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331 存在しない指

「お前を筆頭にする、ということだ」

「は?」


 オズは目を丸くして首吊り公とリセの顔を見比べ、それから驚きを叫んだ。


「ええええええ!?!?」

「だから! 声がでかいぞ、オズモンド!」

「いや、だって! 何で急に!?」

「急ではない。ここふた月ほど、お前を試していた」

「え、試す?」

「最初はあの外道聖騎士(パラディン)だ。覚えているか?」


 オズが宙を見上げ、記憶を辿る。


「城壁に吊るされた、あの腰抜け……?」

「そうだ。お前は許しを請い、私はそうしなかった。なのにお前は私にも上司である小隊長にも、一言も不満を言わなかった。なぜだ?」

「そりゃあ……同情はしてます。でもこんなのにいちいち不満持ってたら身が持たないでしょう? 俺は善人ではないし、世界はそういうものだと理解してます。それに、公が吊るしたということは、あの腰抜けもいろいろやってたんだと思いましたし」


 首吊り公が目を細める。


「あの男に罪はなく、お前を試すためだけに吊るしたのだとしたら?」


 オズは一瞬目を見開いたが、すぐに俯き加減に首を横に振った。


「信じられませんね。そも外道に身をやつしてる時点で、何らかの罪は犯してるはずです」

「わからんぞ? お前だって冤罪で手配されていたではないか」

「俺だって殺ることは殺ってますから。ただ、殺した相手がミストから犯罪者に変わっただけのことで」

「ふむ……」

「ほんとにあの腰抜けにまったく罪がないと証明されたら考えますよ。それまでは考えるだけ無駄なこと。ま、そんな日は永遠に来ませんがね」


 首吊り公に目で促され、リセが口を開く。


「あの外道騎士五人はソーサリエの同期だった。彼らは三年次、術を試すために王都民を辻斬りしていたことが発覚し、逃亡して外道に堕ちたようだ。聖騎士(パラディン)は辻斬りには参加していなかったのだが、断れない性格が災いして彼らと共に逃げることになった。たしかに初めは嫌々だったのかもしれないが、数年間彼らと共にいた。つまり、いくつもの重罪に手を染めていたのも事実だったんだ」


「重罪……殺しはやってないように見えたけど?」

「たしかに。だが強盗殺人で得た金での遊興には参加していたし、別件で押し入った家で強姦もやっていた」

「ああね、そっちは納得」


 首吊り公が言う。


「義心。同情心。道徳心。お前に任せる任務は、そういったものに左右されてはならぬものだ。目の前の一人に同情して救ってしまえば、それが万の民を死に至らしめうるもの。件の聖騎士(パラディン)は死罪相当だが、死体を晒すまでは必要はなかった。お前がこういう状況でどう動くか。それを見極めるためにあえて吊るした」

「俺が分をわきまえず、公の裁きに不満たらたらでサボタージュしないか観察してたわけっすね。……で、次の試験がりせちーとの任務か」


 二人がこくりと頷く。


「もしかしてりせちー、俺が仕切る方向に誘導するために、わざと勘の悪い演技してた?」

「演技というほどではないが……首の上に乗っかってるものくらいは理解しているぞ?」


 リセがそう言ってニヤリと笑った。


「うわー、根に持ってる!」

「フフッ。そりゃあな」

「途中から怪しいとは思ってたんだよ。さすがに筆頭でこの鈍さはないんじゃないかって。それにローレンとの交渉に口出してこないし、髭の騎士への説明を何でか俺にさせたり。そういや突入の判断も俺に預けたな。あれはすべて、俺の行動を観察するためだったんだな?」


 リセは目を閉じて得意げに頷いた。


「私の無能っぷりもなかなかのものだろう?」

「いや、完全に騙されたよ。……とはいえ、後半は普通に有能りせちーもチラホラ出てたけど」

「は? 出ていないぞ」

「いいや出てたね」

「出てない!」


 水掛け論に興じるリセに、首吊り公が低い声で言う。


「――リセ。お前の(・・・)任務の報告を」

「ハッ!」


 リセは反射的に姿勢を正し、報告を始めた。


「オズモンド=ミュジーニャの判断力、統率力ともに筆頭として申し分ないと考えます。特に決断に関しては、私や副長よりもはっきりと早い。その決断が勘に頼っている部分が多いこと、そして決断の結果、とる行動が奇抜であることは気にかかります。が、例の任務(・・・・)にあたることを考慮すれば、これらはむしろ長所となりえます。よって新設部隊の筆頭として適正アリと判断いたします」

「うむ」


(新設部隊……!)


 そのワードを聞いて目を輝かせるオズに、首吊り公が問いかける。


「オズモンド。この話、受けるか?」


 オズは目をパチクリして聞き返した。


「あ、これまだ試されてます?」

「ククッ。かもしれんな」

「なら受けます。些細な躊躇で好機を逃したくないんで」

「よし。ならばまず、私の評価も伝えておこう」


 首吊り公はそう言って、十枚ほどの書類の束を取り出した。


「あ、それ」

「アローズ領の任務のあと、お前が出した報告書だ。……お前の報告には『かも』が多い」

「すいません。『かも』って言うなって注意されましたね」

「言うなとは言ってない」

「へ?」

「軽く使うなという意味だ。『かも』としか表現できないこともある」

「はあ……」


 首吊り公は書類をバサッとオズの下に投げて、言った。


「お前の報告には予測が溢れている。根拠の薄いものも多い。勘でしかないものも。だがそれが臭いになっている」

「臭い、すか」

「文字を通して、お前がいる場所の空気を運んでくるのだ。私がすべての場所に立ってこの目で見定められればよいが、身一つでそれは不可能。必然、吊るし人(ハングドマン)に頼ることになる。が、報告が正確過ぎると臭いがしないのだ。わかるか?」

「わかる、気はします」

「私がそこに立っていたら読めたもの。予測できたもの。そのヒントが欲しい。それがお前を抜擢する理由だ。――お前に任せる部隊の名は〝第六指〟。本来存在しない指に与える任務は〝乱の予言〟についての調査だ」

「それってりせちーとの任務の! 予言は本当なんすか!?」

「本当だ。お前の評価を決めるついでにアローズ領をつつかせたのだ」

「……またアローズ家を調べるわけですか」

「不満か?」

「いえ。しかし、強制的に調べても、乱の証拠は出てこない気がして」

「それはそうだ。乱の起こりとは、燃え始める直前に初めて確信できるもの。それまではじりじりと表面下で燻り続ける」

「では俺は何を調査するんですか」

「考えてもみろ。アローズ領に限定されるなら大火にはならない。〝乱の予言〟が大火ではないならそれでよいのだ。お前の任務も私の気苦労も無駄にはなるが、大勢の民草が死ぬこともない。――お前が調べるのは延焼する下地。火種を大火に育てるものだ」

「……民の不満とか。あるいは皇国の工作員とか?」


 首吊り公はニタリと笑った。


「お前を剣王に引き会わせた精霊騎士(エレメンタリア)――こやつについての私の印象はお前と同じ。皇国の工作員に違いない。一つ付け加えるなら、この男は部隊を動かせる地位にいるのではないかと思う」

「失うものが大きいから、八翼の手引きを嫌がった……? たしかにすでにある程度の何かを築き上げていると考えるべきっすよね」

「そこで予言だ。そもそも工作員は火種を燃え上がらせるために潜入しているのだとしたら? このような工作員や扇動者が他にもいるとすればどうだ?」

「なるほど……任務は把握しました。でもこれ、西方だけの話じゃないっすよね? 何なら国じゅうを動き回らなけりゃならないような……」

「その通り。だから他の指のような大所帯は任せない。小隊になる、二十人前後だな」

「あ……」

「なんだ、不満か?」

「『しょ』うたいをまか『す』……だったのか」

「ん?」

「いや、何でも。続けてください」

「大部隊は任せない。その代わりにひとつ、権限を与える」

「お? 何でしょう」

「お前が部隊の顔ぶれを決めてよい。筆頭副長以外なら他の指から誰でも引き抜いていい。お前が他からスカウトしてもいい」

「おお! じゃあ例えば……魔導なしでも雇っていい?」

「……人事権を与えた以上、任せるが。入れる利点があるか?」

「話聞いた感じ、この小隊って正規の部隊みたいにはあんまり振る舞えないっすよね? よその領地を勝手に調べちゃうときはコソコソしなきゃいけないし、場合によっては賊みたいな動きも必要になる」

「ふむ。そうかもしれんな」

「なら必要っす。外道やごろつきに紛れるなら生まれながらの騎士――貴族ではダメっす。それに、民から情報や抱いてる不満を聞き出すのも貴族では難しいっす」

「……わかった。任せよう」

「ありがとうございます!」

「お前の最初の仕事は自分の小隊の顔ぶれを決めること。そして、その名簿を私に提出することだ。でなければ人件費をやらんからな」

「……全員、名簿に書かなきゃダメっすか?」

「ん……隠したい者は隠してもよい。だがその者の給金はお前が払え。あと、存在しない隊員を名簿に書いて人件費を水増しなんてしたら……縛り首案件だからな?」

「やりません! 水増しダメ! ゼッタイ!」

「よろしい。活動費は大都市ならどこでも受け取れるようにしておく。金庫番は自分でしてもいいが、信頼できる他人のほうがよい。盗まれるリスクはあるが、金勘定は判断力に影響するからな」

「わかりました!」

「いやに返事がいいな。さてはもう、頭の中で人員を選んでいるな?」

「いや、えと……へへっ」

「まあよい。リセ、当面の活動資金をオズに渡せ」


 するとリセは金貨の詰まった革袋を取り出し、テーブルに置いた。

 しかしそれをオズに渡さず、首吊り公を見た。


「お義父様」

「ん? なんだ?」


 リセは何も言わず、上を指差した。

 首吊り公は二階を見上げ、大きなため息をついた。


「わかった。エミリアを呼んで来い」


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― 新着の感想 ―
さて、此処からどうするつもりかはてさて
おお、エミリアに言ったことが本当になりましたね。 オズの純情を弄んだエミリアの行く末が楽しみです。 しかし、何度も予想を上回る展開があったから来週が楽しみです。
『しょ』うたいをまか『す』……だったんですね……www
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