論を遮って大笑いしたのはウィズベリアだった。

 ひとしきり笑い、それから周囲を見回して言う。


「ああ、すまない。外事官代表殿があまりに荒唐無稽なことをおっしゃるものだから、な?」


 ウィズベリアの言い様にロッテン卿の眉がピクンと上がった。


「荒唐無稽? 我が論は宰相殿にも否定できないはずだ」

「いやいや、否定できるよ。大魔導(アーチ・ソーサリア)を紛れて暗殺? あり得ぬわ!」

「なぜ!」

「ククク……本当に卿にはわからぬようだ。ロザリー卿、代わりに答えていただけるか?」

「え、私ですか? ええと……」


 ロザリーはロッテン卿のほうをちらりと見て、言いにくそうにしながら答えた。


大魔導(アーチ・ソーサリア)の暗殺、というのは極めて非現実的に思えます」

「だから、なぜ!」

「暗殺とは密かに狙い、殺すことです。しかし、大魔導(アーチ・ソーサリア)は簡単には死なない。例えば、私がウィズベリア様を暗殺せよとの王命を密かに受けていたとします」


 そう言って、ロザリーはウィズベリアに目を向けた。

 魔導こそ練ってはいないが、その紫眸に殺意の煌きが宿る。

 ロザリーはウィズベリアを直視したままだが、その両手がわずかに動き続けていて、彼女の脳漿で能力も知らぬ皇国大魔導(アーチ・ソーサリア)を殺すためのシミュレートが行われていることは誰の目にも明らかだった。

 多くの者はこの異様な行動を不安がって見ていたが、対象となったウィズベリアだけは愉悦の笑みを溢しながら、ロザリーを見つめ返していた。


「――うん。やはり無理かも」


 しばらくしてロザリーがそう呟いた。

 ロッテン卿が鼻で笑う。


「フン。それはあなたの力量では宰相殿を殺せないということでしょう?」

「いえ、そうではなく。暗殺が無理なんです。暗殺というからには〝密かに狙い〟〝いきなり〟〝短時間で〟殺したいのですが、それがどうしてもかなわない。手管を知っているヴラド様やロデリック様が相手だと仮定しても同じ。どうしても長時間の大規模戦闘になってしまうのです。たしか、同様のことを王前会議にて申し上げた記憶があるのですが……」


 するとそれを思い出したのか、ロッテン卿は青い顔で口を押さえた。

 ウィズベリアが笑みを浮かべて頷いた。


大魔導(アーチ・ソーサリア)同士の戦いは嵐と同様だ。たっぷり半日はかけて、周囲を巻き込みながら行われる。紛れて暗殺など、物を知らぬ者の当て推量に過ぎぬわ」


 ロッテン卿がムッと顔を顰めて反論する。


「それがなんだ! 剣王の目的が軍事行動である可能性は否定できないだろう!」

「否定する必要がない。誰も殺めていないのだから」

「ッ! だとしても! 先ほど言ったように諜報であった可能性も!」

「諜報なんて、こちらもそちらもやっているよ。当たり前であろう?」

「ほうれ、認めたぞ!」

「そこらの騎士で事足りる諜報のために大魔導(アーチ・ソーサリア)を使うわけがあるまいが。それで剣王を失ったらどうする? 王国には大魔導(アーチ・ソーサリア)が四人もいるのだぞ?」

「うぬぬ……だが!」

「そうキャンキャン吠えるな、ロッテン卿。他の外事官たちの目が冷ややかだぞ?」


 ロッテン卿がハッと部下たちを見返すと、彼らの態度はたしかに冷たかった。

 ロッテン卿が部下の態度に動揺している隙に、ウィズベリアはコクトーの様子を窺った。

 コクトーはただ黙していて、割って入ってくる様子はない。

 次にロザリーを見ても、やはり弁護する様子はなく、ただ隣のロロがあたふたしているだけ。


「……なるほどのう。ロッテン卿は手柄が欲しいのか?」


 そうウィズベリアが言うと、ロッテン卿はハッと顔を強張らせた。


「ロッテン卿はどうしてもご自身の弁舌をもって多額の賠償金を取りたいようだ。だから剣王の首などという無理な要求をするわけだ。ふっかければ値を吊り上げやすいものな?」


 ロッテン卿の動揺が大きくなった。


「なな、何のことだ!」

「ロッテン卿。あなたは皇国からできるだけ多額の賠償金を引き出せ、額に応じて手柄にしてやると。そう、誰かに唆されてはいまいか?」


 ロッテン卿の目が泳ぐ。

 ウィズベリアは低い声で言った。


「外交の場で個人の利益を追求するのはいかがなものか」

「そっ、そんなことはない! 私が高額の賠償金を求めるのは、ひとえに王国のため、陛下の御為で……」

「それよ。先ほどからの口振り、行動。ロッテン卿は賠償金の増額が国のため、王のためと思い込んではいまいか。はたして本当に獅子王陛下のご意向に沿っているだろうか?」

「当然だろう! そんなことは皇国側であってもわかるはず!」

「しかし。エイリス王の意向をよく知る宮中伯殿は卿を一切、助けないではないか」

「!!」


 ロッテン卿が横目でコクトーを見る。

 しかしコクトーは黙したままで、議場が沈黙に支配される。

 コクトーは仕方なく、重い口を開いた。


「宰相殿、あまり虐めてくださるな。ロッテン卿は陛下にいいところを見せたいと、ただその一心で勇み足をしただけなのです」


 ウィズベリアが笑う。


「お優しいのう、宮中伯殿。あなたはいかほどの賠償金を求めるのかな?」

「賠償金は求めぬ」

「ほう!」


 コクトーの発言には議場のすべての者が驚いた。

 特に驚いたのはロッテン卿である。


「なぜだ、宮中伯!!」


 そんな彼をじろりと横目で見て、コクトーは静かに言った。


「ここに魔導皇帝陛下がおられる。この事実だけで、エイリス陛下はご満足なさるだろう」


 この言葉にロッテン卿は愕然として、しばらく考えを巡らせ、それから力なく腰を下ろした。

 ロザリーが王前会議の記憶を辿る。


「陛下がお求めになったのは〝謝罪〟。それはロッテン卿自身が言っていたことよね?」


 そうロロに言うと、彼女も頷いた。


「賠償金をふっかける話は我々臣下から出た話に過ぎません。〝謝罪〟をさせるのはできるだけ位の高い者――皇帝陛下なら文句のつけようがないかと」


 ロザリーがちらりと上座の皇帝を見る。

 幼い皇帝は退屈そうに肘置きにもたれかかっている。


「皇帝陛下は謝罪なんてしないと思う。ウィズベリア様がさせない。でも……」

「ええ。この場にエイリス陛下は来ていないのに、皇帝陛下はやってきた。この事実だけで王国の宮廷と市井は、皇国側に譲歩させたと見るでしょう。謝意を示すために、なんと皇帝がやってきたと」


 コクトーが獅子王の意志を代弁する。


「陛下は国王として、国境を破られてしまったことに対する責任を背負っておられる。被害こそなかったが、傷つけられた誇りや対面に対して〝謝罪〟をお求めになったのだ。最終的には多額の賠償金でも納得するおつもりであられたが、皇国はもっとよいものを差し出した。これ以上はない。これ以上を求めて、休戦協定を危ういものにしてはならぬ」


 ロッテン卿は一言も反論できなかった。

 これ以降、ロッテン卿がリメス会議で言葉を発することは一度もなかった。

※外務卿

本来は外務大臣的なポストを意味しますが、騎士の世界であるこの世界では卿=騎士に沿える称、転じて○○官的な使い方がなされることとします。

単に獅子王国側の『外事官』と別の言い方をしたかったので……。


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― 新着の感想 ―
主君の意も理解出来てない時点で単なる佞臣 王都に帰っても先は無いでしょうね ロザリー的には此処からこそ本題ですがはてさて
やはり自分の利益を絡めようとする人間は外交には向きませんね 外交は自分の意思を押し殺して国家や政府の利益を確保するために行動することですから
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