335 混沌の町
――西方の鉱山町、セブンス。
オズがお尋ね者時代にセーロと潜伏していた町だ。
今日も魔導鉱鉱山に多くの鉱夫が集まり、その稼ぎを目当てに商人や商売女が集って賑わっている。
そんな鉱山町入り口付近のとある酒場。
オズ、副長ミンツ、悪童アリス、雪かき仲間ライリーの騎士組四人が丸テーブルを囲んでカードに興じている。
ガラの悪い町なので、目立たぬよう魔導騎士外套を脱いでいる。
「ああ、もう!」
アリスが手札を丸テーブルに投げ捨てた。
「何であたしらだけ、こんなとこでケチな賭けやってるわけ?」
するとオズが眉を顰めて言った。
「こんなとこで大金賭けるほうがバカだろ」
ミンツとライリーが頷く。
「そうじゃなくて! 何であたしらだけこんなとこで暇持て余してんのって聞いてんの!」
「負けてるからってそんな言われても……」
「負けてない!」
「え? 負けてるよな?」
オズが尋ねるとミンツとライリーが「負けてる」と言って頷いた。
「こんなケチな賭けじゃ調子出ないだけ! あたし高レートなら強いんだから!」
「嘘つけ。カッカきてボロ負けするタイプだろ」
「オズに同感だ」
「ミンツまで!」
「にしてもライリーが賭け強いのは意外だったな」
「まあね。何でか負けないんだよね」
「コツ、教えてくれよ」
「ん~、ツカない自分を許してあげることかな? そうすれば長い目で見れば勝てるよ」
「ほえ~。なんか深え!」
「そんなのいいから!」
アリスがドン! と丸テーブルを叩き、それから身を乗り出した。
「ねえ、オズ。あたしにも仕事ちょうだいよ? 絶対役に立ってみせるからさ!」
アリスは色仕掛けよろしく、胸の谷間を見せつけながら色目でそう言ったのだが、オズは海より深いため息をついた。
「はあ……もう、今、自分で『あたし無理です』って自白してるよ」
「ハァ? 何でよ!」
「何つーのかな、アリスはたしかにガラ悪いけど、この町の連中は人生転落度ランクがお前とは違うのよ。ここにいるのは王都圏から逃げてきた犯罪者とか、ガチ底辺の荒くれ者とか、そんなんばっかなの。そういう連中と比べたら、アリスのガラの悪さなんて反抗期の不良程度さ。それで町に馴染んで情報収集なんて、とてもとても……」
「じゃあ、なんであたしを入れたのさ!」
「じきに慣れるからさ。ミンツパイセンやライリーにも慣れてもらう。俺だってセーロに比べればまだ足りないから努力する」
「……あんたでも足りないんだ?」
「そうだ」
「わかった」
アリスは姿勢を戻し、腕を組んで黙りこんだ。
オズはそんな彼女を眺め、静かに微笑んだ。
(アリスってガラ悪いくせに素直なんだよなあ)
(美点ではあるが、一人で調査に出せない理由でもある)
(探してる奴をスカウトできたら組ませてみるか?)
(案外、いいコンビになるかも……)
その後はアリスを除いてカードで暇潰ししていると、情報収集に出ていたセーロと従騎士六人が戻ってきた。
他のテーブルから椅子を持ち込んで、ぎゅうぎゅう詰めになって丸テーブルを囲む。
「ちょっと! 狭い!」
「我慢しろ、アリス。……で、どうだった?」
するとセーロが声を潜めて報告した。
「あっしは耳切と処刑人の三人で、草の勧誘をしてきやした」
耳切と処刑人は従騎士のあだ名だ。
外道上がりの彼らは過去と決別する意味で名前を使わずあだ名で呼びあっていた。
オズもそれを受け入れ、隊内ではあだ名で呼ぶことに決めていた。
オズが言う。
「アローズ領に無色奴隷として潜らせる草だ、無色の魔導持ちなのは当然。あとは裏切られない方法だったが……」
「へえ。親分の見立て通り、無色探しには苦労しませんでした」
「力仕事で稼げて、治安が悪い。貴族位を失った無色がたどり着くのはこういう町だ」
「おっしゃる通りで。ただそれだけに無軌道に生きてる奴が多く……これは、と思えるのは一人だけでやした」
「一人見つけたのか! どんな奴だ?」
「この町の無色はいくつかのグループに分かれてつるんでいるんでやすが、そいつはどれにも属さず孤立していやして」
「ほう。重罪でも犯して逃げてきたか?」
「いや、そんな奴ゴロゴロいまさあ、この町は。一匹狼と聞いてあっしはピンときて、そいつと交流がある奴を見つけ出しました。まあ、交流があるといっても、たまに挨拶交わす程度なんですが」
「ふんふん。それで?」
「金を握らせて話を聞いたら、そいつは月に一度、どこかへ金を送っているようだと」
「……! 家族か? 恋人か?」
「どうやら家族です。子供もいるようで」
「出稼ぎか。鉱夫は稼ぎいいからな、港で荷の揚げ降ろしするより、よっぽど効率がいい」
「つるまないのは無駄に金を使わないためだとか。ここの連中は賭けと酒で日の稼ぎを使い切っちまうような金遣いの荒い奴ばかりですから」
「……家族を人質にできるな?」
するとミンツが声を荒らげた。
「それは賛同できない。追い詰めれば鼠だって噛むぞ?」
「パイセン、家族を攫うって意味じゃないす。俺たちの仕事をやっているうちは家族にきちんと送金できる。そんなふうに納得させられれば簡単には裏切らないでしょう?」
「なるほど。家族が保険というわけか」
「その表現のほうがいいですね。ただ問題は――」
オズが困り顔でセーロを見ると、彼は深く頷いた。
「――鉱夫の稼ぎがいいこと、でやすね?」
「その通り。今の稼ぎを上回る給金を継続的に払う必要が出てくる。危険な仕事だ、できれば二倍から三倍くらいは……」
するとミンツが渋い顔をした。
「金庫番として言わせてもらうが。この隊の活動資金はそれほど潤沢ではないぞ? 草がそいつ一人ならいいが、のちのち増やすつもりなら厳しいと思う」
「わかってます、パイセン。ご苦労おかけします」
「いや。出せるものなら出したいのだが、な」
「待ってください。奴は鉱夫稼ぎと同額程度で乗ってくるかもしれやせん。もしかしたらもっと安くても……」
「そうなのか?」
「へえ。一匹狼でいるのは金のこともありやすが、どうも荒くれ連中と肌が合わない面も大きいようで」
「ほ~ん。いいとこの坊ちゃんか? そういや名前はわかってんの?」
「へえ。ファーレン=ジラ。年は二十代前半ってとこでやすね」
「……ジラ。もしかしてザスパールん家か? 兄がいるなんて聞かなかったが」
「いたとしても、無色ならいないものとするのでは?」
「まあ、な」
「どうしやす? 鉱夫稼ぎと同額程度で交渉してみやすか?」
「そうだな……まずひと月分を前払いしよう。残りは潜入してから家族に支払う。きちんと払われているかどうかは手紙で確認させるとして……期間も区切っておくか、無期限だと腰が引けて断られかねない」
「年季ってことでやすかい? でもいつ何が起こるかなんて親分もわからないでしょう?」
「乱はそんな先の話じゃない。オババ様とやらが巨人到来を予言したのは、ほんの数か月前だったそうだ。乱は予言に曖昧さがあったのでニ~三年のうちだろう。……ってのが首吊り公の見立てだ」
「ああ、親分の見立てじゃないんですね。じゃあ安心だ」
「何だと? セーロ、お前ちょくちょく俺をいじるようになったな?」
「へえ? そうでやすかね?」
「こいつ、しらばっくれて……!」
「あああ! 親分に狼藉されるぅ~!」
「ちょっ! ちょっと待って二人とも!」
ライリーがオズとセーロの間に入った。
「……何だよ、ライリー。ただの悪ふざけだぞ?」
「ええ。いつものことでやす」
「そうじゃなくてさ! 聞き流しちゃったけど……乱? 予言?」
「あ、言ってなかったっけ」
するとライリーはもちろん、ミンツやアリス、従騎士六人も首を横に振った。
オズが囁く。
「皆はハンギングツリーの監獄塔に繋がれたオババ様を知ってるか?」
一同はハンギングツリーに長くいた面々である。
一斉に頷く。
「その婆さんが予言したそうだ。曰く、首吊りの丘の西より乱の火が上がり、やがて王都にまでたどり着くと」
彼らはオババ様の巨人到来の予言が的中したことを知っている。
「世迷言だ」などという者は一人もいない。
「公はこの予言は当たるものとして動かれている。その最初の一矢が俺たちだ。だから俺たちも予言は当たるものとして行動する」
ライリーが言う。
「でも、よくわからない。西にあるアローズ領に草を送る理由はわかったけど、だったら俺たちでアローズ領に乗り込んで、怪しい奴を片っ端から片づけるべきじゃ?」
「ほー。ライリーって案外、過激なんだな?」
「そんなことないよ! ただ、事の大きさを考えたら、誰でもそう考えるんじゃ……だよね?」
ライリーに訴えかけられて、アリスや従騎士の幾人かが頷く。
オズが言う。
「公はこうも仰せだ。乱が西で起こるだけなら、たいした問題にはならないと。そりゃそうだ、大魔導たる首吊り公が広域呪殺をぶっ放せばそれで終わりなんだからさ」
一同はその惨状を想像し、神妙な顔で頷く。
「では俺たちの役目は何か。公が着火点に過ぎないと考えている西の乱を、王国全土を巻き込む大火にするものを見つけ出すことだ」
ライリーが言う。
「でも、俺はやっぱり着火点を潰すべきだと思う」
しかしオズは首を横に振る。
「例えば――放火魔がいたとする。そいつの目的は王国全土を焼き尽くすことなんだが、予定の着火点を潰されたからって諦めるかねえ?」
すると総白髪が鼻で笑って囁いた。
「別の場所に火をつけるだけだな」
「その通り。着火点が別の場所に変わるだけなんだ。俺はアローズ領が本命視してるが、もしそうなら火がつく前に必ず前兆があると思っている。新しい次期当主が現れたり、魔導具の武器類を大量購入したり……ま、そんなやつだ」
ライリーが言う。
「なるほど……今、着火点を潰すと、次の着火点を探すとこから調べないといけない、ってわけか」
「そうだ。うちは賢い奴ばっかで助かるぜ」
するとアリスが手を挙げた。
「あたし賢い奴じゃないからわかんないんだけど」
「皮肉はいいよ。質問はなんだ」
「じゃあ聞くけど。その放火魔って誰?」
オズは首を横に振った。
「わからない」
「じゃあどうやって放火魔探すの」
「いや? 放火魔は探さないぜ」
アリスは困惑の表情を浮かべた。
「ハァ? なんで?」
「放火魔が自分の手で火付けするとは限らないからだ。大火を企む者ほど大物だろう。大物が自分の手を汚すか?」
「それは……じゃあどうすんの?」
「言ったろう、スパイ狩りだ」
オズは一同を見回した。





