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330 処さないで首吊り公

 翌日。

 オズはまだ生きていた。

 エミリアの父が首吊り公だと判明した、あの瞬間――あの場から生還できたのは奇跡だと思っている。

 あのとき、恐ろしげに見えた首吊り公がオズに言ったのはこれだけだった。


「明朝九時、私の自宅に来い。……遅れるなよ?」


 オズが怯えながら頷いたのを見ると、彼はすぐに踵を返し、帰っていった。

 残されたエミリアはしばらく呆気に取られていたが、ハッと正気に戻って首吊り公を追いかけて走り去った。


「大丈夫。大丈夫さ……まだ手は出してないし……」


 そう自分に言い聞かせながら、公の自宅へと向かう。

 約束の時間はもうすぐなのに、足が嫌がって遠回りしようとする。


「大丈夫……だよな?」


 やがて決心がつかないうちに公の自宅にたどり着いてしまった。

 なぜか玄関の扉が開いている。


「勝手に入れってこと? お邪魔しまーす……」


 恐る恐る家の中に入る。

 リビングのほうから、途切れ途切れに会話が聞こえてくる。


「ぶ……しかし……」


(この声は――りせちー? なんでいるんだ?)


 声の主はリセと首吊り公のようだ。


「オズにしょ……す……」

「いや、しょ……せるにしろ……」


(……処す? 誰かを処刑する相談してる? いったい誰を?)


 盗み聞きしながら首を傾げていたオズが、ハッと気づく。


「ああああ! 俺だあああ!!」


 オズはドタドタと駆け出し、リビングに土下座しながら滑り込むようにして入った。

 そして顔を伏せたまま、大声で叫ぶ。


「処さないで! どうか俺を処さないでくださいませええ!!」


 首吊り公とリセはギョッとした顔でオズを見下ろし、声を揃えて「「はあ??」」と間の抜けた声を発した。

 床板に額を擦りつけてオズが弁明する。


「だって俺、エミリアが公の娘さんだなんてちっとも知らなくて! それに、下心がなかったと言えば嘘になるけど誓って手は出してないんです! ほんとに! ガチで指一本! だから……どうか、どうか命だけはああ!!」


 首吊り公が迷惑そうにオズに言う。


「やかましいぞ、オズモンド。まずは声を落とせ」

「無理っす!! こっちは命かかってるもんで!! 生きてやるぞコンチクショウ!!」


 額を撫でてため息をつく首吊り公に、リセが怪訝な顔で問うた。


「まさか……またエミリアが?」

「う、む」

「いつ?」

「昨日だ」

「その相手がオズだと?」

「そうだ」

「義父上……」


 リセが責めるように首吊り公を見ると、彼はそっぽを向いた。

 リセはオズに目を移し、話し始めた。


「オズ。今回呼んだのはその件とは別だ」

「別……?」

「今日、呼び出すことは前から決まっていたんだ。エミリアのことはたまたまだ」

「はあ……じゃあ、エミリアのこと、怒ってないんすか?」


 首吊り公はそっぽを向いたまま。

 リセは困り顔で頷き、事情を説明した。


「エミリアは甘やかされて育ったせいか、とても困った性質があってな。一言でいうとイタズラ好き。それもかなり質の悪いイタズラをやるんだ」

「……イタズラ?」

「例えば――この街に来て日の浅い、ある男がいたとする。エミリアは街角でナンパ待ちして、そんな男を釣るのだ。で、さもうまくいってるように振る舞う。そして男がその気になってきた頃に切り出す。『私のパパに会ってくれる?』と。そして浮かれてやってきた男が首吊り公を前にしたときの反応を愉しむわけだ」


「ああ、そういう……はあああ!?!?」


 今日イチの大声を出したオズを、首吊り公が叱る。


「オズモンド! 声を落とせと言っているだろう!」

「よく言うねえ、パパさん!!」

「パっ……?」

「あんた男心を何だと思ってんの! 娘がやったことちっとも悪いと思わないの!? これがイタズラ? 度を越してるって! 一言くらい俺に謝ってもバチは当たらないんじゃないの!?」


 オズの圧に仰け反る首吊り公。

 その様を見て、隣で笑いを堪えるリセ。

 笑われていることに気づいた首吊り公は、居住まいを正し、反論に転じた。


「娘の罪は認める。お前を罰したりもしない。だが、こんな稚拙なイタズラにむざむざ引っかかるお前にも悪い点はあるのだぞ?」


 しかし怒り心頭のオズにはこんな理屈は通じない。


「んなわけあるか! だったらあんたにも生産者責任があるだろ!」

「せっ、生産者?」

「そうだよ! りせちーが言ったじゃん、甘やかされたせいだって! なんでりせちーは厳しく育てたのにエミリアは甘やかしたんだよ! りせちーが義理の娘だからか? あーあ、なんかがっかりだわ、この人!!」

「違うわ! リセのように吊るし人(ハングドマン)を目指してほしくなかったから、あえて甘やかしたのだ!」

「あ、そうなんだ?」


 するとリセがボソッと言った。


「まあ私もたいがい甘やかされてきましたがね。……お茶を入れましょうか。続きはそれからに」


 内心を吐き出したオズは、温かいお茶を口にしてようやく落ち着いた。

 首吊り公とリセが改めて事情を説明する。


「今回が初めてではないのだ」


 首吊り公がしかめっ面で首を横に振る。


「今はクローディアと二階の部屋にいる。私はすぐに許してしまうのでな、今は彼女に任せている」


 そして首吊り公は意外にも、オズに向かって頭を下げた。


「今回はさすがに灸をすえる。それで許してくれ」


 オズはもちろんのこと、それを見たリセも非常に驚いた。

 場所が自宅であるということもあるだろう。

 しかし、統治者が自領で家族以外に頭を下げるなど、謝罪を要求したオズでさえもあり得ないと思っていたのだ。

 リセが言う。


「最初はね、エミリアに唾をつけた男を父上が血祭りにしたの。まさかエミリアがそれに味をしめるなんて私も思わなかった」

「ちまつ……処されてんじゃん!」


 リセが眉を顰めて頷くと、首吊り公が慌てて弁明した。


「待て待て。殺してはいないし、あれはエミリアが十歳の頃で、相手は三十だったからだぞ?」

「ああ、それは……」

「だろう? よく父親の前に顔を出せたものだと今でも思うよ」

「まあエミリアだって本気ではなかったの。初めて口説かれて、ちょっと浮かれてしまっただけ。ただ、こうやれば相手の男を翻弄できると知ってしまった」


 首吊り公がぼんやりと窓の外を見つめ、語り出した。


「……エミリアはこの街そのものだ。西の果て。城壁に囲まれた街。窮屈に感じても街を出ることはない。城壁が存在するのは恐ろしいものが外にいるからだと知っている。だが……やはり若者にとって窮屈なのだ、この街は。いつも街を覆う灰色の空を眺め、鬱屈とした気分でいるのだろう」


 それを聞いてオズはいくらか納得しながらも、やはり首を傾げた。


「でも、それで八つ当たりされた男は堪らないっすよ。そもそも何で男を釣るって発想になるの?」


 するとリセがぼそりと言った。


「夢、だな」

「夢?」

「そう、夢。男ってさ、女を口説くのに夢を語りがちじゃない? それがエミリアには鼻につくんだと思う。街に囚われて、鬱屈としてる自分。そんなエミリアにあっけらかんと夢を語る男。最初の男の手口もそうだった。夢を語って女を誑かす男を、義父上を使って懲らしめる。そんなとこじゃないかな、イタズラの動機」

「夢、か」

「オズ。あなたもエミリアに夢を語ったんじゃない?」

「そうかも……」


 すると首吊り公がニヤッと笑って問うた。


「どんな夢だ? 聞かせてみろ」


 オズは一瞬ためらったが、首吊り公の好奇心に輝いた瞳を見て、観念した。


「……ゆくゆくは筆頭になれるかもって」


 首吊り公とリセが顔を見合わせる。


「いや、本気で思ってるわけじゃないっすよ? ただ、同僚にそう言われて、その直後にエミリアに会ったんで口にしちまっただけで」


 オズが言い訳するも、首吊り公とリセは何やら視線で会話して、またオズを見るだけ。


「やだなあ。何なの? 二人して怖い顔して」


 それでも二人は黙っていて、やがてある瞬間、頷き合った。

 首吊り公が口を開く。


「今日、お前を呼んだのはその件だ」

「その、件……?」


 リセが横から口を出す。


「お前を筆頭にする、ということだ」

「は?」


 オズは目を丸くして二人の顔を見比べ、それから驚きを叫んだ。


「ええええええ!?!?」


誤字報告をくださる方々、いつもありがとうございます。

すべてありがたく反映させていただきました。

中でも

「誤オス→正オズ」

には痺れました。

どうなってんだこの作者!!

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― 新着の感想 ―
瓢箪から駒、嘘から出た実 なんにせよ、これで騎士団の出世頭がロザリーの世代で3人目か? しかもロザリー、グレン、オズと学校でのはみ出し者揃いというのがまたおかしい
前話といい今話といい、おもしろすぎませんか⁈ いいぞオズ!もっとイジられろ!
ロザリーに次ぐ出世頭じゃないか 公は親バカだったか…
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