表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
330/335

327 アローズ領、調査命令―6

 ――アローズ邸の門前。

 オズを中心に十騎の吊るし人(ハングドマン)が集まっている。

 見張りの騎士共は館の玄関前まで引っ込み、ローレンはラナを連れてくると約束して館に入っていった。

 館を睨むリセに、オズがこっそりと囁く。


(突撃に割って入ったあの態度。きっと調べれば何かしら出てくるぞ?)


 リセが頷く。


(当主が身を晒して止めた。よほど困るものだな)

(あー、押し入りたい)

(我慢しろ。私はともかく副長たちは付き合わないぞ)

(りせちー隊長殿が命令しても?)

(私は部下が本気で困る命令はしない)

(わー、りせちーってば理想の上司ぃ)

(フン。お前は困らせてばかりなのだろうな)

(別に部下なんていないしー。……あ、手下が一人いたわ)

(セーロのことか? もうお前の手下はやらないだろう)

(は? 何でそんなことりせちーにわかるんだよ)

(あいつ今、大通りに自分の店を持ってるぞ)


 オズは目を丸くして固まった。


「……店だって!?」

「自分の店だよ。目端が利くし、商才もあったようだ」

「マジか……」

「フフ、ショックか。でも、手下のくせに生意気だってキレないんだな?」

「あいつは居場所がなくて俺についてきたクチだからな。居場所ができたのならめでたいことだよ」

「……ふぅん」


 談笑していたオズは目を急に鋭くして、リセに尋ねた。


「で。突入するのか?」

「さっき答えただろう?」

「真面目な話だ。ローレンは突入を恐れてこちらの要求を呑んだ。ラナよりも価値のあるものが館にあるということだ」

「そうなるな」

「それが何かはわからない。だがアローズ領が予言の乱の場所だとするなら、今この瞬間がターニングポイントかもしれないぞ?」


 オズは説き伏せるようにリセに言ったのだが、彼女は片眉を上げてこう返した。


「オズ、迷っているのか?」

「……何?」

「お前は確信したなら私の意見など聞かずに突っ走るはずだ。判断を私に預けようとするのは迷っている証拠――違うか?」

「……」

「私の意見も言おうか。……突入は微妙だ。乱についてはラナ=アローズから話を聞けるなら十分だと思う。仮に彼女が魔女術(ウィッチクラフト)で洗脳でもされていようものなら、無理やり連れ帰ってそれを解けばいい」

「こっちには首吊り公いるしな」

「ああ。ではローレンが隠したいものとは何か。これが彼女が画策する乱の計画書のような物証であればいい。いいのだが――」

「――可能性は低い、か。仮に乱を計画していたとしても、今は準備の初期段階だろうから」

「そうだ。今のアローズ家の戦力は程度の低い見張りの騎士五十と無色奴隷たち。これでは乱は起こせない」

「千載一遇のチャンスに思えるのに、理屈だと今ではない。空振りだったら二度目のチャンスはおそらくない。ムズいな……」

「フ。こういうとき、お前は勘を信じる奴だと思っていたが」

「信じるよ? でも勘以上にダチを信じる」

「判断はラナと会ってからでも遅くはない、か」


 しばらくして、館の玄関で動きがあった。

 何人かの家人が出入りし、最後にあの老執事が出てきた。

 そして老執事が手招きすると――。


「ラナ!」


 オズは馬を飛び降り、両腕を広げた。

 玄関から出たラナは陽光を眩しそうにしていたが、やがてオズの姿を認めた。


「オズ!?」


 青い髪の下の、小麦色の顔が段々と喜びに溢れていく。


「ラナ!」

「オズ!」


 二人は互いに走り寄り、アプローチのちょうど真ん中で抱き合った。


「あはは。なにこれ、感動の再会? 何で?」

「言うなよ。俺も今、そう思ってる」

「ふふ。でも――」


 ラナはオズの両肩を握って顔を見つめ、しみじみと言った。


「手配されたって聞いたのに……オズったらまるで立派な騎士様ね!」

「まるで、は酷いな」

「はは、ごめん」

「今は吊るし人(ハングドマン)だよ。順調ってわけじゃなかったが……お前も順調そうじゃないな?」


 オズはラナの格好を観察した。

 みすぼらしい格好というわけではない。

 だが貴族の令嬢というよりは街の娘に近いといえるし、領主の跡取りにはとても見えない。

 ラナは自分で自分の服を見て、言った。


「まあ、ね。でもすぐにオズを追い越してやるから!」

「へえ! やる気はあるみたいだな?」

「私はいつだってやる気はあるけど?」

「おう。負けん気も健在、と」


 ラナはオズが何を言いたいのかわからないようだった。

 だからオズはもう一度彼女を抱き寄せ、耳元で囁いた。


「ラナ、本当に大丈夫か? 不当な扱いを受けているんじゃないか?」

「不当……?」

「今も幻影系の術で隠された地下牢に監禁されていたんだろう?」

「地下牢じゃないわ、監禁用の部屋だけど……何で幻影術のことまで知ってるの?」

「婆さんにカマかけたら反応があった。お前、後継ぎから降ろされそうになってるよな?」

「……私のこと調べたんだ?」

「行きがかり上、な。で、ラナに会おうとすると妨害されたから、こんな状況になってる」

「そうだったのね。やっと飲み込めてきた」

「ローレンが後継ぎから降ろしたいのはわかる。お前は無色だから。でも隠そうとするのがわからない。何か他に理由があるんじゃないか?」


 ラナの顔に暗い影が落ちる。

 彼女の口から乱の話が出てくるか。

 もし口にするのをためらうようだったら、どんな手段を取るべきか――そんなことを考えていたオズに予想外の返事が返ってきた。


「私……疎まれてるから」

「……疎まれてる? ローレンに嫌われてるってことか?」

「うん」

「無色だから?」

「ううん、元々。養子になったときから」

「なんで?」

「私、父がよそで作った娘だから」

「……ッ!? お前、父親――先代領主とは血が繋がってるのか!?」

「そう、私生児ってやつ。父が急死して、子供が私しかいなかったものだから、義母が嫌々ながら認知したの。そしてアローズ姓でソーサリエ入学となったわけ」


 急に出てきた新事実に、オズは面食らった。


(これが事実なら……ローレンはラナを後継者から外したくても外せない?)

(アローズ領は父方の領地。ってことは婆さんよりラナのほうに正統性があると言える)

(ラナの魔導性が問題なら、ラナの子に継承するのが筋だろう)

(他に隠し子でもいないかぎり、ラナを外すのは難しいはずだ)

(下手に血筋じゃない奴に継承してみろ、領地召し上げだってあり得る)

(婆さんの行動は感情と理屈が折り合いつかず、ラナをいびってるだけ……なのか?)


「オズ……? どうしたの、怖い顔してる」

「ああ、すまん」


 オズは我に返り、彼女に言った。


「ラナが養子って聞いてて、てっきりアローズ家と血の繋がりがないと思い込んでたもんだからさ。……でも、だったらなおさらだ」

「うん?」

「ラナは実子なのに後継ぎ降ろされそうになって、酷い扱い受けてる。そんなのおかしいだろ。お前が助けを求めるなら、今すぐ俺がどうにかしてやる」


 ラナは驚きをもってオズを見つめ、それから言った。


「……すごいね、オズ。ほんとに立派な騎士様だ」

「ああ? どういう意味だ?」

「私はまだまだ立派じゃないってこと」

「あん?」


 ラナはしばし考え、口を開いた。


「開発領は見た?」

「ああ、見たぜ」

「私がリーダーなの」

「聞いてる。だが無色奴隷と同じように扱われてるとも聞いた」

「そこまでじゃないわ。ある意味、騎士として認められてる。じゃなきゃ彼らの盾にすらなれないから」

「ん……」

「無色奴隷ってさ、酷い目に遭って心に傷を負った人ばかりなの。でも私なら統率できる。私だから、開発領を大きく発展させられるの」

「……発展させたら立派な騎士様になれると?」


 オズの言葉にラナは大きく目を見開き、それから笑った。


「ううん。無色のみんなが安心して暮らせる場所を作って初めて、立派な無色の騎士様になれるかな?」

「ああ、なるほど。……開発領が無色の〝約束の地〟だと?」

「全部じゃないよ? 開発したうちのほんの少しでいいの。十分の一……二十分の一でもいいから、開発領から分割して私の領地としてお義母様と王宮に認めていただく。そこに無色のみんなが普通に暮らせる街を作る。それが私の夢なの」

「……なるほど」


 再びオズが思案する。


(領地分割たぁ、またキナ臭い話が出てきたな。武力衝突の原因の定番だぜ?)

(……でも待てよ? ローレン婆さんにとっては渡りに船か)

(ラナを小領地に押し込んで分家にしちまえば、正々堂々と次の跡継ぎを迎えられる)

(乱の予言、アローズ開発領……俺たちの考えすぎなのか……?)


 オズが考え込みながらあちらこちらに視線を向けていると、ふいにリセと目が合った。

 彼女は強い意志を瞳に込めて、オズを見つめている。


「……わーってるよ」

「ん?」


 オズはラナに向き直り、真剣な表情で言った。


「最後に一つだけ聞かせてくれ。嘘もごまかしもナシで」

「また怖い顔!」

「茶化すな、こっちは真剣なんだ」

「……わかった。何でも聞いて?」


 オズは唾を飲みこみ、核心を口にした。


「アローズ領で起ころうとしてる乱のこと。何か知ってるか?」


 ラナはキョトンとして目を瞬かせた。


「……らん?」

「そう、乱。反乱のことだ」

「反乱が、ここで?」

「そうだ」


 ラナは眉を寄せ、首を捻りつつ言った。


「オズ、本気で言ってんの?」

「本気も本気さ。実は俺、その任務で来てんだよ。アローズ領に乱の気配アリ、ってな」

「へええ。誰が言ってるのか知らないけど、見る目のない人だねぇ?」

「おま、そう言うなよ。わりと偉い人がそう言うから俺ら来てんだからさ」

「だってさ。うちで反乱を起こしてどうするの? 統治者のアローズ家だってたいしてお金ないし、得るものなくない?」

「国に対して起こすんだよ」

「国! ほんとに!? ヤバっ!!」

「いや、他人事だな!」

「だって――彼らくらいよ? アローズ家の戦力って」


 そう言ってラナが視線を送ったのは、見張りの騎士たちだ。

 オズもそれは承知だというふうに頷いた。


(ラナが嘘をついてるようには見えない。が、もう一押し――)


 オズが開発領のほうを指差して言った。


「無色奴隷がいるだろう。それも五百人も――いや、まだ増え続けてるよな?」


 ラナは何度か小さく頷き、最後に首を傾げた。


「たしかに、五百人の魔導者ね。……でも、無色の集団が蜂起したって、囲まれて遠目から精霊術(エレメンタル)とか撃たれたら終わりじゃない?」

「……まあ、そうかも」

「でしょう? 魔導具のボウガンでもあれば別かもだけど」

「あるのか!?」

「ないよ。存在するかどうかも知らないし」

「本当か? そういや開発領の工事に魔導具を導入してるって聞いたぞ?」

「ああ、使ってはいるけど……」

「う~ん。怪しいなあ……」

「フフッ、わかった。ちょっと待って」


 そう言ってラナは館のほうを振り返り、誰かの名を呼んだ。


「……イゴール! ちょっと来てくれる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説2巻&コミカライズ1巻 4月25日同時発売!            
↓↓『特設サイト』に飛びます↓↓ 表紙絵
― 新着の感想 ―
ロザリー「達」が積み重ねて来たモノと イゴール「達」が積み重ねて来たモノとの対決ですか楽しみです
ここでイゴール再登場ですか ロザリーおらず残念
乱を起こせる力がある事と、乱を起こすように見える事は別物ですしね。 小公女ラナが更に傷つかないといいけれど。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ