339 羊飼いの夢―下
ドルクがさらに続ける。
「そこで。三度のキングメーカー御出馬とは、相成りませぬか?」
「!!」
先王弟はドルクの言葉を驚きをもって受け止め、思案し、やがて一人の王族の名を語った。
「――ニドか」
「左様でございます。実力、王位継承順位、敗れたとはいえミルザに挑んだ武名……どれをとっても次の王はニド殿下に違いない、そう王国中の騎士が考えております。しかし、実はエイリス王と仲がよろしくない」
先王弟が深く頷く。
「獅子侵攻以来のことよ。二人の間に何があったのか……」
「そして近日行われる皇国との協定会議。十数年ぶりに行われる、諸外国も注目する会議ですが――この使節団の団長をウィニィ殿下がお務めになると」
「なにっ!? まことか!」
「確かな筋からの情報にございます」
「ここでウィニィを……? まるで次代の王のお披露目ではないか……!」
「おっしゃる通り。これをもって諸外国はもちろん、王国騎士も後継はウィニィ殿下と認識するでしょう」
「エイリスは本気なのか……?」
「陛下のご心中は私などには到底計れませぬ。しかし、これを知ったときのニド殿下のお気持ちは察するに余りあることで……」
「で、あろうな。……それで?」
ドルクは間を置き、静かに言った。
「ウィニィ殿下にはご退場していただきます」
「退場? ……暗殺するのか!」
「エイリス王の御子は二人だけ。一人が退場すれば、残りが後を継ぐのが必然にございます」
「それはそうだろうが……かわいい又甥を手にかけろと?」
「無論、ランスローもご協力いたします。ですが、実際に手をかけるのは殿下の〝牧杖〟や我が〝遠吠え〟以外の者にやらせるのがよいでしょう」
「それはそうだ。あまりに危険すぎる。……では誰にやらせる?」
「フリュール家の当主を筆頭に。すでに接触し、同様の境遇の者を集めて訓練させております」
「エイリスの治世で没落した者たちか。動機があるから我らの関与を隠せるな」
「左様でございます。彼らには金銭的補助と事を終えた後の国外逃亡の手配を約束しております」
「本当に逃がすのか?」
「逃がします。こちらの素性は隠しておりますが、とはいえ下手に国に残られても困りますので」
「……口封じするほうがよいのではないか?」
「少数ならばそうしますが、一人でも取り逃がすと意味がありません」
「それもそうか。……没落騎士風情で事は成るか?」
「王都では困難ゆえ、協定会議へ向かう道中を狙わせます。成否は断言できませぬが――おそらく成るでしょう」
「ふむ。根拠は?」
「フリュールの下に想定以上に騎士が集まったからです。武名で鳴らした者も含まれ、その数は三百を越えました」
「なんと! もはや本物の騎士団ではないか!」
「危ぶまれるのは、同じく会議出席予定のロザリー卿とウィニィ殿下が同行する場合ですが」
「っ! ならん! それはならんぞ!」
「わかっております。しかし、この可能性は低いと見ております」
「そうなのか?」
「〝地獄へ下るにも天国へ上るにも。疾き旅人は常に一人〟――」
「――勝者の詩だな」
「はい。現在、ロザリー卿は多忙を極めております。忙しい職務の間を縫って会議に出席するのはなかなかに困難でしょう。しかし、大魔導たる彼女には時間を捻出する方法がある」
「自身の足で移動する、か。……たしかにな、彼女に限らず大魔導は単独行動を好む。凡百に足並みを揃えてやる時間が惜しいからだ」
「ウィニィ殿下にも護衛は付くでしょうが、護送が目的ですので二小隊から三小隊規模――およそ五十名程度。加えて外事官や庶務役等が五十、合わせて百名程度の一団であると推定しております」
「人が増えればそれだけ移動に時間を食うからな。その辺りが限界であろう」
「対するフリュールは騎士三百に加え、ウィニィ殿下さえ討ち取れば勝ち。訓練期間が短いですが……まあ、成るでしょう」
「ふむ、ふむ……」
先王弟は何度か頷きながら思案している。
そしてある瞬間、ふと顔を上げてドルクに問うた。
「それがどう繋がる?」
「と、申しますと?」
「そうではないか。儂は卿がお膳立てしたものに、ただ頷いておるだけ。儂自身では何もせぬ。それを儂に言う必要があったか? そもそもなぜ、それがロザリーを手に入れることに繋がる?」
「……まず。お膳立てはアーサー様にございます。私は手足として動いたのみ」
「まあ、それはよかろう。ロザリーだ」
「はい。ロザリー卿を得るために、先王弟殿下にもやっていただくことがございます」
「ふむ?」
「ウィニィ殿下を襲撃する前に、ニド殿下にお会いいただきます」
「!!」
驚いた先王弟は、口を押さえて絶句した。
やがて、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「……儂が、ウィニィを殺ると。宣言するのだな?」
「はい。私もランスローの名代として同席いたします」
「……」
先王弟は無言で立ち上がり、ソファから離れて背を向けた。
その背中に向かい、ドルクが続ける。
「同時に、ニド殿下がレオニードの門に幽閉同然に押し込められているのはおかしいと訴えるのです。次代の王はニド殿下に違いないと。しかし、エイリス王はウィニィ殿下を後継に据えようとしていること、協定会議にそのウィニィ殿下が出席なされること。ドロス殿下はこの状況を苦々しく思っていると打ち明けるのです!」
先王弟は背を向けたまま。
少しだけ首を向け、続きを促す。
「……それで?」
「自分が三度目のキングメーカーをやると。ニド殿下を獅子王にしてみせると宣言するのです。そしてその暁に欲しいものがあると。地位でも名誉でも金でもない。ただ、一人の騎士が欲しいと告げるのです」
「……ニドは乗ってくるだろうか?」
「ニド殿下が現状に満足しているとは到底思えませぬ。何よりニド殿下の騎士――黒獅子騎士団の面々は忸怩たる思いに違いない。そんな配下の気持ちもニド殿下は汲んでらっしゃるでしょう。加えてニド殿下はエイリス王と違い、ロザリー卿に興味を示している様子は見受けられませぬ」
先王弟が振り返る。
その顔に浮かんでいたのは迷いというより恐怖だった。
「ドルク。儂はエイリスよりもニドが怖い」
「たしかに、ニド殿下は王国最強の騎士であられ――」
「――それだけではない! 儂は、あの又甥の考えていることがわからぬのだ。エイリスとも、ウィニィとも、兄上とも違う――」
「――ではお止めになりますか?」
「……」
「今ならば間に合う。今ならば何もなかったことにできます」
決断できずに首を横に振る先王弟。
彼はふとドルクに目を留め、尋ねた。
「この策。アーサーやお前に利があるか?」
「もちろんでございます。先王弟殿下のお立場が強まることは私どもにとっての利。ロザリー卿を得て殿下がお喜びになればアーサー様にとっての利。アーサー様がこの策をもってご成長なされれば、私にとっての利。そして――弱き後継が駆逐されることは、王国騎士すべてにとっての利でございます」
先王弟は目を細めた。
「……ほう。そなた、ニド派であったか」
「そも、ニド派以外がございませぬ」
「フ。かもしれぬな」
本年も〝骨姫〟にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
本作は最初期プロットの完遂を目標に続けているのですが、気づけば3年を超えてるという……時の流れの恐ろしいこと。
作者が寄り道するせいなのですが、それでもやっと終わりが見えてきました。
でもきっと来年じゅうには終わらない……。
再来年には終わるよね?
まさかここから3年かからないよね?
などと自分の尻を叩きながら、来年も精進して参ります。
皆さま、よいお年を!





